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イズム全開 山口賢一インタビュー&スパーリングレポートpart5 完結編

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所属ジムを離脱した経緯についてはPart1のⅡ章に書いた通りですが、その後いかにしてジム経営者・プロモーターとなったのか?その経緯を伺いました

ⅩⅢ.ジムオーナーへの道

山口「JBCのジムやめて、練習するとこないから地元のアマチュアジム行っとったんですよ。ほんならオーナーの人が『教えるやつがおらんから山口くんやってくれへん』っていわれて。」

HB「その時年齢は?」

山口「28,9ですかね。で『おっ月謝払わんでええからラッキーやな』って思って。会員に誰か入ってきたら歩合で入ってくるっていうし。」

HB「それが経営者感覚というか『教える側になればお金がもらえる』という体験の原点ですね。」

山口「でもしんどいんですよ。自分の練習の時間とられるからね。」

HB「それはそうですね。」

山口「それで手探りで教え始めて。地元で僕がやるって言うたら会員も増えてきたんですけど、そこのジムが狭かったんですよ。段々自分が練習する場所も無くなってきて。それでオーナーの人に『もうちょっと広いところに移れないんですか?』って聞いたんですけど『ちょっと無理やわ』っていうことやったんで、じゃ自分の練習も出来へんし独立してやりますわって。」

HB「僕昔この辺に住んでたんですけど、天神ジムの場所って前はエアロビとかやるスタジオでしたよね?」

山口「そこは同じフロアの奥に今もありますわ。あの場所もたまたまね、高山(勝成選手)と天満に中華料理食いに来た時に、ぷらら天満(天神ジムが入っている市場の名称)に来たら今の場所が空いてたんですよ。それで市場の人に聞いてみたら『明日工事入って潰す』って言うから『僕今ジムする場所探してるんですよ』ってお願いして。」

HB「凄い偶然ですね。」

山口「運が良かったんです。でも自分がジムをやったことが結果的に良かったんか悪かったんか一概には言えんと思いますよ。逆にその分自分のこと出来へんかったとも言えるし...。『お金は全部出したるからフィリピンにおって練習しとけ』って言ってくれた人もいたんですけど、でもそれは自分としてはなんかちゃうなと思ったんですよ。やっぱり僕は地元で応援してもらってるから自分があるっていうのがあったから。だから地元で動いて応援してもらって海外で試合するという形なら出来ると」

HB「後援会の人は今まではIMPホールや府立やっていうのからいきなり、シドニーやメキシコやマニラやってなったのはどう思ってるんですか?楽しんでくれてますか?」

山口「喜んでくれてますよ。今度もフィリピン来てくれるって言うし」

HB「そういうのって体験としてなかなか出来ないことやから凄くいいことやと思いますけどね」

山口「僕からしたらありがたいことですよね」

 私が前々から感じていたボクシングの良さというのはこうやってローカルなシーンと世界とがダイレクトにつながっていることだと感じていたので、この話には大変感銘を受けました。おらが町のボクサーが世界を股にかけて試合をしているのを一体になって応援するというのは、私も含む市井の人間にはなかなかに得難い体験であると思います。そうやって平凡な毎日に一時の祭りを提供するのもボクサーの大事な仕事だと思えてなりません。

ⅩⅣ.ホテル興行で大反響

興行 ポスター

自主興行のポスター


HB「もう一つ、ホテルの宴会場で興行したときものすごい集客だったというのを聞いたことがあるんですけど」

山口「あれは未だにホテルのほうから『もう一回やってくれ』って言われるんですよね。来た人にも凄いインパクトがあったらしくて『あれは次いつや?』って今でも問い合わせがあるらしいですわ」

HB「なんでホテルでやろうと思ったんですか?」

山口「オーストラリア行った時にねメシ食いながら試合見るって言うのやっとったんですよ。それ日本ではやってるとこないから、やったらいけるんちゃうかと思ってね。だからディナー席言うのを作って、ボクシング見れて飲めて食えて一人10万円のプラチナチケットにして。」

