HARD BLOW !

スリランカから

12月19日、南アジアに位置するスリランカ共和国において初めてのプロボクシングの試合が行われた。
これはプロボクシング界にとって歴史的な一歩であり、そして記念すべき日である。
出場する選手も実現に向けて尽力した関係者もやがてその名をとどめることになると思われる。
これが日本人の手によって、しかも発案から僅か一年余りで実現されることを記しておきたい。
そして功労者の中の一人のことを。

貢献してきたボクシング界に理不尽な仕打ちを受けた挙句、これまでの生活も仕事も奪われながら艱難辛苦の中で彼はこう言ったのだった。
「けじめだけはきっちり付けなければなりませんが、誰かを恨むとかは全くありません。それよりもやらなければならない事が」
「ボクシングには力があると信じています。そのボクシングで何が出来るのか?」
「私にはこれしかありませんから、残りの人生をすべてこのボクシングの為に捧げたい」

僕はこの彼の3年間を、彼のほとばしる事をやめない情熱を、ただ、ただ、見守っていた。
熱は老いと共にやがて枯れてゆく。
そんなものを感じ始めていたが、彼の言葉ひとつひとつに老いぼれ始めた自分が衝き動かされる思いだった。

今年の春、東京駅近くの料亭でささやかな壮行会が行われた。
壮行会と言っても特攻に送り出すような悲壮感を僕は心の底に感じていた。
プロボクシングについて言えばスリランカは未開の地でもあり、世界戦開催を認定するために必要なローカルコミッションもない。
何より彼はいわゆるビジネスマンでもなく、総じて実直な日本人が直ちに溶け込み、交渉ができるほどアジアは甘くない。
(実際にこの後、彼もまたアジア文化の洗礼を浴びることになるのだが)
これは僕自身も痛烈に経験したことだったので、彼の言う手応えという言葉にもどこか絵空事のようにも感じたことを今告白しておく。


男が三年間も浪人したらその刀も錆び付いてしまう。
僕は彼の可能性を信じただけに、ただただ、それが怖かっただけだった。
彼がやらなければならない事は山積していて、しかもどれもこれもが日本のボクシング界において最大急務と思われたからだ。
一年二年と無為な時間だけが過ぎて行く。
しかしこの時、彼の何が出来るか?は今!に集約されて一つの道筋を示していた。
彼は立ち止まってなどいなかったのだ。
「混とんとするアジアボクシングの中で日本のボクシングが何を示しどう歩むべきか」
「日本でなければ出来ないことがあると思っています。だから道を拓きます」
「直ぐに実を結ぶとは考えていません。捨て石になろうとも構わない。30年50年、いや百年の計になるのかも知れない。だからこそ、今やっておかなければならないんです」
長く掛かった裁判にも勝ち、自らの手で名誉も回復しつつある今、安寧な日々を今後選んだとしても世の中の人々は彼を責めることはないだろう。
しかし、彼は責任としてそれを拒んだ。
しかも日本のボクシングの未来をアジアの中に見ていたのである。

東京駅での壮行会で、再び数年前と同じ言葉を彼は言ったのだった。
「失うものは何も無いと思ってます。残りの人生を・・」
そう言った彼の表情は、僕が心に感じた悲壮な覚悟では無く、実に爽やかな、希望に溢れるものだった。
そしてその通り希望のある処に光りが訪れることを彼に教えられた。


数ヶ月後、彼の元に一通のメールが届く。
それはボクシングの、ある世界統括機関からの招待状だった。
彼が日本においてその職責を追われていた事も、その経緯を知っているにも関わらずだ。
大袈裟ではなく世界が彼のこれまでの仕事を認め、復帰を願っている事を、彼は招待された場に行ってみて初めて知るのだ。
彼ら招待者はすでに日本における報道や偏向されたアナウンスが真実でないことを知っていたのだった。

彼が拓こうとした、そしてこの日の一歩が偉業であるかはまだ解らない。
しかし、道なき道を切り開いたことには大いなる意義がある。
誰かが辿った道はいつか後に歩む人々の標(しるべ)となる。
ファンはマッチメークにしか興味がないようだが、こうした舞台の裏には様々な人々の未来への思いと熱と人知れぬ行動があったことも知っておくべきだろう。
後に続く人々の今後の仕事が、陰ながらの功労者への花束となる。

スリランカでの仕事を終えて帰国した彼に会った。
「反省ばかりです。詰めの甘さがあった。思い描く社会貢献は何一つ出来なかったかも知れません。しかし、ダイナミックに動けたことが良かった。失敗も成功も含めてこれを一歩として、今後も未開の地を切り開いて行きます」
国営放送で国内全土に中継され、スリランカ政府からはスポーツ省大臣や要人が見守る中、
イベントは一応の成功裡を収めたにも関わらず、彼は反省を先ず口にした。
「すべては私自身の力不足です。この何年かで鈍ったのかもしれない」とも言った。
僕がずっと感じていた怖れは的中した。
彼の仕事はこれまでも裏方であったが、常に完璧を求められるその仕事の結果はひのき舞台でこそ現れる。
一瞬の油断や鈍りは致命傷ともなる厳しい現場だ。
それはリングの中のボクサーだけではないのだ。
彼の感じた刀の錆びつきは彼の責任ではないが、彼自身がそれを許せなくて自身に憤っていた。
もう大丈夫だ。完全に復帰した・・と僕は感じた。

