HARD BLOW !

「いやまじで」さんからの寄稿 (三)

2 7月1日襲撃予告メール事件

ファンの会のサイトにR記者に対する襲撃予告メールの報告があがったのはいつだったろうか。もうサイトが残っていないので確認はできないが、第1回会合が6月25日で、7月1日の前日には連絡を受けているはずだから、6月26日から30日の間であることは間違いない。

私の記憶では、4時起き氏がファンの会のサイトにその情報をアゲ、R記者を暴漢から守るために協力できる人は後楽園ホールに7月1日に来るようにと告知していたと思う。私は仕事の空いた日だったのでホールに出向く旨を書きこみ、当日を迎えた。

なおJBC事務局長安河内氏については、すでに6月28日に降格処分がJBCから発表されていた。しかし、JBCの組織内には留まることや調査に相変わらず不透明な点が感じられたことから、予断を許さない状況であった。

7月1日18:00頃、私はホールに到着した。5,000円の当日券を買って入場すると、第2試合が始まるところだった。

この時点でファンの会のメンバーの姿を会場に発見することはできなかった。ただし4時起き氏とはメールでやりとりをしていた。

私は南側の席で観戦していたが、やがて携帯に連絡が入り、西側通路にいるとのことで落ち合った。

西側通路の選手控室入口に付近の観客席最後列にR記者は陣取っていた。その背後の通路で我々すなわちボク愛氏、ウチ猫氏、4時起き氏、私の4名が陣取り、万一に備えていた。もっとも、試合中にR記者を襲撃するようなことはまずないことは、ボク愛氏はじめほぼ全員の頭の中にあったであろう。相手が業界の人間であったなら、興行を台無しにするようなことはさすがにするはずはないからだ。

試合の合間にR記者の隣にJ氏が移動してきて、ひとしきり何かを話していた。後で聞いたところでは、「おまえ、すごいなぁ、安河内を引きずりおろしたじゃないか」との讃嘆の言葉があったとのこと。ただこれはR記者自身の言葉なので、どこまで本当かはわからない。しかし、当時拳論上では安河内氏についての疑惑が取り沙汰され、それを裏付けるように週刊新潮に安河内氏のキス写真(妻以外の女性との)が掲載され、ついには6月28日安河内が事務局長の任を解かれる事態に至っていたので、私としてはJ氏とR記者との間にそのようなやりとりがあっても不思議ではないとの印象を持っていた。

ちなみに試合が進行する最中、ボク愛氏が「(襲撃予告そのものが)ないと思うんだけどね」と何度か漏らしていたのを私は聞いた。その時私はボク愛氏が希望的観測として口にしているのだろうと解釈していたが、当時ボク愛氏はより詳しい経緯を知っていて、それ故「襲撃予告メール」なるものに信憑性を認めていなかったという。それは後に語ったことではあるが。

最終試合が終了すると、R記者は帰路につく。要人警護の経験のあるというボク愛氏が先に立ち、ウチ猫氏、R記者、4時起き氏、私の順で、エレベーターを使わずに、非常階段を使うべくホールのロビーに出た。

そこでちょうどKジムの会長と出くわした。我々が出た位置のほぼ正面にK氏がいたのである。拳論上ではE批判が記事においてもコメントにおいても満載されており、そこではE擁護の最右翼として見られていたK氏。またK氏自身も拳論に頻繁に抗議・反論・反撃の書きこみをしている様子に見えた。少なくとも当時はそのようなイメージが拳論ファンには刷りこまれており、それは私も同じであった。そのためこの日の襲撃メールについてもKジムサイドの人間の手によるもではないか、いや、それでまちがいないであろうとの憶測が私にはあった。

そのK氏と出くわしたことで私はちょっとした衝撃を受けながら、われわれはK氏を避けて非常階段に入り、一気に下まで降りようとした。途中通行禁止区域を迂回しながら2階まで降り、東京ドームホテル内に入り、地下駐車場に通じるエレベーターを目指す。すると、またもやK会長が今度はエレベーター前に姿を現していた。周囲に関係者や部下らしき人物は見当たらなかった。一人であったと記憶している。

私はここでかなり驚愕した。偶然にしてはあまりにも…。われわれは来た経路を引き返し、エスカレーターで階下に降り、そこから地下駐車場に向かった。

なんとか地下駐車場にたどり着くと(後に4時起き氏は駐車場にもK氏がいたと私に語ったが私は見ていない)、われわれはボク愛氏の車に乗りこみ、とりあえず落ち着けるところへ行こうということになった。私の帰宅方向を気遣って新宿方面の案も出たが、東京駅なら時間的にあまり変わらないことと、他の人にもアクセスがいいということで、東京駅に向かうことに。

この車中でも驚くことがあった。4時起き氏が携帯で2ちゃんねるをウオッチングしていると、われわれの車が今どこを走っているかを何者かが刻々と書きこんでいるというのだ。しかもその内容は逐一正確であった。今飯田橋、今は大手町、東京駅で見失う、といった具合だった。またその最中にR記者は習志野警察署に携帯で連絡を取り、この日は結局何事も起きなかった旨の報告をしていた。

東京駅の地下駐車場に車を置いて食事をすることに。日曜の午後10時過ぎで、付近に手頃な店がなく、結局東京駅丸の内側の駅の並びにある飲み屋に入る。

ここでわれわれは1時間ほど過ごす。話は勢いファンの会のことに。ボク愛氏はこの会において選手をふくめた業界関係者との交流を盛んにしたいという持論を口にした。これについてR記者は特に反応していなかったように思う。R記者はここで安河内氏の京都でのフグ屋での領収書をいかにして入手したかを語った。それは安河内氏らが利用した店にR記者が連絡をとり、「領収書をなくしたので、もう一回書いてほしい」と店側に頼みこみ、店が再発行したものを後日入手した、というのである。ボク愛氏はこれについて「捏造」ではないか、「ファンがこれを聞いて、(R記者をはじめとする安河内氏追及サイドを)信用するだろうか」と思ったと後に語った。これについての私の考えは、証拠を入手するためなら正当化される範囲の行動であろうと考えていた。ただし、当初より感じたことだが、そもそも2万円程度の額で、どこまで疑惑として追及できるかのか、ということはあった。中小企業の交際費としてもそう高くない額である。当時の私はその背後により大きな不正経理の影を見ていたのである。

魚料理が多かったので、その残りを自宅の猫へのお土産にと、R記者は包んで持ち帰った。この時のR記者についての印象は、テンションが高く、拳論で見せる通りの愛猫家というものであった。

11時過ぎに店を出て、私は東京駅から電車に乗るので他の人とは別れた。R記者はその後一人で電車で帰ったという。(襲撃予告を受けた人間の行動としてはずいぶん呑気なものである。)

ボク愛氏と、R記者、4時起き氏が直接会って話をしたのは、おそらくこの時が最後ではないだろうか。そういう事態がこの先に待っていた。

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