HB「見た人はみんな満足して帰ったんですか?」

山口「みんな面白かった楽しかった言うて帰って行きましたよ。今までそんなん誰もやってないから。終わった後またないんかって問い合わせが結構あったらしいですから。」

番外編 高山勝成選手高校入学の真相

HB「もう一つ、高山選手の高校入学は山口さんが関係してるって聞いたんですけど」

山口「あの高山が入った菊華高校に僕の高校時代の恩師がいてるんです」

HB「あーそういう縁があったんですね」

山口「その人はもともとボクシングが好きなんですよ。僕の試合もデビュー戦から見に来てくれてるし。そういうつながりで今でも(菊華高校に)走りに行ったりしてるんですよ。学生のとき思い出して『あーあの時こんなしんどいことやっとったな』ってモチベーション上げるために。高山連れて行ったりしてて。」

HB「そういえばこの間、高山さんと中出さんに話聞いた時に野球部と合同練習したりしたって言ってましたわ」

山口「タイヤ引きとかね。知ってます?タイヤ引き。」

HB「あの『巨人の星』でやってるやつですよね。」

山口「そうそう!普段あんなんこの辺で出来ないじゃないですか。」

HB「この辺では無理ですね(笑)」

山口「でも俺ずっとやりたいな~って思ってたんですよ。高山に言うたら『自分もやってみたいです』って言うから一緒にタイヤ引きやったりね。」

HB「二人でやったんですか?」

 学校のグラウンドでボクサーが二人でタイヤ引きしてる図はちょっと異様な雰囲気のような気もしますが、とにもかくにも以前から交流は続いていたようです。

山口「たまたま去年の末に高山と名古屋行くことがあったから、『じゃ菊華高校行こうぜ』てなって、『おかげさまでチャンピオンとりました』って挨拶に行ったんです。菊華高校は今スポーツに力入れてるんで、ボクシング部の監督になれへんかって話を貰ってたんですよ。その流れで『そういや高山は高校行ってへんよな?俺ボクシング部の監督やるからおまえ高校いけや!』っていうて。高山も最初は『何言い出すんスか!』って言う感じやったけど、だんだんやってみようか言う感じになって来て。」

 恩師の後押しもあってトントン拍子で入学となった高山選手。いささか唐突な提案に戸惑ったとはいえ就学の機会を得られたことは素晴らしいことであると思います。菊華高校の学生諸君も世界チャンピオンと机を並べて勉強できるのはとても幸運なこと。そしてヤマケンのアイデアを柔軟に実現していく菊華高校の恩師の人物のデカさも大変印象的なエピソードでありました。

 みんな柔軟すぎるよ...。

高山 入学式2

『こまいち』のレジの横にあった入学式での高山選手と女将さんのしっくりしすぎているツーショット

『こまいち』の女将さんについてPart4をご参照下さい→こちらから 
 


エピローグ 試合について

試合ポスター

5月10日フィリピンマニラで行われる山口選手の試合ポスター なぜかストロベリーパンチというボクシングらしからぬファンシーなネーミングのイベント

HB「フィリピンの相手は世界ランカーですか?」

山口「WBOの13位ですね。」

HB「サウスポーですね。強いですか?」

山口「強いと思いますけど日本でやったら勝てると思います。でもフィリピンではフィリピン人頑張るんでね」

HB「試合に勝ってまたインタビューさせて下さい」

という訳で二時間くらいの取材で長大なインタビューとなりました。

 私が山口選手について感じたのはとにかく発想が柔軟だということ。そして徹底して経験と直感を大切にして生きている人だなあと感じました。アイデアを実現していくバイタリティもさることながら、人間関係を大切にしているところも大変印象的でした。

 組織の庇護を受けず等身大で地域に根を張りながら世界の市場に臆せず飛び込んでいくという彼のライフスタイルは、大袈裟でなくグローバル時代に入った日本人のあり方として一個の未来図ではないのかとすら思えました。

 というわけで『この人を見よ!』という感じで今後も末永く山口選手の動向をお伝えした行きたいと個人的には思っています。

二回くらいのつもりが五回になって驚いている(旧徳山と長谷川が好きです)

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