HARD BLOW !

回顧録2

以前に私が書きためた回顧録では、「私と拳論との出会い」といったところから振り返って書きましたが、これを読んでる方々には周知のことも多いと思いますので、そのへんは省略していきます。
じゃあ「市民団体(笑)」について何か書こうか、ということになりますが、これも大体の流れはボク愛氏といやまじで氏が書かれており、私の手で一からまた全体を書く必要もないかと思います。
ですのでこのカテゴリでは、あの時期の個々の場面についての雑感や、根本的に私があの会を離れるようになった理由等、あくまでパーソナルな視点で書いていきます。

前稿でも、「自分には、四時起き氏の団体運営を批判する資格はない」と書きました。あの時の拳論に書かれた、一連の「JBC・安河内事務局長の疑惑」の記事には憤りを覚えたものの、ではどうしたらその思いを実現できるか・何をすべきか、というところまで考えが及んでいなかったからです。
で、実際に拳論の呼びかけをきっかけに、少数とはいえファンが集まったわけですが、この時も「ネットの壁を越えて生身の人間達が会う」ということ自体に、私は意義を感じていました。

このあたりのことについてK記者は、私達との話の中や拳論上で「手段と目的を混同してはいけない」つまり、「ある目的(たとえば「打倒・安河内氏」とか「JBC改革」等)の為の手段としてファンが集まったのであり、集まること自体が目的ではない」ということを再三主張しており、また四時起き氏も、自身が代表に選ばれた第二回の会合で「要は自分一人になってもやる覚悟があるかどうかですよ」と言ってました。

たしかに私もそうであれば理想的だとは思いますが、しかし、最初からまったく同じ志を持った人間が集まるわけはないですし、その時点では活動方針はおろか、まだ会の名前すら決まっていない状態で、そこまで高い意識を求めるのは無理だろう、とは感じました。またそうだとしたならば、その目的が達成された時点(または達成できないことが確定した時点)で、その会は存続の理由を失うわけで。

私のように「何ができるということじゃないけど頭数にはなりますよ」という人がたくさん来てくれていいのではないか。当面はJBC問題に絞って活動するのはいいとして、その過程で話し合いを重ねるうちに、新しい、より面白いことも見つかるのではないか。その為には人数が多ければ多いほどいいし、その参加条件は「ボクシングが好き」以外は必要ないのではないか…そう思って何度かその旨の発言をしましたが、多分誰も覚えていないでしょう。
この部分のメンバー間の齟齬が、ひいてはボク愛氏の除名騒動にも発展するんですが、次回はそのあたりのエピソードについて書こうと思います。

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