HARD BLOW !

斉藤司インタビュー2 ~初の敗戦

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2010年10月11日、この日のメインでは、清田祐三選手が二つ目のOPBFタイトルに挑んだ試合で、衝撃の1ラウンドKO負け。しかし筆者にとっては、その四つ前の試合のショックの方が大きかった。
対戦相手の木村毅選手(緑)には申し訳ないが、正直、負ける可能性は皆無と思われた試合。

その内容について触れようとすると…

三谷会長(以下M)「司の口から言わせると言い訳になってしまうので僕から言いますが、あれは減量(が原因)です」

M「体が成長しているのが明らかだからこそ、直近はスーパーフェザー以上のウェイトで試合をしていたので、あの試合の58.0kg契約には反対したんですが、そのまま決まってしまいました」

M「1階級下のタイトルマッチに出るチャンスがあるとかいうならまだしも、特に大きな試合でもないのに、少しずつ上げてきたウェイトを急に落とすんですから、スタミナも気力も萎えてしまいますよ」

レコードを見ると、フェザー級で8試合したのち、スーパーフェザーで2試合、60kg契約で2試合。
17歳でデビューし、この試合が20歳になって最初の試合。この年齢の三年といえば体は急成長する時期と思われるが、実際に身長もデビュー時の170cmから176cmまで伸びたという。本人としてはそのあたりどうだったのか。

S「確かに最後は、咽喉に指突っ込んで吐かなければならないような状態でしたから、減量苦もあったとは思います。しかしあの試合に関しては、魂が抜けていました。それが敗因だと思います」

S「それまでは、それこそ相手を殺すくらいの勢いで試合に臨んでいました。向かってくる敵を倒し、踏み台にして自分の幸せを掴み取るのがボクシングだ、と。あの試合ではそういう気持ちがなかったです」

S「中途半端な気持ちでは、あのリングに棲む魔物にやられてしまうんです。あの敗戦で学んだことは技術的なことではなく、本当に覚悟を決めてやらなければいけない、というメンタルの部分でした」

初の敗戦のショックで寮も飛び出してしまった斉藤選手。
それでも翌日には走り始め、二日後にはボクシングの虫が疼いて仕方なかったというが、時間がたつにつれ考え込むことが多くなっていく。

S「色んなことを考えてて、走りに行く時以外は、ほとんど引きこもり状態になってしまいました。」

S「何もしていないと自然とボクシングのことを考え、すると一番近い記憶として負けた試合のことを思い出し、ドップリとはまってしまう、という繰り返しでした」

そんな弟を見かねた斉藤選手のお兄さんが、することがないなら働いて金を稼ぐ経験をしてみたらどうだ?と、自身が勤める会社へ誘い、斉藤選手は営業マンとしてデビューすることに。

S「営業の仕事も、やってみれば当然奥が深いので、それに取り組んでいる間はボクシングのことを考えずにすみました。とにかく、何かしてないとボクシングのことを考えてしまい、そうするとまた、一番新しい記憶の負けた試合を思い出して落ち込んでしまって。あの頃は本当に病んでいました(苦笑)」

━でも、この一年があったから…というかたちで今後の成長につながれば

S「はい。自分はポジティブ思考なんで、この一年があって、今こうして頑張れてると思ってます!」

M「普通の選手なら、この一年でやめてますよ。自分の周囲の人間や、ジムを取り巻く環境も大きく変わってしまったし」

M「僕から帰って来いというわけにいかないから、司が自分から戻って来るのを待ちました。それでも最初に戻った時は突っぱねたんです。そして三回目に来た時に、彼を再び迎え入れることにしました」

M「この一年は、再びこんな酷い事態をおこしてはならない、という教訓として肝に銘じていきます。ここを乗り越えられたら大丈夫ですよ」

輝けるホープがふとしたキッカケで転落していくのは、何もボクシングに、いやスポーツに限った話でもないことであるが、身近に接した選手となれば、したり顔で「そんなこともあるよね」なんて能書き垂れる気分にはなれない。
ただただ「おらがヒーロー」の復活を待つのみである。

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