HARD BLOW !

なんじゃこりゃとしか言いようがない体罰の話

 桜宮高校の自殺事件は高校の部活のあり方、スポーツ指導現場の旧弊、相も変らぬ教育関係者の隠蔽体質などなど日々様々な問題を投げかけるとともに、橋下市長の存在もあって国民的議題の様相すら呈して来ております。朝毎のようなリベラルから産経や文春・新潮と言った保守系まで横断的に入試中止の判断を総批判してますが、大阪市民でもある私は市長の対応は極めて妥当なものであると思います。学校内で指導の名の下に体罰が常態化していたならそれこそが異常事態であり、自浄能力が期待できないと断ずるのは当然の事です。まして進学や就職の為に体罰への忍従が求められていたとすればそれこそ教育の自己放棄であります。右も左もメデイアの寵児である橋下氏を批判せんが為に「体罰はいけないがしかし」と言った没論理的な批判を繰り返していますが、それこそが事件の政治利用であり死者への冒涜であることをまず知らねばなりません。そもそも大手メディアは野球=朝日・毎日、サッカー=読売、バレー=産経、ラグビー=毎日とすべて高校の部活でビジネスをしています。彼らには「勝利至上主義が問題」などと言う資格はもとよりない、どころか勝利至上主義の元凶はメディア自体にあるとさえ言えるのではないでしょうか?

 そんな高校生相手でも論外と言われる体罰事件が柔道のオリンピック女子代表チームでも行われており監督・コーチがトップ選手たちに連名で告発されると言う情けない事件まで発生するに至ってはもはや脱力するしかありません。聞けば園田監督の暴力は現場取材していたスポーツ記者には周知の事実であったようで、なんのことはないお馴染みのメデイアとの共犯関係の構図であります。柔連に告発をもみ消されかけた選手達は体罰事件で騒然とする世情の中上部団体であるJOCに告発する事で初めて事件を明るみにすることが出来ました。柔道連盟が徹底的に隠蔽した結果、露見するタイミングが内柴政人選手の実刑判決とバッティングしてしまい間抜けの二乗とは…。ヘドロのように滞留した腐敗を現役のトップ選手に告発されているようでは柔道連盟の国際舞台での発言力の一層の低下も避けられそうにありません。学校体育での必修化という『利権』作りに腐心するよりも先にやる事があるんじゃないの?と感じざるを得ません。

 事件の原因を個々のコーチの資質のみに焦点する気は毛頭ございませんが、報道においては必ず桜宮高校のバスケの監督や豊川高校の駅伝のコーチ園田監督まで「熱心な指導者だ」という世評がOBや父兄の声として『両論併記』と言う形を取って紹介されます。「熱心だから手が出る」「真剣にやっているから指導の延長として殴る」「期待の表れとして叱咤激励する」と言う論法であります。往時の青春ドラマなどでも家族の愛情に飢えた不良学生が教師に殴られて「先生みたいに真剣に怒ってくれる人初めてだよ!」と感激するシーンがあったりしましたが、シリアスに向き合えばこそ暴力が肯定されると言う短絡な思考にこそ実は重大な陥穽があるのです。一連の体罰問題で積極的に発言されているスポーツライターの玉木正之さんの日記に重要な指摘があります。以下に引用します
『スポーツとは何か?ソレは暴力的な営みをルール化して非暴力化したゲームであるということ…つまりスポーツとは反暴力で暴力から最も遠く離れた世界にあること…ということを日本の柔道(スポーツ)指導者が全然勉強してこなかった証拠』

 この簡潔にして至当な一文を読んで感じたのは私が過去記事で書いた榎洋之さんの見解と全く同じだと言う事です。バイオレンス、戦争の技術であったものをゲームへと昇華した格闘技の世界でも「真剣にやっていればこそ」というエクスキューズをつけて暴力への短絡な回帰が肯定されているという現状は憂慮せざるを得ません。スポーツが現状「戦争」であるからこそ戦死者が出てしまうのか?オリンピック招致を控えてスポーツの再定義が必要だと思います。

橋下市長は好き嫌いを超えて認めざるを得ない点が多々ある(旧徳山と長谷川が好きです)

 補論 その後の体罰問題
 
 バスケの推薦で体育大学に行った職場の同僚G君に色々高校バスケ事情を教えて頂きました

私「週刊文春で自殺した彼は『桜宮でキャプテンをやっても推薦で大学に行けるわけじゃない』という現実を知ってショックを受けてたって報道があったけど」
G君「県代表のキャプテンやったくらいではなかなか推薦は取れないですよ。大体全国ベストエイトでレギュラーになったくらいの選手からが対象です。バスケは結構狭い世界で中学卒業の時点で高校→大学→実業団というコースが学閥や人脈で決められてしまうんです。なかなか本人の希望で大学や社会人チームが選べない。しかも一回コースをそれると他のコースに入りにくい」
私「じゃ転校して続けると言うのも大変なわけだ」
G君「相当うまければ別ですけどまあ無理ですね」
私「バスケ界の人脈主義が問題ってこと?」
G君「トップリーグがBJと日本リーグで分裂してるくらいですからね。派閥争いが凄いんです」
私「あのコーチはU-16の代表コーチで優秀だって報道もあるけど」
G君「本当に優秀なコーチは学校や実業団の自分のチームに集中したいから代表のコーチは受けないんです。やりたいという人がやってるのが現実じゃないですか?
私「じゃ彼はコーチとしては日本のトップじゃないってこと?」
G君「全然。だって全国大会で勝ってないでしょ」