スリランカでの今回のイベントの意義はプロボクシングという概念を知らしめるだけでなく、未だ差別意識のある南アジア社会での女性の社会進出や地位向上をシンボリックにするための女子プロボクシング世界戦にあった。
これは発展途上から脱皮しゆくスリランカの国策とも合致したのだ。

かつて戦後日本も国際化の道を辿る過程でプロボクシングは大きなの貢献をして来た。
それは世界の、いや時代の要請ともいえ、やがて国民の血や肉になった時期があった。
アジアには同じように、また本当の意味でのグローバリズムを目指す国がまだまだある。
やがてプロボクシングを通してと、スリランカに続く国も出てくるだろう。
彼はボクシングで何が出来るか?の答えの一つをここに見て、そして答えたのである。
これが「何一つ社会貢献出来なかった」と言えるだろうか。
社会貢献は永続してゆくもので、その一歩を新たに、そして確実に記したではないか。
彼の仕事はマッチメークでもプロモートでもない。
ボクシングを公益性のあるスポーツとして世界に発信することである。
「私の仕事はオーガナイズすることです。今回もそれを目指しました」とも言った。
オーガナイズとは組織の編成や計画その準備とあるがしかし単純ではない。
そこには常に多種多様な人間が介在するからだ。
彼は一度人心の掌握に失敗した。
何故か?自らのボクシング哲学に一徹過ぎる面があったからだ。
大袈裟ではなく人命を預かる彼の立場にあれば彼の哲学は当然であり、そこから発露する主張には大きく共鳴する。

哲学と言っても難しいことではない。
彼の立場で何を基本とし何を当然として、そして弛むことなくやって行くことだけだ。
彼の場合の基本はボクサーでありボクシングである。
何を当然とするか?それらを守りその為の環境を整えることだ。
弛むことなくとは常に細心の注意を払って理想を追い求めることだ。
それを妨げ障害になるものは排除すればよい。

この数年間、彼の才能のほとんどが裁判に没頭しなければならない時間の中で発揮されることが無かった。
「あの人が戻ってくれたら」
それは現状を真摯に見た人たちが口を揃えていう言葉だ。
そして、刀を研ぎなおした彼が静かな凄みを湛えてもうすぐ帰って来る。
もうすぐだ。

だが、山積された問題はそのままばかりか、彼がやろうとしてきた組織の健全化や環境整備は哲学無き私欲の輩に尽く破壊された。
それだけでなく先人の知恵と多大な労苦によって築き上げられた組織は、未来を見ようともしない輩によって僅か三年余りで資金破綻をきたし崩壊寸前となった。
戦犯は明白である。
もはや潔く去れとは言わない。
立派な船を自ら泥舟にしてしまったその手でいかにしがみ付こうとも、「助けてくれー!」と叫んでも、もう無駄だ。
司法の裁きによってその手を振りほどかれる日が近いからだ。
浅はかにも邪悪に手を差し伸べた人間も共に沈んでゆく。

しかし、形を失い沈みゆく船を再び航行させゆく事は不可能だ。
皆が明らかに見える陸に揚げ、皆の知恵を振り絞って再建設しなければならないかも知れない。
今度は一人でやろうとせず、人間力を信じて、皆の力を最大限に借りて、そして日本からアジアへ、日本から世界へ、日本のボクシングの正統性を知らしむべく、大海原に再び出帆して欲しい。

文責 BB

Comment

いやまじで says... ""
畑を耕し種を蒔き
収穫に至るにはさらに幾歳月がかかるでしょうが、
その実りは日本にも大きな恩恵をもたらすでしょう。
2016.01.01 03:15 | URL | #Twj7/TDM [edit]
名も無いボクサーに両手いっぱいの報酬を says... ""
これまでの人生の決算としての成果を出さなければならない時期に
意味不明の訴訟沙汰に巻き込まれて時間を空費した無念さと言うのは
計り知れないものがあると思いますが、その経験がプラスに転ずれば
平凡人では成し難い成果につながるでしょう。
心の底から幸運に恵まれることをお祈りいたします。
2016.01.01 11:12 | URL | #- [edit]
says... ""
完全無欠の人間なんてあり得ない。
しかし、誰にでも才能はあるはず。
「彼」の非凡を認めたからこそ林有厚氏は登用したのでしょう。
彼の代役は現状誰にも出来ない事が証明されつつある。
彼の不在の時期は日本のボクシング界にとって取り返しのつかない損失でした。
しかし、同じ失敗を繰り返さなければ良いのです。
2016.01.02 03:34 | URL | #- [edit]
いやまじで says... ""
東日本の善良な市民 says... ""
これまで、あの組織、職位にあればこそできたこともあったことでしょう。しかし、今現在、他国から必要とされているのは組織や職位自体ではなく、一個の人間としての彼だったということですね。椅子の取り合いは無意味だ。

10月には日・スリランカ包括的パートナーシップに関する共同宣言が発表されて両国の連携ムードが高まるなか、興行自体はFightnews.com等でも大成功と伝えられていますから、ご本人の満足できる内容ではなかったとしても、ゼロの状態から遂行されたことが素晴らしいし、これだけの人物であれば引き抜いてでも欲しがるのがまともな組織だと思います。

>今度は一人でやろうとせず、人間力を信じて、皆の力を最大限に借りて

まずは陣形を整えることからですね。陣形が乱れてどこかが孤立すればそこが組織の弱点となります。結果的に一人でやることになる場面も時々はあるかもしれませんが、最終目的地だけは組織の(少なくとも身近なポジションにある)誰もが共有していてほしいです。
2016.01.15 12:52 | URL | #7SPhLgiM [edit]

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