HARD BLOW !

前兆・・   それでもボク愛

7月9日の前日だったでしょうか。
日課であった拳論を開いて見ると新しい記事がアップされていました。
拳論ファンとしていつもは楽しみにしていたはずの記事でしたが、この時ばかりは驚きました。
そこには早くも「ファンによる市民団体発足」と書かれていたからでした。

ファンの会はこの時点では名称も代表も今後の予定すらもほぼ白紙の状態でしたし、記事を書いたK記者も立場上この会には参画しないと明言していましたから、尚更驚きでした。

拳論が出発の会である事に間違いはありませんし、記事として取り上げて頂ける事は大変にありがたい。
しかし、第2回目の会合を控えたこの時点では、何度も申しますが何も決まっていないと言っていい状態だったのです。
私にとっては、集ったメンバーの合議の末に決定されたものであれば、市民団体でも市民サークルでもファンクラブでも良かった。ただ、対話による理解と納得をモットーとしたい私は、圧力団体を連想させる市民団体という言葉は避けたかったというのは本音にありました。
しかし反面では、市民団体として対立軸を明確にした方が運動は起こし易いという意見は容易に理解出来ます。
ただし、これはあくまでも集ったファンの中から出るべき意見であり、合議の末の決定事項でなければなりません。
さすがにこれは意見しなければならないと思い読み進めると、さらには「野次馬の集まりになるおそれ」という批判的な言葉が続く。

私には何も始まっていない会に対して、ましてや何も報告もしていない時点でのこの決め付け方は、あまりにファンをそして集ったメンバーを馬鹿にしている、この上から目線は何なのか!と感じました。
発起人の一人としては正直、集った方々に申し訳けないという気持ちもありました。

拳論が既成事実のように会の性格を明確に記述する事は、イコール「拳論が主体」という錯覚を生み、集ったファンの自主性を奪う事になりはしないか?

ここで紛糾させるのは如何かとも思いましたが、まさにこれからという大事な時期でしたから、一晩思案した末の会合当日の早朝、これはあくまでも個人的な意見とした上で次の趣旨のコメントを投稿しました。

「市民団体という言葉は会の中から出たものではない」
「それを決定事項のように書かれた事の意味が理解出来ない」
「何も始まっていない会に対し(敬意も無く)野次馬の集まりとはどういうことか?」
「現時点では静かに見守って頂きたい」

実際には4時起き氏の口から「市民団体として対立軸を明確にするべき」という発言は出た事がありましたが、それについて会の中で議論された事は(少なくともこの時点では)一度もありません。
K記者と4時起き氏の間では、水面下で構想が練られていたのかも知れませんが、この時点では4時起き氏は代表ですらないのですから決定権はありません。
第三者から見れば単なる意見の食い違いに見えたかも知れませんが、7月1日の件がありましたから、私にとっては会の成否を決する重要な分岐点であると思われたのです。

言葉は努めて穏やかににしたつもりでしたが、主体者としての強い決意と思いを込めたつもりでした。

しかし、ここから始まる不可解な、そして異様とも思える現象が巻き起こります。
なんらかの意図を持った仮面の怪物がその姿を現す前兆は、第2回目の会合中に突如として4時起き氏の携帯から発せられました。


続く・・

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