HARD BLOW !

ORIENTAL BOXING NIGHT 行って来た。

ここのところ、仕事の合間の間髪を縫って「楽しくも無い取材活動」に勤しんでた訳だが、やはりリングが恋しくなる。
選手の熱い戦い、そのリングこそが自分には唯一癒される時間と空間だ。

この日もまさに間髪を縫ってホールに向かった。
(間髪を縫ってなどと言うと、内情を知っている仲間うちから笑いが起こりそうだが、本人にとってはほんと必死なのだ)
当日にも関わらず主催者の方にご無理を言って、リングサイド二列目を確保して頂いた。
運悪くベンチシートだったなら、観戦に集中出来ない程の腰痛持ちで、しかも視力も弱い自分には大変有り難かった。
この場をお借りして心より御礼申し上げます。

だからという訳ではないが、しかしこの主催者の興行に対する姿勢とアイデアにはいつも感心させらる。大きく儲かっている大手ジムではないはずだが、渾身を傾けていると肌で感じるのだ。
「ORIENTAL BOXING NIGHT」6試合の日比タイの対抗戦だったが、アンダードッグはライアン・ビトの対戦者くらいだろうか。まさに生き残りを懸けた熱戦が繰り広げられた。

副題に「東洋拳闘家対決」とあるが、昭和40年代にはもう既に使われていなかったと思われる拳闘家という言葉に主催者のボクシングへの浪漫を感じる。
拳闘家とは即ち拳闘の道を極める為に精進する者らへの総称であり、また敬称でもあったのだ。
何故なら、戦争に打ちひしがれた多くの国民に夢と希望を与える職業であったからだ。
ボクシングという競技が一面、日本を支えたと言っても過言ではない。
プロレスと共に確かにそういう時代があったのだ。

八年も前の話しだが「恥ずかしながら」と前置きし、ある元ボクサーがひよっこの自分に語った。「ボクシングをこれからも厳しく見て頂きたいので・・」
ご健在なら、現在は齢八十にはなろう眉雪。しかし背筋の張った体躯も未だがっしりとして、自動車の運転も悠々とこなされていた。
「昭和40年代前半までは、所謂、出来試合が自分の他にもあった。無名選手だったがウェルターで選手権を目指した時期もある。3倍の報酬に目が眩みいつしか花形ボクサーの引き立て役に回った。試合が終われば堀之内でメインエベントを張ったものだった」
「理由は簡単だった。次に必ずチャンスを与える。その方がお客が喜ぶという甘言を信じた。脅しには屈しなかったが、それで一度だけ負けた。しかし後は悩みもしなかった」

衝撃的な話しではあるが、ボクシングの歴史を切り取ればそういった一面もあったのだと思う。
しかし、経済復興で皆が自信を取り戻し、実力で国際社会にも勝てるのだと確信した時に、その必要性も無くなったともいう。

西城が柴田が海外王座奪取を果たすと、ボクシングは再び黄金期を迎える。
この頃のボクシングは他の格闘技と明確に一線が画されていた。
大場政夫の事故死はリング上でなかったにも関わらず、その真剣試合と重なり伝説となって世に浸透した。

時代は更に大きく変わって人々のライフスタイルと共に機根も変わった。
拳闘からボクシングとなり、再び興行の色彩強く、やがて現在は娯楽や趣味の世界に変化した感がある。
リアルファイトと銘打たなければそれと区別出来ないほどになってしまった。
一抹どころか大きな寂しさと時に哀しみを覚える。

しかしだ。
少なくともリング上にはボクサーの拳闘の心は脈々と燃え続けている事を忘れてはならない。
昨晩の後楽園ホールのリングもそうだった。

帰路ふと思い出した。
「そういえば今夜は世界戦もあったな・・」

B.B


追記:

前回、座間キャンプ興行で日本デビュー戦を飾れなかったジョビー・カツマタ(比)は見違えるようなボクシングをした。闘志が戻り体躯も逞しくなり、鮮やかな打ち下ろしの右で試合を決めて見せた。

次の8回戦に登場した若松竜太(勝又)だが、タイ人相手に後手を踏み中々ペースを握れない。
ステープ・ソーポーロークルーンテープという9戦7勝の選手だったが愛嬌のある風貌に似合わず、曲者だった。
老獪なテクニックはムエタイで学んで来たのだろう。
アクシデントは3R開始直後に起こった。
突如「あっ、痛い!」と言って若松が倒れ込み中々立ち上がれない。
南側からはレフェリーが死角になって何があったのか、まったく判らなかった。
おびただしい出血にバッティングかと思ったが、主審は様子を伺っているのか戸惑ったようにも見えた。
すかさず若松自身が「ひじ!」と叫んでジャッジが協議に入り、主審が確認したという事なのだろう、全副審が認めたという裁定で3R24秒タイ人の失格負けとなった。
タイ人は多少の抗議アピールもしたが、確信犯だと観客は納得した。
文句を言うつもりではない。しかし、本当にジャッジ全員が確認できたのだろうか。
選手のアピールが無ければ果たしてこれ程素早い裁定が出来ただろうか?
もしもの為にビデオを活用すべきだと改めて感じた。

低迷するライアン・ビト(比)は10カ月ぶりのリング。
必死に踏ん張るヨーッセンゲン(タイ)相手に3RTKO勝利。元世界ランカーの実力を見せた。

セミは角海老宝石の那須 勇樹
昨年12月、ロッキー・フェンテスの持つOPBFフライ級タイトルに挑むも完敗。
今夜は復活と生き残りを懸けた試合だったが、比国の中堅レネ・ダッケルの右で3Rにダウン。
その後、ボディを効かせ逆に追い込むも6R再びの右で上唇を大きく切り裂かれTKO負け。

メインは長井 祐太(勝又)の久々の爆発力を期待したが、まだ戻って来ない。
今夜の相手は相性も良くなかったのだろう。
長身からいきなり振って来るタイ人のロングはまさに突然で、得意のカウンターを取れない。
相手は器用ではないが、間合いを外す事に長けていた。
序盤を攻めあぐみポイントはタイ人に流れただろう。
最後は6R、左ボディ一ブロウ一発から連打をまとめレフェリーストップを呼び込んだのは流石だったが、かつての切れるパンチ、そして活きのいいボクシングを再び見たいと願う。

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