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スポーツ団体のガバナンスを考える 4 スポーツと差別を巡るシンポジウム 実践編

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 引き続き 「SAY NO TO RACISM-人種差別にレッドカード-」シンポジウムについてのレポートの様子です

 現状分析や実際起こった事件についての論評に続いて、議論は「いかにサッカーは差別と対峙し、これを克服するか」と言う方向に進んで行きます。

  Japanese Only事件が発生した直後、当のレッズでプレイする槙野智章選手がツイッター上で差別横断幕を批判したことが、この事件の周知と批判の広がりの大きな原因となったことは間違いありません。以下にそのときのつぶやきを引用します。(以下引用)

『今日の試合負けた以上にもっと残念な事があった…。
浦和という看板を背負い、袖を通して一生懸命闘い、誇りをもってこのチームで闘う選手に対してこれはない。
こういう事をしているようでは、選手とサポーターが一つになれないし、結果も出ない…』


 日本代表に選出されたこともある槙野の、この至極まっとうな嘆きが『拡散』されたことで、この事件への批判は爆発的に広がったとも言えます。現場にいたプレイヤー自身が発言することで、差別事件に対する大衆の関心を惹起するとともに、差別事件は恥ずべきことだと言う前提が共有される。これは理想的なサイクルと言えます。

 また現場にいたサポーターが、会場で警備担当者に「この横断幕はまずいよ、外さないとダメだよ」と注意したのに試合が終了するまで掲出されていた、などの細かい状況が、これもツイッターを通じてどんどん伝播していきます。

 この選手やサポーターの自主的な情報発信が契機となったというところに、サッカー界の希望があるのではないか?というのがパネラー陣の分析でありました。

 まずは宮本氏が「海外ではサッカー選手のステイタスは高いので、発信力は非常に強い。ソーシャルメディアがあるので情報の広がりも速い。」と発言。そして高校時代にローマに遠征行った時に、選手バスに投石された経験から、マイノリティの目線から差別の構造を想像することが出来たという具体例を話し、「サッカーは相手を選べないスポーツなのに、外国人を排斥するという意味が分からない」と疑問を呈します。

 村井チェアマンは槙野のツイッター上での情報発信について「選手から発言があったことは大賛成」と手放しで賞賛し、子供がなりたい職業No1であるサッカー選手はロールモデルであるという自負心を持って欲しいと要求します。サッカーのスタジアムは同質性を要求しがちで、そこに危険性があるのでどうやって多様性を担保するかが重要という見解を述べます。これは基調講演での「女性や子供が外国人がゴール裏に来れるのが、Jリーグのブランドだ』という話に通じるテーマであります。
 
 木村氏は先ほど上映されたバルカンのサッカー事情を踏まえて、民族の分断状況においてこそサッカーが絆になりうると言うことを実例をあげて説明します。オシムの母国であるボスニア・ヘルツェゴビナのサッカー協会は、内戦以降民族対立を理由に三民族の代表がそれぞれ会長を出す実質的な分裂状態にあり、FIFAから会長職の一本化を勧告されていました。しかし結局FIFAが区切った日限までに組織改変が出来ずに、2011年に加盟資格の剥奪という処分を受けます。その処分を受けて、FIFAが事態の収拾を託したのがボスニア出身のオシムでした。オシムは対立する三民族のサッカー界の代表や政治家(ファシストまがいの民族主義者もいた)を尋ねて説得に当たります。その動機となったのは「このままボスニアがサッカーを失ってしまったら、民族融和の最後のチャンスも失くすことになる」という彼の信念でした。
 
 彼が主導した正常化委員会の説得は勿論ですが、「国際試合に出れないのは困る」という切実な理由も手伝って、ボスニアのサッカー協会は会長の一本化を決め、FIFAの制裁は解除されました。その後W杯ブラジル大会にボスニア・ヘルツェゴビナ代表が出場したことはご存知の通りです。

