HARD BLOW !

ボクシングマガジンへの抗議

あの忌まわしい10月11日の試合は(勿論、王者内藤選手にはまったく非はありません)、ファンの中でも注目されたものでしたから、その月(毎月15日発売)のボクシング専門誌はほぼ予定通りに発行されたと記憶します。
おそらくはこの試合結果の枠を残し、記事の校了を待っての突貫作業だったろうと思われました。

さて中学生の頃から30年以上愛読し信頼していた専門誌はこの試合について、どのような記事を書いたのか、はたしてファンの怒りを代弁してくれたのか。

期待しながら書店に走りました。
いい大人がハシタナイと思いながらも、家まで待ち切れずに歩きながら読みました。
これまでアンチ亀田の思いをよそに、亀田兄弟については好意的な記事が度々書かれていましたが、今度こそはボクシングジャーナリストの衿持にかけて書いてくれるに違いない・・

しかし、しかし、期待はあっさりと裏切られました。

記事は淡々と試合を追い結果を書いただけものでした。
記者の所感も僅かながらありましたが、それはファンがアノ試合で感じたものとは大きな隔たりがあったと思います。

その記事はM記者が書いたものでした。
「リング禍を防ぐにはどうしたら良いのか?」というテーマをメッセージと共に業界やファンに度々伝えた事もある記者で、自ら生粋のボクシングファンであると公言する人でもあります。
私は昔気質の記者が少なくなった今では、問題意識を持ち新しい感覚でボクシングの素晴らしさを伝えゆく、ボクシングの守り人なのではないか?と勝手な幻想を抱いていました。

そのM記者には直接ファンの思いを伝えたい、モノを申したいと編集部に電話しました。
幸いにも本人が電話に出られ・・私は数々の思いの丈をぶつけました。

しかし、突然の電話に戸惑ったのか、単なるクレーマーと思ったのか、M記者の回答は私には言い訳にしか聞こえてきませんでした。
私は最後まで食い下がり、このような問題が二度と起こらないように追及記事を書くべきと要望しました。
M記者はついに根負けしたのか「締め切りまでの時間が無く自分でも納得する記事では確かにありませんでした。次号で必ず書きます」と約束してくれました。
携帯電話を切ると通話時間は1時間をとうに越えていました。

「ファンの怒りを伝えたい」たったそれだけの私の思いは話しとして理路整然とはなっていなかったと思います。
しかし、M記者は返答に窮しながらも最後まで丁寧に答えようと努力はしてくれました。

次号に期待しよう。
抗議の電話や投書は私だけではないはず。
ファンが愛するボクシングの為、皆で声を上げれば変わるはずだ。

一ヶ月後、世論は亀田バッシング一色に染まっていました。

しかし、期待した専門誌の記事は再び試合をトレースして、前代未聞の反則は「若さゆえの暴走」が原因とされていました。

違う!反則を誘引したものは若さだけでは断じてない!
セコンドも反則指示をしていたではないか!
反則につながる温床がそこにあるではないか!
それを許してきた業界にも問題があるのではないか。
なぜそこを追及しようとしないのか!!

私には専門誌までもがこの現実から目を背けているとしか思えませんでした。

誰がこのようにしてしまったのか・・
怒りの炎はますます燃え上っていくのでした。

少年の頃から憧れた眩しいばかりのプロのリング、私の中のボクシングは幻想だったと感じました。初めてこの専門誌を手にした時、表紙になっていたのは具志堅用高選手が世界を強奪した鮮烈なシーンでした。同月号にはKO仕掛け人と言われたロイヤル小林選手の世界初載冠がありました。
新旧スターの登場に胸は高まり、瀬戸物の貯金箱を割ってまで本屋に走った記憶があります。
毎月の発売日は待ち遠しく、瞬く間に私の小さな書棚はこの宝物で埋め尽くされました。
日本ランキングは勿論、東洋、世界のランキング表は暗記するほど何度も目を通しました。

しかしあの日以来、特別な事が無い限り子供の頃から親しんだこの専門誌を手にした事はありません。


続く・・

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://boxing2012.blog.fc2.com/tb.php/36-ee890d9b