HARD BLOW !

special WBO belt "Fighter of the Decade"

もはや冠など必要としない実力者同士4度目の戦い。

マニー・パッキャオ vs ファン・マヌエル・マルケス

勝つのはどっちだ!!

マニー・パッキャオ vs ファン・マヌエル・マルケス

結果:6RKO マルケス執念の衝撃KO勝利!!

全盛期のスピードが見られたパッキャオが1、2Rデリケートなスタートを切ったマルケスをややリード。
3Rは早くもビッグラウンドで、左ガードの上を被せるように放たれたマルケスの右オーバーハンドがパッキャオの死角となって顔面を直撃。
この一発でダウンを奪われたパッキャオだが、しかし冷静にダメージを回復し5Rには強烈な左ストレートでダウンを奪い返す。
これで試合の流れはパッキャオに傾くかと思われた6R、右ストレートから踏み込んで攻めようと出たパッキャオにマルケスは右ショートで対抗。
これがものの見事にカウンターで顎を捕えると、パッキャオは前のめりに倒れる失神KO負け!
パッキャオの復活が期待された試合だったが、まさかの結末だった。

byB.B


注目のアンダーカード

IBF ライト級タイトル戦
ミゲール・バスケスvsメルシト・ヘスタ
結果:判定 3-0 王者5度目の防衛

WBA フェザー級暫定王座決定戦
ハビエル・フォルトゥナvsパトリック・ハイランド
結果:判定  フォルトゥナ 

WBA Sフェザー級暫定王座決定戦
ユリオルキス・ガンボアvsマイケル・ファレナス
結果:判定 3-0 ガンボア

Comment

いやまじで says... ""
前のめりにキャンバスに落ちピクリとも動かないパッキャオを見て、「終わった」と思いました。

リング・イン直後のパッキャオはギラギラしたところもオーラも感じられず、精悍なマルケスと対照的でした。それでも、マルケスにダウンを奪われたものの、ダウンを奪い返し、明白にダメージの残るマルケスをこれからどう追いつめるのか、と思いながら見ていた6R終了間際の一瞬でした。

パッキャオは前戦に比べて積極的に前に出て手数も増やし、その分ディフェンスもきっちりしてるなあという印象でしたが、劣勢の中マルケスが繰り出したカウンターに沈みました。マルケスは練習していたとか何とかいうよりも、キャリアの全てから絞り出された一撃だったのでしょう。

すでにパッキャオの本業はボクシングではなくなっているのかもしれませんが、こうなる前にメイと戦ってほしかったです。

39歳にしてこの試合をものにしたマルケスと、解説のジョーさん、浜さんに敬意を表します。

で、パッキャオですが、次章はあるのでしょうか。
2012.12.09 22:02 | URL | #Twj7/TDM [edit]
B.B says... ""
パッキャオ伝説は怪物タイソン以来の衝撃でしたが、その終焉もまさに衝撃的。
またひとつの時代が確実に終わりました。
パッキャオとしては一発で終わってしまった事で諦め切れないかも知れませんが、たとえカンバックしたとしてもピープルズ(庶民の)の支持は得られないでしょうね。
パナマの英雄が延々と戦い続けてしまった姿をパキャオには見たくありません。

以前、勝っても負けてもいつまでもその雄姿を見ていたいと思った僕のヒーローでしたが、それは輝くような光りを放っていた時代の話し。
鮮烈な記憶が薄れぬうちに静かに幕を下ろして欲しいと願うのは、余りに身勝手なファンのわがままではありますが。

しかし、パッキャオの奇跡は確実に比国人ボクサーに影響を及ぼしました。
そしてそのファイティングスピリッツは未だ見ぬ無名のボクサーに引き継がれる事と思います。
2012.12.10 07:30 | URL | #65fpICiI [edit]
いやまじで says... ""
ジョーさんはエキマで数か月前からこの試合の見どころを小出しに語っていましたが、その中にパッキャオが今のウェイトになって失った「ナチュラル・タイミング」を取り戻せるかというものがありました。パッキャオ自身若いころの自分を取り戻すというようなコメントしてました。過去の自分の模倣は衰退の兆候ですが、マルケスはそのナチュラル・タイミングをも見切ってカウンターとってみせた、そんなふうに見えました。

