HARD BLOW !

選手を守るジャーナリストと選手を陥れるジャーナリスト

 先日お邪魔したJリーグの差別事件を巡るシンポジウム(記事はこちらから→スポーツ団体のガバナンスを考える )でパネラーを勤めておられた、ジャーナリストの木村元彦氏。私もベストセラーになった「オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える」は読んでおりました。


オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見えるオシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える
(2005/12)
木村 元彦

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 件のシンポジウムで、氏のスポーツや社会を巡るふっか~い見識にいたく感動した私は早速アマゾンで氏の著作を何作か取り寄せて読み始めたのですが、その中の一際印象的だった一冊をご紹介致します。その本とは『争うは本意ならねど ドーピング冤罪を晴らした我那覇和樹と彼を支えた人々の美らゴール』でございます。


争うは本意ならねど ドーピング冤罪を晴らした我那覇和樹と彼を支えた人々の美らゴール争うは本意ならねど ドーピング冤罪を晴らした我那覇和樹と彼を支えた人々の美らゴール
(2011/12/15)
木村 元彦

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 この本は、発生当時大々的に報じられた、当時日本代表FWでもあったJリーガー我那覇和樹選手のドーピング冤罪事件の顛末を緻密な取材と確かな見識で描いた傑作。スポーツ団体のガバナンスや選手の健康問題、スポーツ報道のあり方など多様なテーマをこれでもかと緻密な取材で掘り下げた労作であります。

 かくいうこの記事を読んでおられる皆様におかれましても「我那覇ってドーピングで出場停止になった人でしょ?」という認識をお持ちの方もいるかもしれません。疑惑の報道は瞬く間に広がりましたが、その後の名誉回復を巡る長い戦いとその顛末は余り報じられることはなかったからです。

 事の発端はサンケイスポーツの誤報でした。当時所属していた、川崎フロンターレのチームドクター後藤医師が、風邪をひいて体調不良だった我那覇選手にほどこしたなんてことはない点滴治療を、サンケイスポーツが取材もなしに「にんにく注射でパワー全開」というヨタ記事にしてしまい、我那覇とチームドクターにあらぬ嫌疑がかけられます。この報道が出たことでナーバスになったJリーグ機構は過剰反応。処分ありきで事態は進行し、当時サッカー協会長だった川淵三郎氏は事実関係の調べも終わらない段階で出場停止に言及し、我那覇と後藤医師は窮地に陥って行きます。結局6試合の出場停止と言う処分を受けた我那覇選手は日本代表の地位もチームのレギュラーポジションも無くし、後藤医師はJリーグ機構との軋轢を恐れるチームのフロントから暗に退職を勧奨されます。

 この理不尽な事態に対して最初に声をあげたのが、チームドクター達でした。Jリーグ各チームのドクターは全員一致で声を上げてJリーグ機構に抗議します。正当な医療行為がドーピングとなれば、選手の健康管理に重大な影響をきたすのだから当然の対応であります。実際にドーピング違反を恐れて、静脈注射を打つことを躊躇したことで、骨折した選手の出術が先延ばしになったり、海外での食あたりに何ら有効な手段が打てないと言う事案が発生するにいたってチームドクターの危機感は最高潮に達します。

 この問題の背景にはJリーグの医事のトップである青木治人氏がドーピング違反のガイドラインを誤解している(実際は理解していたのに意図的に無視していた可能性も言及されています。どっちにしろひどい話)ことがありました。正当な医療行為による静脈注射に際しては、医師の判断を尊重するという原則があるにもかかわらずそれを認めない青木氏の態度は余りにも頑迷で、チームドクターは困惑します。青木氏はチームドクターとの議論では論理的に完全に敗北したにも関わらず、一度下した処分を撤回することは絶対に認めようとしません。そもそもチームドクターを統べる青木氏が、同時にドーピング違反をとりしまるのは利益相反ではないのかと言う根本的な問題もあります。当時アンチドーピング機構にサッカー協会が加盟していないかったことも事態をより混迷させていきます。

