HARD BLOW !

運動会での出来事・・(その1) それでもボク愛

今思えばネットの不正確な情報やメディアの間違った報道は恐ろしいと思います。
ここから先は自分に対する戒めと悔恨の念を忘れずに書き進める事になります。

当時メールすら使いこなせなかったネット初心者の私は(業務ではオフコンと呼ばれた巨大フロッピーディスク仕様の頃からパソコン黎明期に名機といわれたMZ-500などを経て最後はFMをこじんまりと使っていましたが)インターネットの世界には興味はあったものの戸惑い触れる事さえありませんでした。

ところが、そんなある日(5年前の10月)またまた私にとっての大事件が起こります。
仕事の合間を縫ってホームビデオを片手に娘の小学校の運動会に参加したところ、校庭の一角にちょっとした人だかりができていました。
何事だろうと思い人垣の間から覗いて見るとなんとそこには亀田家の面々が・・
ま、しかし亀田家の末娘が参加する運動会ですからそれも当然。
当時トレードマークのようになっていたサングラスの世界チャンピオン、協栄から亀田家に弟子入りしていたあきべぇ、史郎さんに五十嵐マネ(当時はマネージャーだったかな?)
そして父兄参加の綱引き大会に飛び入り参加した亀田家の面々は、元気一杯渾身の力で自軍の勝利に貢献し、やんやの喝采を浴びておりました。その時たまたま運動会の一風景として撮ってしまった映像が、その後数年間に及ぶ私自身の葛藤の始まりとなります。そしてそれは、もしかしたら亀田家にとっても鉄のカーテンといわれた頑なまでの情報遮断の因に結びついたのかも知れません。
実際に、これまで業界をあげての「亀田賛美」の空気だったものが、ランダエタ戦以降、世論を巻き込んで一気に過熱した亀田バッシングが巻き起こり、風評に弱い?ボクシング界の中で亀田家は徐々に四面楚歌へと追い込まれていきます。
しかしその後も彼らはしぶとく生き残り着々と事実を積み重ねていくのですが・・

さて、その日の運動会は何事も無く、晩には我が家の恒例であるビデオ上映会の団欒で、娘とも「チャンピオンも来てたね」「面白かったね」程度の話題で過ごしました。勿論私は既に反亀田ですから、その話題は内心は面白い訳も無く、しかし少なくとも娘には悟らせまいと細心の注意と努力はしました。その後現在でも、家では自分からは亀田家の話しは一切していません。
実際、私の娘と亀田家の末娘は仲も良く、時々は亀田家にお邪魔しては遊んでいる様子でした。

「〇ちゃんちは凄いんだよ、おうちにボクシングのリングがあるんだよ」
「へぇ~それは凄いね、でも君たちはそのリングに上がって遊んじゃだめだよ。ボクサーにとっては大事な場所なんだからね」
「え?ふつーにあそんでるけど?」
「お兄ちゃんたちは〇ちゃんにスッゴイ優しいんだよ。ウチのお姉ちゃんとは大違い」
「みんな〇ちゃんが可愛いんだね」
「お兄ちゃんたちみんなボクシングやってて強いんだって!みんな世界チャンピオンになるんだって!」
「凄いね、応援しないといけないね」

ああ、、これが亀田でなく普通のボクサー一家だったなら、どんなに心底楽しい娘とのひと時だっただろう・・
私も人の親ですから、自分の娘の事だけでなく色々な想いがよぎります。
それでも自分の価値観に照らし合わせて「駄目な物は駄目」という考え方はどうしても譲れませんでした。

疑惑の判定、八百長試合とまでいわれたアノ試合から2ヶ月、ランダエタとの再戦が決定と報道された頃の話です。
亀田選手にとっては、キャリアも浅く適正階級とは言えなかったものの、自ら選んだ世界戦での失態と私には思えました。次の試合、今度こそリングは嘘をつかない、これですべての決着がつく。それから先は急がずファンも納得するボクサーロードを歩んでくれるに違いないと期待していました。

しかし、運動会の翌日にあるとんでもない記事がスポーツ新聞に載り・・
そしてこれを契機に私はあるネットの世界を垣間見る事になるのですが、使い方を間違えたらこうなるという馬鹿の見本のような話しです。

続く・・

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