HARD BLOW !

もう一つのJBC裁判 谷川俊規氏の場合 ご本人登場編1

さてこれまでは第三者である私(旧徳山と長谷川が好きです)が、報道されている安河内氏の事務局長解任を端緒とする『JBC問題』とその実像との乖離について、関西が舞台となった谷川俊規氏の解雇事案について考察することで検証してきました。その結果『大沢問題』『高山問題』は実はJBCの人事抗争から派生した公益性無き内輪もめに選手を巻き込んでいるだけではないのか?という疑問を持つにいたりました。

またその過程で新聞・ニュースサイト・専門誌と言ったメデイアが、マスコミの大原則である中立性も公益性もかなぐり捨ててJBCの利益の代弁者として振舞うという異常事態が起きました。分けてもベースボールマガジン社が発行するボクシング・マガジン誌はメデイアを挙げて一方当事者に肩入れし、今月発売の最新号に「JBC問題」の続報を載せると谷川氏の代理人に通告してきています。このような異常事態の中で一方当事者である谷川俊規氏に発言する機会を作る目的で、今回HARD BLOW!において氏の手記を発表して頂くこととなりました。その内容については個々の読者に読んでいただいて、今月のボクシングマガジンに掲載されると言う記事と比較した上でどちらの言い分に信憑性があるのかを判断して頂きたいと思います。以下は氏の筆による手記です。


**********

谷川俊規氏ご本人による手記

何月何日に、不幸なことが起こる。それこそ、かつてのノストラダムスの予言をはじめ、
各種用意されていた不吉な予告は「あったら大変」、という程度のものでしたが、今回の私のものは違います。「2013年6月15日」に、名誉毀損、あるいはそれに近いことをメディアによってやられる、というのがはっきりしている中で、カウントダウンしながらその日を待っているというのが今です。
 メディアの名前は「ボクシング・マガジン」。ベースボール・マガジン社が発行している競技の専門誌としては50年以上の歴史を持つ伝統ある雑誌です。その雑誌が記事執筆を委託している2人のライターから取材依頼が来たのが、今回のことの起こりでした。ここを読まれている大多数の方がご存知の通り、私は現在、日本ボクシングコミッション(JBC)と「地位確認等請求事件」を大阪地方裁判所で争っています。パワーハラスメントに関する案件も入っており、JBC在籍中はむしろ同僚によるこちらの案件の方に悩まされたと私は思っていますが、これも真相を裁判で争っていますので詳しくはここに書きません。
 「取材申し込み」と題されたものが、私の代理人の弁護士のところに4月18日付で送付されてきました。送付者は2人。ともに、フリーのジャーナリストを称する「A」=(通称「説教君」)と「B」=(通称「「日本で一番権威のあるノンフィクション賞の候補にもなったことがある方」」でした。その取材申し込み、の1行目から2行目にかけて、を読んで私は暗澹たる気分にさせられました。そこにはこうあります。

「ご承知のとおり、私どもは財団法人日本ボクシングコミッション元職員らが同団体に対抗する新団体設立を画策した背任問題を取材しているフリーランスの取材者です」

 なにを「ご承知」なのか、私には分かりませんでしたし、「対抗する新団体設立」とおっしゃられても、それを具体化した事実はない、とJBCとの裁判で訴え続けている私に話されるのは、お門違いも甚だしい、と言わざるを得ません。極めつけは「背任問題」です。JBCでさえ、裁判資料のどこにもこの文言は使っていません。それぐらい、繊細な言葉をいきなり最初に、簡単に書いてくる彼らは、本当に文章のプロなのか、と今更ながらに憤りを感じはします。Aは地方の文学賞を受賞された経験をお持ちの方ですし、Bにいたっては、私がジャーナリストを志す元となった「路上の視野」(1882年刊行)の筆者、沢木耕太郎氏が「テロルの決算」で受賞された「大宅壮一ノンフィクション賞」の候補になった経験もお持ちの作家です。そういう方々が、言葉を軽々しく扱う事実がまず私には「アウト オブ サイト」もしくは「アウト オブ クエスチョン」の世界でした。
そして「フリーランスの取材者」。後述しますが、Aは私に「ボクシングマガジン取材班」と名乗って、電話で取材申し込みを今年の2月14日の夜、9時半頃に言ってきています。その際、翌日発行の「ボクシング・マガジン3月号」に、取材なく私のことを書いたことも告げてきていることは、この「HARD BLOW!」に書かれている通りです。補足しますと「(あした発行の雑誌に載ることを告げることは)僕の誠意です」とA氏は私に強調されてました。取材なく、悪意のあることを書いた、と告げられて「誠意」とは?私が混乱するのは当たり前のことだと思います。その日の経緯に関しては、家内とAのやり取りもありますので、後述したいと思います。さわりだけ告げると、家内はその後、心療内科に通院を余儀なくされることになる(診断書は数ヶ月の通院後に出してもらってます)内容の電話でありました。

 この「取材申し込み」を口火として、何度か取材についてのやり取りを弁護士を通じて私は彼らと行いました。A、Bの両氏からの取材申し込みでしたので、2月14日の件、というよりは単刀直入に書いて「ボクシング・マガジン3月号」の執筆にはっきり携わっているのが分かるAの取材は控えて欲しい、Bの取材として欲しい、ということを彼らに伝えました。なんの注釈もなく、私と分かる元JBC職員について、懲戒解雇、背任行為、と決め付けたことは、記事内容以前の問題でもあります。何のために、今、民事裁判をしているのか分からない。司法を無視する彼らの姿勢はその前も、その後も一貫していますが。
記事内容は「大沢宏晋に東洋太平洋王座剥奪、ライセンス1年間停止処分」と題されたものでしたが、これが「何を言っているんだ」の内容であるのは、過去のハードブローの原稿で書かれている通りです。私はこの試合終了後、確かに大沢選手の控え室に行きました。それは、JBC広報誌の大沢選手の原稿を執筆するための取材のためです。そして、控え室に入った時、カメラマンの大沢選手への撮影が始まっているのを見ました。WBOのレオン氏がいたのも見ました。くだんのBが私が部屋にいて、大沢選手から話を聞くのをじっと見守っていたのも忘れていません。だからと言って、私が何を出来るのか。
この試合、WBOの役人が来ることをプロモーター側がJBCに告げています。東京はもう辞められている石塚氏、関西側は坂本氏の最低2人のJBC職員はそれを知っていました。なぜ、私がそれを言うのか、いえば、坂本氏とプロモーター側のやり取りする電話をJBC関西事務局で聞いていたためです。そして、坂本氏はプロモーター側に「(WBOの)役員をリングに上げて紹介するのはまずいと思いますが、席を(リングサイドに)用意するのはそちらの裁量です」と告げていました。だから、JBCがWBOのアジア・パシフィック暫定タイトルがかかっていた、というのを知らなかった、ということがないと私は断定できます。ただし、私は、そういった大切な交渉・報告に参加もさせていただけない身でした。今回のJBCの訴訟で問題にしているパワーハラスメントのことがかかわっている、と私は思っています。

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://boxing2012.blog.fc2.com/tb.php/191-ff33c53d