 チームドクターはあらゆる人脈を駆使して処分撤回の策を巡らせますが、Jリーグとサッカー協会はあくまで間違いを認めず平行線。いよいよ万策を尽きたかと言うその時、ついにチームドクターからの説得に応じて我那覇選手本人が自ら潔白を証明するために立ち上がります。「子供にルール違反をした父親だと思われたくない」という一心から表舞台にたった我那覇選手は自らの潔白を訴え、Jリーグ機構と正面対峙します。我那覇本人が立つことによって、この問題をスポーツ仲裁に持ち込むことが可能になったのです。

 時同じくしてあるチームドクターが元Jリーガーの国会議員に陳情して、この事件が冤罪であることを訴えたことで、この問題について国会質問が行われます。国会質問はサッカー協会の監督官庁である文部科学省を動かし、Jリーグは文科省からの指導を受けて渋々仲裁に応じる姿勢を見せます。ただしJリーグ側の回答は「その舞台はスイスにあるスポーツ仲裁裁判所(CAS)に限る」というものでした。日本のスポーツ仲裁機構でなら数万円ですむ訴訟費用が、CASでは莫大なものとなります。これは明らかに我那覇サイドに訴訟を断念させる作為があるものでした。しかし悩みぬいた我那覇はその条件を飲みCASでの仲裁に全てをかけることになります。翻訳費用や弁護士費用などの膨大な個人負担は3000万円以上にも及びます。国際基準に照らせば負ける要素が無いと分かっていても敗訴のリスクはゼロではありません。

 そんな我那覇を支えたのは出身地沖縄のサッカー関係者やJリーグのサポーター達でした。沖縄の支援者は募金と引き換えにちんすこうを渡す『ちんすこう募金』を考案し、フロンターレのサポーターと連携してJリーグのスタジアムの試合開催日に募金を募り一千万円近い額を集めます。

 肝心のCASの裁定は我那覇の完全勝利。裁定に際して「我那覇サイドの弁護士費用として2万ドルを弁済するように」という過去に例のない付加条件まで加わったものでした。

 しかし未だ持ってJリーグ機構は我那覇に謝罪もしていないし、チームから取った制裁金の1000万円も返還していません。自分達は間違っていないと言う姿勢を崩していないのです。

 木村氏はこの事案は「我那覇問題」ではなく、「青木問題」「鬼武問題」「川淵問題」だと言います。ドーピング違反の汚名を着せられ、チームでのレギュラーポジションも、日本代表の地位も失い、2000万円以上の自己負担を強いられた我那覇選手の払った犠牲は余りに大きなものでした。ただそんな彼を救ったのもまたサッカーに関わる人たちでした。チームドクターや元選手、ジャーナリスト、他チームの経営陣、チームメイトや選手会、そして故郷の仲間達こそが、迷走するJリーグ機構と対峙して『フェアプレー』『プレイヤーズファースト』という理念を守ったと言えるかと思います。

 さてこの本を読んで私が否応無く想起したのはやはりボクシングのことでした。

 ずっとこのブログでも触れてきた大沢宏晋選手のことです。当時世界ランカーだった大沢選手もまた理不尽なサスペンドによって多くのものを失いました。ただ我那覇選手のケースと違うのは、気に入らない職員を排除するための下らない裁定であると分かっていながら、異議を唱える関係者・ファン・ジャーナリストがほぼ皆無だということです。

 健保金の問題とて同じことであります。医療費目的の積立金を違う目的に流用することは、選手の生死に関わる話です。医療行為を制限されることで選手の健康に重大な影響が出るという危機感を共有し一致団結して戦ったJリーグのチームドクター達のような危機感は無いのでありましょうか?

 谷川俊規氏の懲戒解雇が撤回されたことを見れば、大沢選手のサスペンドに根拠が乏しいことは明らかです。ヨタ記事で大沢選手や谷川氏を中傷したボクシングマガジンと、そのネタ元となったボクシングジャーナリストを自称する御用ライターは、選手を貶めて権力に媚びることで一体何を手に入れたのでしょうか?

 木村氏のような本物のジャーナリストと御用ボクシングライターの彼我の差は一体なんなのでありましょうか?ボクシングライターの質的な低下は目を覆うばかりであります。そして理不尽な目に遭った選手に寄り添うような関係者もファンもいないことは、ボクシング界の質の反映だといったら反感を買ってしまうのでありましょうか?