パッキャオはこの試合にあたってフィリピン若手ボクサー2人をセミで使うことを条件にしたとのこと。フィリピンの後進のために戦い続けるのかもしれませんね。
2012.12.10 19:48 | URL | #Twj7/TDM [edit]
ホシイモ says... ""
パック~前のめりになるのが曙しゃんみたいだというファンの人らのコメントに旨いこと面白いこという~一本とられたと思いますた汗

(○*´д`*○)つ
2012.12.10 21:38 | URL | #bGf9qjkw [edit]
オルフェーヴル says... ""
衝撃的なKOでした。「マルケスお見事」では足りないぐらい。パッキャオ、前のめりで意識失って動かないので、下手したらと思ってしまいました。マルケスの勝利にケチをつけるどうこうよりも、パッキャオファンなので、そちら側の見方を思うがままに。

自分は先のブラッドリー戦で「あれで勝ったなんてパッキャオも言えないだろう」と感じた少数のファンです。兼業2年もすればツーランクは落ちるのが普通で、いよいよその時が来たなと思いました。ディアス戦で、ナチュラルなリズムに感動して、はじめて心底パッキャオに感動したのですが、前戦は「単調なボクシング」と揶揄されても文句いえないなという感じ。もしワンツーだけだとしても「単調なリズム」とは思わないんですけどね。端的に不細工なボクシングで体が流れ、ジャブの差しあいをしてたら負けていたんじゃないかと(出せなかった)。加えて、ディアス戦前の荒削りなスタイルになっていました。デュランはナチュラルファイターから始まって、後期はインテリジェンスあるボクサーに変貌したそうですが、パッキャオもボクシングを続けるなら、それこそが自然な姿だと思います。

しかし今回は(顕著に)インテリジェンスが足りなかった。ナチュラルな戦いはもう出来ないんじゃないんじゃないでしょうか?昔のスタイルを取り戻そうと、結果小さくまとまってしまったのではないかな。あのKOの瞬間までは、勝利への道筋を手中におさめかけていましたが、気になったのは、左ジャブ中心の組み立て。悪くはないけどうまいとも思えません。右ジャブ・右フック・左ジャブと3つリードが使えれば良いんですけど。ブラッドリー戦でも右が駄目でしたね。『スピード』は全盛期のものだったかもしれませんが(?)、ナチュラル具合をはかるものは、クイックネスだと思います。フットワークの揺さぶり(インテリジェンスでもフェイントでもいいけど)も、忘れてしまったかのようでした。

振り返れば、スピード&パワーということでは、ハットン戦が全盛期だったと思います。コット戦ではロープにつまって相手に打たせる、マルガリート戦ではレフリーに止めるよう示唆する。前者は勝敗を左右するものではなかったけど、そうする必然性もなかった。後者は見てる有識者もそう思ったみたいですが、レフェリングの範疇にまで口を出すのは、ファイターらしくないと違和感を覚えました。以前、入場時に見せていた、楽しくてしょうがない笑顔が最近見られなくなったのは、パッキャオの立ち位置が変わってしまった(ファイターとしては衰えた)からではないかと。

でもパッキャオはまだまだ強いと思います。マルケスがもっと強かっただけ。「ナチュラルタイミング」というのは、カーン博士が白井さんを指していったのが、最初らしいですね。日本のボクサーでいえば、井上なんかもそれを持っている選手だと思います。ただ、ディアス戦でのパッキャオは”流れるように"ナチュラルな連打ができたところが素晴らしかった。それを手に入れるには、どこかでもっと死ぬ寸前になるぐらいの何かがあったのではないかと思っています(余談ですが『五輪書』ではそういったこと書いてあると思います、淡々と)。全盛期にメイウェザーと相対すれば、それがリング上で見られるのではないかと期待していましたが、夢のままになってしまいました。

