HARD BLOW !

『高校卒業→大学入学』からの『世界王者のままプロボクシング引退!』からの『東京オリンピック挑戦宣言!』 中出博啓マネージャー兼トレーナーに聞いた、展開がダイナミックすぎる高山勝成選手の今までとこれから PART1

 相変わらずのフットワークであります。高山勝成選手とその陣営は、またも日本のボクシング界に風穴をあける『東京オリンピックのボクシング競技への挑戦宣言』という仰天プランをぶち上げました。!

 JBC発給の国内ライセンスを返納し、南アフリカ・フィリピン・メキシコと世界をまたにかけて、当時日本国内未承認のメジャータイトルを追いかけることあしかけ 4 年。2013 年にメキシコにおいて、日本人ボクサーとしては 21年ぶりの敵地勝利でIBFタイトルを奪取。それは日本国内でのIBF承認までわずか 12 時間という、余りにも劇的なタイミングでありました。

 当時の事情が良く分かる、国内復帰直後のインタビューはこちらの過去記事をご参照ください→高山勝成選手インタビュー&スパーリングレポート  インターバル40秒で12R!

 IBFタイトルを保持したまま、2013 年に仲里ジム所属で国内復帰。2014 年には、海外挑戦の盟友である山口賢一選手の行き過ぎたサジェスチョンを受けて、愛知県の菊華高校に入学し、なんと三十路の高校生に。

 一回りも年が違う学友達と机を並べて勉学に励みながら、メキシコでの敵地統一戦や国内での二団体同時決定戦など本邦初のビッグマッチを次々戦い、IBFやスポーツイラストレイテッドから年間最高試合に選出され、トレーナーの中出氏はエディ・タウンゼント賞まで受賞。この春には、高校を見事三年で卒業し、4 月からは菊華高校と同じ学校法人が経営する名古屋産業大のスポーツビジネスコースへと進学。

 海外での世界タイトル奪取から、高校入学、海外での統一戦、二団体同時決定戦と前代未聞のチャレンジを連発して、常にボクシング界に一石を投じてきた高山選手とチームライトニングKが、次にぶち上げたのが『東京五輪挑戦』であります。

 2016 年のリオ五輪から、IOCの意向を受ける形でのAIBA(国際ボクシング協会)の方針転換により、プロボクシング経験者がオリンピックのボクシング競技に出場できるようになり、いきなりタイのアムナット・ルエンロンや、来月日本で村田諒太選手と対戦予定のフランスのハッサン・ヌジカムといったチャンピオンクラスの選手がオリンピック本番のリングに上がりました。高山選手の挑戦表明は、そうした情勢の変化を受けてのものでありましょう。

 高山選手の国内復帰後、キャリアの節目節目で常に陣営の話を聞いてきた当HARD BLOW!としては、これは話を聞かんわけにはいきません。と言うわけで、チーム高山の中出博啓マネージャー兼トレーナーに色々とお話を伺って参りました。

    中出氏
   高山勝成選手のマネージャー兼トレーナー中出博啓

ロドリゲスjr戦から加納陸戦まで

HARD BLOW!(以下HB)-高山選手は(オリンピックボクシングに)転向ということなんですけど…。

中出博啓氏(以下中出) -引退や!(笑)

HB-プロボクシングを引退して、東京オリンピックを目指すという発表があったわけですけど、ここのところ毎回瞼の問題があって、まともに終わらない試合が続いたじゃないですか。そのことは引退の決断への影響は、大きかったですか?

中出-(2013年に)メキシコでIBFとって、それで翌年高校に入ったでしょ。そのときに彼(高山選手)が言ってたのは「チャンピオンとして高校に入ったから、卒業する時もIBFのタイトルを持ってたい」ということ。それと「出来れば統一戦でWBOのタイトルも獲りたい」と。それが、ここ数年の彼のモチベーションやし、目標やったと思うんですね。で2014年に不運にも、まあ私も病気(脳動脈瘤)しましたけど、彼もメキシコのフランシスコ・ロドリゲスjrとの試合で負けてね。あれもね、かなりしんどい判定やったんですけど、結果的に落としてしまった。でも、アメリカでスポーツイラストレイテッド誌の年間最高試合貰ったり、競った試合ではあったんですよ。でもやっぱり敵地やったな、えらいことになったな、とりかえさなアカンな、と思ってたら、ロドリゲスが相当ウエイトがきつかったみたいで、結果的に両方返上するんやけど、まずIBFをリリースして。

HB-高山選手との試合でも計量で揉めてましたね

中出-あの時一時間かかったんですよ。あれテカテビールの本社でね、一時間テンカラ干しのところで待たされて、アイツあれでリミットなったんちゃうかな?