大変勉強になりました G君ありがとう

Comment

B.B says... ""
スポーツとは何か?これは考えさせられます。
学校や地域のクラブスポーツに参加する子供を持つ身としては特にです。
結果を優先するあまりに、理不尽なあるいは筋道から外れるような事があっても、少なくともルールの中であれば許されるという風潮がある事も目の当たりにします。
本来の競技精神から外れても優先されてしまう勝利至上主義は底辺にも影響している。
現実問題、これを子供たちとどう消化していくかが家庭での作業な訳ですが、子供たちの教育にスポーツを取り入れたからには、親がスポーツに対する確固たる信念を先ず養わねばと思います。
「そんな甘いこと言ってるからいつまで経ってもおたくの子は勝てないのよ」なんて声もありまして、子供を親やコーチの満足の道具にしてる訳ではないのでと言うと「子供の気持ちが解らない親」というレッテル(笑
また、一方では可も無く不可も無くの児童養成システムに外れた子供に「あなたのせいで部活停止。これは全体責任」という個別指導が出来ない教師の責任転嫁。
これは子供たちへの強迫でもあります。
そして、これに異を唱えない親たち・・今本当におかしいです。
子供の自発性は義務教育の中でこそ育まれるものなのに、先のいじめ問題記事にも繋がりますが、大人の思考停止が子供たちの自発性も耐性をも奪う結果になりはしないかと危惧します。
2013.02.02 21:32 | URL | #65fpICiI [edit]
等々力酸素魚雷 says... ""
体罰の話題を同世代の人たちと話をすると皆「俺達の時は普通だったよなあ」と答えが返ってきます。
個人的には体罰なんて百害あって一利無しと思うんですが、昔はそれが当たり前だったんですかね。
僕の陸上の先生は一周タイムが上がる事にゲータレードを茶碗一杯飲ませてくれました。
練習中に水を飲むな!と言われた時代だったので今考えれば革新的な指導者だったのかなと。
ただ苦痛を与えたりしただけで能力がのびた時代もあったかもしれませんが、今の若者(ゆとり世代と言うらしいですが)には通用しません。
結果が全てと言うなら時代の潮流に合わせないと能力は向上しないと思います。
だって楽しくないなら練習しようと思いませんもん。
2013.02.03 02:39 | URL | #- [edit]
シジミを品種改良して大きくしたい(旧徳山と長谷川が好きです) says... ""
>大人の思考停止が子供たちの自発性も耐性をも奪う結果になりはしないかと危惧します

子供使って記者会見やっちゃったような連中がまさにこれで、橋下に自分達のやってきた仕事の継続性・継承性を否定される事に対するアレルギーだけが行動原理になってる。

学校スポーツの勝利至上主義の原因として「トーナメント戦」を上げる人がいてこれも説得力を感じました。一回負けたら終わりと言うシステムでは技術の向上より勝つための戦術を重視せざるを得ない。「負けから学ぶ」と悠長なこと言ってたら結果が出ない。「一回負けたら終わり」という緊張感はもはや観客に奉仕するシステムであり教育効果は低くなっていると思います。泣きながら甲子園の砂を集める球児や、フラフラになりながら「伝統のタスキ」をつなぐランナーをテレビの前でねっころがって見て「感動」を憶えるというような回路は実は物凄く不健全だと思います。この辺もメデイアの責任は大だと思います。というか彼らが作った『感動』の雛形こそ問題の元凶ではないのかと。

かつてのオリンピックゲームにおけるスポーツは国威の発揚や民族意識の糾合手段として機能していました。それは部活の全国大会における県代表が担う学校の宣伝や郷土愛・地元愛と基本的には同じ心性であります。しかし経済発展の段階を終えた成熟社会ではオリンピックや部活の役割もまた変化しなければならない。韓国のサッカー代表のような間抜けな政治宣伝をするのは発展段階の未熟な社会の心性であると言えるくらいの大人のスポーツ文化をこそ今後は目指さねばならないと思います。

>ただ苦痛を与えたりしただけで能力がのびた時代もあったかもしれませんが、今の若者(ゆとり世代と言うらしいですが)には通用しません

女子サッカーの佐々木監督の手法がそのような新世代に対応した成功例だと思います。 あと練習がキツいのと暴力の苦痛は分けないといけませんね。
2013.02.03 12:15 | URL | #- [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://boxing2012.blog.fc2.com/tb.php/144-fb174c73