いやでもしかし、パッキャオvsマルケス4は、王者の魂を持ったもの同士が戦った素晴らしいものでした。にしてもマルケス。パッキャオには勝てるけど、メイには勝てないなんて言うなよ。パッキャオが全盛期ならやったと思うよ?いろいろ考えてみると、誰にでもできそうだけど、実はできないのが、パッキャオ全盛期のボクシングだったように思います。
2012.12.13 02:20 | URL | #IkuVs9RE [edit]
B.B says... ""
オルフェーヴルさん、まったく同感です。

この試合何度も見直してますが、結末だけでなくやはり凄い試合でしたね。
パッキャオは前戦よりも格段に仕上げて来ましたし強かった。
そしてマルケスの執念があの一瞬を逃さなかった。
語り継がれる試合になったと思います。

思えばグリーンボーイの頃のパッキャオのボクシングは、荒馬の如くと言った表現がピッタリのガムシャラなもので、それだけに強さと脆さのアンバランスがたまらない魅力に感じたものです。
打ち出したら止まらない、バランスを崩そうがお構いなしで相手のカウンターもなんのその。
キリングショットをひたすら打ち込んで行くその闘志も鮮烈。
パッキャオの最大の魅力はNofear、誰にでも解るボクシングの原型、あまりにシンプルなこの形にあるんですね。
この荒馬の良さを一つも殺さず、そしてインテリジェンスを与え,マスターローチは見事な調教で大人馬に仕上げました。
十数年前のパッキャオをファイターとしての素材と考えた時、これは奇跡的な事と思われます。
まさかダマト師とタイソンのそれをまた見るとは夢にも思いませんでしたが、これも結果だけで言えば超えましたね。

しかし、マスター自身も想像以上に強くなったパッキャオにはもう教える事が無くなったのではないか。心なしかパッキャオの笑顔が作り笑いになったのも、ナチュラルな鋭い踏み込みも、突如として現れる閃きも少しづつ失い始めたのは、その頃からではなかったのかと。
この日のパッキャオはナチュラルと言うよりも、これまでの苦しい練習でやっと作り上げた物という印象を僕も感じました。
これは時計が戻らないのと一緒で仕方が無い事ですね。

そう言えばNofear何者も怖れずは、フィリピンピープルズへのメッセージでもありましたが、いつからこのヘッドバンドを外したのだろう。
モスリムに改宗した直後も首にかけたロザリオは、この試合ではついに見られませんでした。

誰かの為に戦うという事は人として正しく、力も最大限に引き出される事と思います。
パッキャオのこれまでの奇跡はそうして生まれたのだと思います。
しかし、パッキャオも人の子。たぶん全てを得てしまった。

怖れない事は楽しい事と同じ。
何故か偶然とも思えないんです。
2012.12.13 10:08 | URL | #65fpICiI [edit]
シジミを品種改良して大きくしたい(旧徳山と長谷川が好きです) says... ""
パッキャオはもう充分見る人にサーヴィスして生きてきたと思います。彼は努力してパックマンになった男なのです。高校生の時から病的な目立ちたがりだったというアリやボクシング以外何も出来ないタイソン、唯我独尊のメイウェザーなんかとは人間の作りが違う。だけど彼のような明るい太陽のような男の落日は穏やかであってほしいと思います。なんか分からんけど彼の後半生は幸福であってほしいのです。いやホンマ
2012.12.13 23:31 | URL | #- [edit]
いやまじで says... ""
日経のサイトを見ていたら電子版12月8日~14日よく読まれた記事ランキングベスト10にパッキャオ敗戦に関するコラムが入っていて意外に思いました。ボクシング好きのおじさんが結構いるんですかね。紹介しておきます。

ランキング→
http://www.nikkei.com/news/special/top/?uah=DF290620119270

バッキャオ敗戦コラム(会員登録必要かも)→
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO49377830Q2A211C1000000/
2012.12.17 00:16 | URL | #Twj7/TDM [edit]
オルフェーヴル says... ""
>ナチュラル具合をはかるものは、クイックネスだと思います。