 パート1で触れた「スポーツが差別をあぶりだす」という機能から、更に踏み込んで「スポーツは差別を超え、融和に向かう媒介にもなる」という実例であると思います。

 宮本氏は自身が受講するFIFAマスター(FIFAが運営するスポーツ学の大学院のようなものだそうです)の研究の中の差別解消の実験についての体験談を話します。宮本氏の行った研究は、ボスニアでスポーツアカデミーを作ってU12くらいの子供を集めて指導をしたら、彼らが大人になったときに民族対立の状況は改善しているだろうか?というテーマだったそうです。宮本氏らのグループは「効果があるだろう」と言う結論に達し、FIFAは今その事業の実現に向けて準備作業を行っているそうです。実際にボスニアで子供にサッカーを教えたという宮本氏は「ボールを蹴っているときは憎悪の感情もないし、それが当たり前だとなっていけばいい」と展望を語りました。私はFIFAはここまでやってるんだなあと、単純に驚きました。

 村井氏はUEFAが差別に対して「ゼロトレランス」(意図のあるなしに関わらず、差別行為は全て処罰すると言う方針)を発表したことを踏まえ、差別には厳しく望むと宣言。しかしリーグがクラブを規制・管理するのでは息苦しくなるばかりなので、一緒に差別をなくしていくという協力関係を作るべきだと提言。厳しい規律を持って望まなくとも、リーグとクラブとサポーターが良好な関係を作れば、良いアイデアや自主性が生まれるはずと説きます。その関係性の上でJリーグが行っている年間4000回の地域活動の中で差別反対の啓発活動を盛り込み、そこでサポーターとも連携していくという計画を語ります。

 木村氏は、今回の事案への対応が、サッカー界が一般社会の法律でも規制できない差別表現に対して正しいメッセージを発した上で、規制し収拾したことを高く評価し、「社会に対して範を示している」と説きます。逆にサッカー界からの啓発によって、実社会の差別への対応が変わる、ボスニアで起きたことを未然に防ぐようなことも出来るのではないかと期待を寄せます。
 
 それを受けて宮本氏は「サッカー選手が夢を語るだけでなく、差別などについても積極的に発言することが大事」と説き、サッカー選手の社会的自覚を促します。

 村井氏は最後に、今夏Jリーグユースの14歳世代のチームが、スウェーデンのイエテボリの国際大会に遠征したエピソードを語りました。208カ国が集まったこの大会で、U15世代に混じって見事優勝した(決勝は0-2からの逆転勝ち)という彼ら。帰国したら報道陣が一杯いると思ったら、出迎えは村井チェアマンだけで拍子抜けしてたそうですが(スウェーデンではパレードまであったらしい)その彼らの語る大会の様子が、大変興味深かったというのです。

 「選手の宿舎は全て夏休み中の中学校の校舎でいろんな国が集まっている。男子は奇数階、女子は偶数階という感じに別れて、教室にマットを引いて寝て、食事も食堂に集まってみんなで食べる。こういういろんな国の人と交わるような大会を、日本でも出来れば子供達の交流を見て親も色々なことを考えるようになると思うんです。」と。

 香港をベースに中国やインドや東南アジアを飛び回るビジネスマンだった村井氏は、「海外に行き実態を知り、現地の人と友人になったことが、自身の人権感覚の根拠だ」と言います。村井氏は「私はグローバル人材なんかじゃない」と謙遜してましたが、「そんな事言ったら英語も分からないのに、統括団体の総会に行ってるJBCの人はどうなるのよ」と思いました。サッカー協会が村井氏をヘッドハントしたのもアジア戦略、グローバル戦略あってのものだろうと、深く納得いたしました。

 というわけで次回は、JBCの現状からガバナンスのあり方をもう一度考えてみたいと思います。

 サッカーを巡るトラブルのレベルが低すぎて脱力してる(旧徳山と長谷川が好きです)

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