HB-暑いところで直射日光浴びてたらウエイトが落ちた(笑)


中出-あの時の秤ね、誰が乗っても、俺が乗っても針が 47.6 キロになるようになってて。秤のチェックのために用意してた、水入れた1リットルのペットボトル乗せても針がグーンと47.6になって(笑)。

HB-「おかしいやろ!」と(笑)

中出-ほんならメキシコ側のやつが「いや1リットルの水と言っても、ピッタリ1キロじゃない」とか言い出して。そんな微妙な次元の話ちゃうやろ!というね。

HB-どうやっても 47.6 キロにはならないですよね(笑)

中出-ほんで秤替えさせて、調整してそれで乗ったら(ロドリゲスは)リミット丁度やったんで、多分5、600のオーバーで、こっちが抗議してる間に落ちたんと違うかな?まあ話とんだけど、あの試合が物凄い白熱したいい試合やったんで、WBOのランキングも好意的に評価してもらえて、次の大平戦で運よくWBO統一できて。それで、問題はその次の試合、ファーラン・サックリンJr戦。この試合で両目いったんですよ。高山のボディでファーランが腰折った時に頭がぶつかって。自分も目の前で見てたから分かるんやけど、TBSのカメラが撮ってた映像をスローで見たら、頭がぶつかって血が出ました、という一部始終が写ってるんです。

瞼の怪我との戦い

中出-試合後にファーラン側が「最後まで出来たやろ」「TKOやろ」ということでIBFに提訴して、IBFも審議したんですけど、我々が違うアングルからの二つのビデオ映像を送ったら、明確なバッテイングやと分かってもらえて、ファーラン側の提訴は認められなかった。けれど、その審議の間こっちは待機状態になったんですね。怪我してたから、良かった面もあったんですけど、6 月くらいまでファーランと再戦するのか、それとも指名試合を優先するのかが決まらない状態になってしまった。僕らからすれば、再戦でも良かったんですけど、カードとしても新鮮味はないし、試合自体も競ってる内容でも無かったし、何よりはっきりバッテイングやと分かってましたから。
 一方で当時のトップコンテンダーだったアルグメドは二重契約のトラブルがあって、試合契約が出来ない状態が続いてた。だから審議の結果が出るのを待ってる間も、IBFには「指名試合が出来ないのはアルグメドの契約問題が原因なんやから、こっちの落ち度じゃない。こっちは指名試合をする意志はあるんだから、早く指名挑戦者を決めてくれ」と言う要求はしてたんです。こっちとしては早く指名試合をクリアしたかったのに、なかなか決まらなかった。そしたら大橋ジムから、原隆二戦の話が来て、そっちを先にしようということで原戦を決めてきた忘れもせんその日の夜、帰りの新幹線の中でIBFからアルグメドとの対戦命令が出たと知ってね。「いやこっちは原戦決めたから」と言っても、IBFは「原戦の対戦契約があるにしろ、先に指名試合をしろ」と言ってくるしで、それを交渉でアルグメド戦は 12 月にしましょうということでなんとか合意して、それで原戦をやったら(ファーラン戦と)同じ場所にまたバッテイング食らって…。あの時の傷がまたものすごい大きくて。見た?

HB-かなりパックリといってた、と。

中出-血止めするときに綿棒の先端が完全に入ってしまうくらいの深さで、あの試合が 9 月やったからとても12 月に間に合うような怪我やないぞ、と。

HB-原戦の前に電話した時も「なかなか調子が上がってこない」みたいな話はされてたじゃないですか。

中出-結局実戦が出来ないんですよ。スパーが。アルグメド戦はノースパーやし、原戦の前も 30 ラウンドもやってないんと違うかな?だから圧倒的に実戦勘が足りない。アルグメドに関しては、強引に振り回してくる選手やから、離れたら見えるやろと思ってました。だから近づかんようにして、試合はおもろないか分からんけどアウトボックスしようやと決めてた。ところが結論から言うと、アウトボックス出来なかった。アルグメドが、最初から思いっきり出て来たんで。傷は治ってないから、1 ラウンドから血が滲んできて、被弾して出血量が増えて目に血が入ってくるし。もう、ひっつかな仕方が無い、ということでくっついて打ちあって。でもサイズが全く違うし、やっぱり被弾も増えて。まあ、止むを得ない結果やったと思うんですね…。でタイトル失ったけど、これはもう無理やり行ってるような試合やったんで、半年から一年くらい開けてもライトフライに上げるかしかないよな、と思ってたら(田中恒成の保持していた)WBOが返上になって空位になって。でも加納とサビージョの試合の時、高山が会場に行ったら丸元会長が「高山君それ目治ってるの?」と聞いてくるくらい腫れてる状態で、「これは目を狙って来るやろうな」と思うくらい腫れが全く引かなかったんですよね。まあ加納戦はアルグメッド戦よりはスパーは出来たけど、それでも 30 から 40 ラウンドくらい。やれるだけマシやみたいな。で自分個人の構想としては、なんとかここでWBOのベルト取り返して、実際にオファーはあったので、年末にベルト持ったままライトフライにアタックして、で年が明けてから一回くらい防衛戦してチャンピオンのまま卒業というふうに出来へんかな?と思ってたんですけど、加納戦でもやっぱり切ってしまって…。

HB-8 ヶ月開いてたわけですよね。それでも難しかった。

中出-アルグメド戦後の医者の診断では、最低でも 6 ヶ月開けないと難しいという話で、まあ 6 ヶ月後でもボクシングやっても切れないという強度があるというわけでもないよということでね、きついなと。で、案の定切れてしまった。

HB-切れたと言うか古傷がまた開いたということですよね。

中出-そうそう。で 4 ヵ月後の試合のオファーは来たんですけど、出来ないと。

HB-指名試合ですか?