言葉のニュアンスを補足です。ボクシングマスター金元さんのブログを見ていたら、カーンを評して『クイックコンビネーション』とあって(たぶん、バレーボールのクイックと同じ意味だと思うけど)。ナチュラルという言葉も、B.Bさんとは共有できているだろうけど、いやまじでさんとは違っていると思うので。

「ナチュラルタイミング」って、五輪の書・榎本喜八さん・ドネアが口を揃える「スピードはタイミングで相殺される」というようなことだと思います。端的には瞬間的判断ですが、それが直観によるものと、反応速度によるものとでは微妙に違っていて、自分には後者がナチュラルに見えません(近似解に見える)。わかりやすいのが、ドネアvsダルチニアンのKOパンチ。直観にクイックネスがあるのは、途中式を無視して、答えが'わかる'から。

ただ直観にもいろいろあって、比較的浅いものから深いもの。日常的なものや非日常的なもの、基本や応用といった風に分けることができると思います。ディアス戦のパッキャオは、比較的深く非日常的な応用。マルケス2は、中くらいで日常的な基本形が、刹那ダウンを奪ったように見えました。成長過程や用途もありますが、人間耐えられる負荷ってものはあって。例えて言えば、猿が言語を獲得するぐらいの負荷に一生涯耐えられる人が天才だと思います(科学は追いついていないでしょう)。'わかる'度合いは、できるという確信⇒まったくもってわかる感覚が伴う⇒わかる感覚すらなくできる、ではないかと。

ドネアの場合、直観よりロジック基本だそうですが、モンティエル戦のKOパンチは、ロジックの果て最後のジャンプに直観(の働き)を使った感じしました。カーンに関しては「スピードある選手がコンビネーションを打っている」という風にしか見えません。今回パッキャオには、スピードがあったかもしれませんが、フットワークによるアジリティーも、パンチのクイックネスも(ダウンとったパンチ以外)なかったと思います。そういえば以前、K1見てた時に谷川さんが『誰それは当て勘ある』とか言っていて、どうやらヤマ勘みたいなニュアンスで使っているようでしたが、わかる感覚が伴うものが当て勘なんじゃないかと思う…んですが、みんなどういう意味で使ってるんでしょうかね?

ナチュラルなリズムというのは、以前紹介したことがあるセルオートマン「秩序状態とカオス状態の間にあるクラス4の様な状態こそが、生命現象などの現実世界で見られる複雑な現象を引き起こす源」という話が、頭にあります。長くなるので、いろいろ省きましたが、自分はこんな感じで見ています。
2012.12.17 02:34 | URL | #aSWljPL2 [edit]
オルフェーヴル says... ""
話変わりますが、パッキャオの若い頃を知ってる剛の者は、B.Bさんだけかと思ってましたが、こちらのブログにもいらっしゃいました。自分には関係ないっちゃない話なのですが、こういう話を聞くと、なぜか嬉しくなります(笑)。box観戦記録http://blog.goo.ne.jp/daisukebe_2006/e/980cf5854f4ca81530e924c462f934bb

若い頃の動画は、これしか知りません。ユニークな形態だろうとは思いますが、インテリジェンスの素養はあったんじゃないでしょうか?http://www.youtube.com/watch?v=NtEJGAK8OyM

引退云々に関しては、ダメージが蓄積されていくのは嫌ですね。ただ現状、まだまだ強い選手であることは間違いないと思います。PFPのランクは落ちてしまうでしょうけど、そもそも、フライから始まってSバンタム~Sフェザーを主戦場としていた選手が、Sウェルターまで快進撃を続けたことが評価に繋がったわけで、歴代PFPにおいて上位だというのは変わらないと思います。ついでに宮本武蔵。大正以前は、父親の無念を晴らした忠義の男で、明るく豪快なキャラクターだったそうですよ。