 ボクシング界の書き手の質も下がってるよなあと本好きとして悲しい(旧徳山と長谷川が好きです)
 

 
 

Comment

いやまじで says... ""
Jリーグ機構がいつかは我那覇選手の無罪を認めて謝罪する日が来ると私は信じますが、当時の機構は無謬主義とお上意識の支配する組織だったと言えるでしょう。これは球団側もそういうところがあって、サッカー界がスポーツ界では先進的と思われていたことを考えると、これは組織の古い新しいではなく、いかに組織というものが動脈硬化を起こしやすいかを示す典型例だと思います。(それでも最近になって重鎮からの批判の声があがるようになりましたが、これもW杯惨敗という結果を待たねばならなかった。→http://www.footballchannel.jp/2014/07/21/post46876/3/)

サッカー界の事例はボクシング界も他山の石にすべきなのですが、
JBCは組織の結論の正当化ありきで論理欠如、排外主義、社会のルールの無視という愚を重ねているように思います。

ボクシングがスポーツとして社会の中で存在し続けるためには、統括団体には論理性、オープンであること、コンプライアンス意識の徹底、そして、明確なビジョンを持つことが求められるでしょう。それなしには生き続けることはできないと思います。

>疑惑の報道は瞬く間に広がりましたが、その後の名誉回復を巡る長い戦いとその顛末は余り報じられることはなかった

マスコミには書きっぱなしではない、責任ある報道を求めたいですね。
2014.10.16 02:52 | URL | #TlJpG30w [edit]
シジミを品種改良して大きくしたい(旧徳山と長谷川が好きです) says... ""
「権力は必ず腐敗する」と申しますが、川淵氏の長期支配の弊害がこの事件であったと思います。

ただチームドクター達の職業意識といいますか、責任感が間違った判断を覆したという事実は、サッカー界の意見が言える風土が生み出した自浄作用であると思います。

オープンであることは基本中の基本であると思います。でももう公益法人じゃないから公益性は無いのかな?

サンスポの誤報は穴埋めの小さい記事で、記者にも悪意は無かったと思います。

悪意の報道で選手を貶めて貴重なキャリアを奪った連中とは根本的にそこが違います
2014.10.16 21:40 | URL | #- [edit]
ななし。 says... ""
 一度、書かれた悪評は消えない、を利用するメディア関係者がボクシングに携わる方には多すぎる気はします。記事を書くより先に裁判に資料を提出した高名なライターの方もいらっしゃるようですし、自分の著作がヒットするや、悪評を作るのに加担した過去がなかったかのごとく、“私はもう足を洗った”と火の粉がかかるのを避ける作家先生もいらっしゃるようです。書かれたことの責任はせめて取ってほしいものです。
2014.10.17 16:42 | URL | #/OUezYRM [edit]
B.B says... "まさか!"
“足を洗った”というのはボクシングの記事はもう書かないと言った浅沢英さん?
最近こんな映像を見たばかりでした。
https://www.youtube.com/watch?v=R7QNqWRhWEs

なにわのロッキーを(すてた男)という本を出されたようですが、名古屋の友人がけんもほろろな書評だったので読んでないんですが、浅沢さん最後のボクシングものらしいんで読んでみようかな。
この次はビリヤードらしいですが、その暗部はボクシングよりもっとダークですから惹かれるんでしょうか。
個人的に日本のビリヤード界が抱える根深い問題には非常に興味があるので、どこまで迫れるか楽しみではあります。
小説では無くノンフィクションを是非!

2014.10.17 18:23 | URL | #bH1htKmU [edit]
シジミを品種改良して大きくしたい(旧徳山と長谷川が好きです) says... ""
辞めるのご本人の勝手です

自分が書いたことで選手が蒙った被害の責任は取ってくださいな、と思います

マジで彼のやったことは人権侵害ですよ。自分では正義の行為だと思ってるみたいですけどね
2014.10.17 22:36 | URL | #- [edit]
B.B says... ""
あらためて過去記事を読み返してみました。
http://boxing2012.blog.fc2.com/blog-entry-189.html

なるほど・・どうやらここで出て来る“説教君”が浅沢英氏だったわけだ。
今一ピンと来なかった。
裁判資料に名前があるというのは事実でしょうか?
もう一度精査する必要はありますね。