中出-そうじゃなくてライトフライで。

HB-ああそうなんですか。大晦日ですか?

中出-そう。いい条件だったんですけどね、でも目の状態で出来ないとなって、その頃から僕もチラチラと、もうかなり不安が大きいし、高山自身も悩んでたようやし。

HB-毎回万全な状態で試合は出来ないということで悩んでたわけですね。

中出-それで一月から二月くらいに「引退」と言う言葉がちらほら出だして。まあ僕自身はね、万全な状態やったらまだ続けられるやろと思ってて。

HB-中出さんとしたら「もう一度万全な状態を作って続けたらええがな」と思ってたんですか?

中出-そう、目も手術してちゃんと治して。WBOは負傷を認めて暫定王者立ててくれてるし。でも本人が、ちゃんと治るのか確信が持てなかったと思うんですよ。実際今も腫れてますしね。

HB-幾ら医学が進歩してると言っても、出来ないことは出来ないですからね。

中出-信頼できる先生に相談してみて分かったのは、今までの治療で使った溶ける糸というのが均一に溶けるわけじゃないんで溶けてない部分が残ってたりして悪くなってるのもあるみたいなんですよね。だから一回瞼を開いて、そういうのもきれいにして、それと目の周りの骨が肥厚現象という、まあ一言で言うと分厚くなってるみたいなので、それを削ったほうがいいだろうと言われて。

HB-体が怪我した部分をリカバリーしようとした結果起きてることなんですよね。

中出-まあ一言で言うと骨がとがってるということなんですよ。

HB-中が尖ってるから、外から衝撃が来たら切れやすい。だから平らにする手術をするということですね。

中出-ただそのためには、手術のために二週間入院して一年間はボクシングの試合は出来ないと言われて。これは、年齢考えると非常に厳しい。もう一回、ミニマムでもライトフライでもタイトルを取り戻すと言うのは大変やな、と分かって、そのときもう高山はオリンピックのこと考えてたと思います。実は高校進学が決まった当時に、高校卒業して大学に入ったときにオリンピック挑戦を表明したいという話をしてたこともあるんですよ。僕はそういう予定についてはフレキシブルに考えとったんですけど、今年に入って引退と言う言葉がちらほら出た時に「まさかオリンピックか?」とは思ってたんですよ。俺としては、やつの口から直接それを聞くまでは、とは思ってたんですけど。まあ実際に、リオにアムナットとかが出て、でもう野球やサッカーではプロアマの垣根は無くなってるのは知ってましたし。

HB-IOCがもう方針としてアマチュイズムという観念は放棄してますからね。

中出-実質的にすでに最高の舞台でのプロのスポーツイベントということになってるんですよ。ブログにも書きましたけど→(中出博啓氏のブログ4月7日の記事『プロ アマ雑感・・』 )、高度成長期のサッカーで言えば古河電工とか、野球では言えば社会人野球の三協精機とかの時代も知ってますけど、今はもうまったくそういう時代ではないじゃないですか。

HB-そうですね。

中出-個人競技の選手も企業に所属するのでなく、肖像権を自分で管理したり企業にスポンサーになってもらって金銭を得て競技に専念できる環境を作るというプロ化がドンドン進んでるじゃないですか。

HB-トップ選手はそれが主流ですよね。

中出-まあ出来るかできへんか分からんけど、オリンピック…。まあ行けなかったらしゃあない。だからローマン・ゴンザレス戦負けた後の「WBOとかIBFとかプロの未知のタイトルに向かってやってみようか」という時と一緒なんですよ。俺はだから高山には何回も聞いたんですよ「あと一年はやってもいいんじゃないの?大体、試合して金稼がんでいいの?」って。

HB-まあそうですね。

中出-そしたら「僕はいいボクシング人生送ってきたけど、そっちじゃない」と。「誰もやったことないことをやってみたい。プロでは 4 団体獲ったんで、今度はプロからオリンピック行ってメダル狙いたい」って言ってるんで、そういう意味では高山は昔からぶれてへんなと思って、じゃそれを表明するしかないなと。

瞼の怪我が影を落とした高山選手のキャリアですが、果たしてオリンピックへの挑戦という大願は成就するのか?次回PART2へ続きます。

日曜は京都でなく刈谷に行く(旧徳山と長谷川が好きです)

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