日経の記事、会員じゃなくても読めました。たくさんの人が読んでいるというのは嬉しいですね、負け試合だけど(笑)。
2012.12.17 02:47 | URL | #C9ZZ68e. [edit]
B.B says... "唯一の自慢話"
パッキャオへの思い入れはそれぞれあると思いますねぇ、これだけの偉大な選手ですから。
僕はマニラのダウンタウンにある安アパートに住んでいた頃にテレビ中継で初めてパッキャオのボクシングを見ました。
比国では国内プロボクシングのテレビ中継が週に2本、その他米国での世界戦などが日曜日の午前中に不定期で放送されていました。
その内の一つでBlowbyBlowというボクシング中継がありまして、看板選手がルイシト・エスピノサとかジェリー・ペニャロサとかで技術のあるパンチャーは僕のその頃のアイドルでした。
特にルイシトは比国でどん底生活をしていた頃に大きな勇気を与えてくれたボクサーでした。
この中継は発展的に?ピノイプライドという番組になりまして、いやまじでさんが不定期に観戦記を書いてくれています。

さて、17歳になったばかりのパッキャオは既にこの中継に乗っていましたので、線は細いものの思い切りの良いファイトで、ホープとして評価されていた事と思います。
しかし、アマチュア経験があるとは言うものの攻撃一辺倒で防御はまったくのザル、まともにカウンターを喰ったら終わってしまう選手だろうなと思っていたんです。

そして国内タイトルも目前だった12戦目、国内中堅選手のトレカンポの強打に逆転痛烈KO負け!勝ったトレカンポの喜びようを見ればこの試合の意味が判ります。
http://www.youtube.com/watch?v=AKJscbGM638
これもBlowbyBlowという定期番組で録画中継されましたが、やはりこの選手はもう伸びて来ないだろうと思いました。
しかし、倒され方があまりに鮮烈で彼の名前と共に記憶に残っていたのです。

で、ここから僕の唯一の自慢話しで(笑

翌年96年の二月頃と記憶しますが友人をニノイ・アキノ空港まで送った帰り、マニラ湾に沿ってロハス大通りを北に走ると、30分程でトンド地区にあった貧困と悪臭で名高いスモーキーマウンテン(ラモス大統領の時代に強制撤去)に差し掛かります。
ここは(というか市内は)日中は常に渋滞で、迂回しようと車をUターンさせるとあの少年が黙々と走っているではありませんか。
僕はその姿に、諦めずに頑張っているんだと嬉しくなり「どこまで行くんだいマニー!」と声をかけたんです、反応も期待せずに。
すると一瞬立ち止まりかけて「ちょっとそこまで・・あんた日本人?」と言ったきりそのまま走り去りました。
ジェンサンの片田舎の少年がこの頃トンドに住んでいたというのはずっと後で知った事でしたが、会った事も無い東洋人に声を掛けられても動じる事無く、いたずらな言葉と笑顔を見せた事で僕の記憶にずっと残っていたのです。
ただ、それだけの事なんですが・・(笑

しかし、この1年半後にはOPBF王座を強奪して一躍世界戦線へ、と言う訳です。
これも比国のテレビ中継で観ましたが、これだけでも信じられ無い事でしたが、その後の活躍はもう奇跡としか言いようがありません。

お気付きかも知れませんが、ハンドルネームB.BはこのBlowbyBlowからです(笑
苦しかったマニラ時代に随分と助けられました。

2012.12.17 08:07 | URL | #65fpICiI [edit]
B.B says... ""
>わかる感覚が伴うものが当て勘なんじゃないかと思う…んですが、みんなどういう意味で使ってるんでしょうかね?

ノニトがロジック基本というのは判りますね。
その鍛錬の末にある直感というのが仰る通り正解ではないかなと。
僕も「当て勘のある選手」というのをしばしば感じますが、まず基本に「体のコントロールが出来ている」ということがあると思います。
その上で内山高志選手のような鍛錬の結果か、パッキャオのような閃きかに分かれる。
しかし、当て勘とはどちらもただ当てるだけでなく、如何に自分の力を効率よく使って相手の急所を叩く事が出来るか、それを頭か体かで理解している事だと思っています。
閃きのような物は4回戦の選手にも時々見かけられ、相手の体の中心を叩けば効くと言う事が本能的に解っているのかな?と思わされます。
逆に体のサイドにある急所を打つにはある程度鍛錬するか、打たれたりして経験的に学ぶかしないと解らないものと思います。
どちらにしてもその感覚と効用への理解が先ですよね、やはり。
パッキャオが様々な相手の左を右にダッキングして、強烈な左フックを叩きつけましたが、顔は下方を向いているシーンがいくつかあります。
あれはどう見ても「やま勘」などというものでは無い、閃きのパッキャオでさえやはり反復練習の結果ですよね。
2012.12.17 09:04 | URL | #65fpICiI [edit]
B.B says... "この試合でパッキャオは何を学んだ?"
パッキャオ初のKO負け試合、トレカンポ戦はこちらで1R~KOラウンドまで見られました。