中山関西事務局長辞任問題も含めて大阪で起こった事、
安河内本部事務局長解任問題など東京で起こった事が連動している事がわかりますが、ここで画策に動いた人物が誰か?
それは何の為にされたのか?
明らかにしなければ、また同じ問題が起こるでしょう。

正直言ってコミッション内紛における騒動の顛末は、本来僕らの関知するところではありませんが、それが選手の不利益に通じているなら看過は出来ないと。

それにしてもあの浅沢さんがねぇ・・
2014.10.18 07:17 | URL | #bH1htKmU [edit]
やわらか says... ""
ええー?浅沢さんボクシングから足を洗ったんですか?理由はなんなんでしょうか?

説教君が谷川さんの奥さんにまで精神的圧迫を与えたことが本当に許せません。

わたしもなにわのロッキーを捨てた男は読みました。筆者の推測と思い込みと片方のインタビューばかりでこれをノンフィクションといっていいのか?という内容でした。ちゃんと赤井さんにもインタビューせいよと。
2014.10.18 12:47 | URL | #- [edit]
B.B says... ""
やわらかさん、どうもです。
なんかたまちゃんの番組で、この本が関わるボクシングの集大成になったから~みたいなこと言ってましたよ。
というかそれまでの著作も全然知らなかったですけど。
2014.10.18 17:32 | URL | #bH1htKmU [edit]
ななし。 says... ""
書かれた当事者に悪評が立つことが予想される記事について。

署名で専門誌に書ける立場にいながら、すべての文責が自分らにかかるのを避けるためか署名を入れない。
その種の記事で、名前が出る場合は、文責を出版元や編集者に被せる。
そんなことしか出来なかったノンフィクション作家を最低でも2人、私は知っています。

悲しいことにその2人はボクシング専門誌から厚い信頼を得ている作家先生のようです。
卑劣と私は思います。異義があったり、いいたいことがあるなら自分の名前でメディアに書けるのだから正々堂々と書くべきです。私たち一般人はメディアに書かせてもらう垣根が途轍もなく高い。あり得ない、といって過言でないのですから。
2014.10.19 11:16 | URL | #/OUezYRM [edit]
シジミを品種改良して大きくしたい(旧徳山と長谷川が好きです) says... ""
ジャーナリストってチェック機能だと思うんですけどね
権力機構と一体化して選手を嵌めたということは記憶しておかないといけません
2014.10.19 12:52 | URL | #- [edit]
ななし。 says... ""
高山選手なら大事にするけど、大沢選手はどうでも構わない、というのがある専門誌の姿勢のように思えました。選手の価値を誰が決めるのか?そもそも、価値を変えていいのか?

一般の方に知られないことをいいことに、ノンフィクションライターの一人はNHKやら民放ラジオやら、何事もなかったかのように出まくってられます。NHKは、私たちの視聴料から成り立っているんではなかったですか?その原理からいけば、協会のお金から成り立っている給料だから、クビにしてしまえ、クビで当たり前、と原稿にした姿勢を、違う形で私たち国民が告発するのは許されるはずですよね?
2014.10.19 21:59 | URL | #/OUezYRM [edit]
シジミを品種改良して大きくしたい(旧徳山と長谷川が好きです) says... ""
>ななし様

結局高山選手は世界戦で勝ったからJBCサイドの対応が変わっただけですよね

掌返しですね
2014.10.19 23:15 | URL | #- [edit]
匿名 says... ""
赤井は、取材を拒否したとかいてあったけと。一方的に相手がわるいと決めつけるのもねえ?
2014.10.21 20:44 | URL | #- [edit]
シジミを品種改良して大きくしたい(旧徳山と長谷川が好きです) says... ""
話したくない取材相手の心を開くのもライターの力量ではありますまいか?という基本的なお話ですな

まあ批評以前に人を陥れるような執筆姿勢は論外ですな
2014.10.22 00:06 | URL | #- [edit]
シジミを品種改良して大きくしたい(旧徳山と長谷川が好きです) says... ""
あの本の冒頭は赤井さんへのインタビューの様子でしたよね

でも結論部分で取材がなされていない これ羊頭狗肉でしょ
2014.10.22 00:08 | URL | #- [edit]

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