http://www.youtube.com/watch?v=MX_QY4HNUZk

ジョー小泉さんのリングジャパン会報の中で実は「アレは」トレカンポのヘッドバッドではないか?あるいはボディショットではないか?との説があったと言う事でしたが・・
記憶に間違いは無かったようです。
やはり強烈な左ショートフックがカウンターとなってパッキャオの顎の先端を捕えています。
「やま勘」の続きになりますが、このKO負けから学んだのか、その後パッキャオは逆にこれを用いてここまで相手をなぎ倒して来たんですからねぇ・・感慨深いというか。
2012.12.17 15:52 | URL | #65fpICiI [edit]
オルフェーヴル says... ""
今はパッキャオがビッグネームとなったので、過去を振り返ってみた時、現在の強さの片鱗を探してしまいますが、B.Bさんのコメントを読むと、リアルタイムの姿が浮かび上がってくるようです。パッキャオに声をかけた時の様子は、臨場感あります。鮮烈なKO負けした後に、声をかけるとは、また良い時期に出会いましたね。多くのボクシングファンにとっては、テレビの向こう側であった出来事ですが、地続きの奇跡を知っているというのは、一生の財産なんじゃないでしょうか。

「当て勘」については、とてもわかりやすかったです。ありがとうございます。体のコントロールやサイドの急所というのは、目から鱗でした。直観については、内山のソリス戦を見て、同じように感じました。個人的には、マルガリート2のコットにも似た印象があって。ガンボアとやるなら、メイvsコットぐらいの試合になることも想定して、作戦練って欲しいと思ってます(判定対策として、ベガスで1試合見せておきたいところ)。

トレカンポ戦は、最初の短い動画だけ見たことあって、今回のKO負けで、自分も思い出しました。たしか西岡が『ああいった状況になると、これまでみんな引いてしまってましたからね』ということ言っていましたが、なんというか結構、真正面から飛び込んでますね。今回のマルケス戦だけだと、パッキャオが言うような不注意なミスだと感じますが、トレカンポ戦を見ると、マルケス陣営の研究の成果(必然)に思えます。パッキャオは過信したと言っていましたが、その言葉にも嘘はなくて、つまりこれが得意パターンでもあったということかな。まあでもラウンド終了間近で、急ぎすぎた感はあります。

続きですが、トレカンポ戦。解説が言うように『モハメドアリ・スタイル』でしたね。日本人的には牛若丸。なんか、はじめの一歩にでも、出てきそうなスタイルです。若いというより幼いというか、しかし伸びやかで楽しそう、自信満々で戦ってますね。

『反復練習』ということの兼ね合いで思い出したのが、「パターン認識」というもの。先に紹介したセルオートマンとも絡むのですが、自分がパッキャオの若い頃に、インテリジェンスの素養を感じたのは、自由であればこそ、これまでたくさんのパターンを思い描いていたのではないか?ということです。以前芹江が(距離・ポジション・頭の位置などを?)「形でわかる」みたいなこと言っていたのですが、パッキャオにも似たところあると思います。また、サラスが井岡を教えていた動画を見たことあるんですが、そこらへん意識的にやっているように思いました(違うのは、パッキャオの場合、自分でたくさんパターンを編み出す方法を知っているところかな?)
2012.12.19 03:07 | URL | #O5m6lUeQ [edit]
オルフェーヴル says... ""
いつもコメントした後、忘れ物に気づくのですが「当て勘」についてです。「ナチュラルタイミング」の話になってるかも。

幼いチーターが、親がとってきた小動物とじゃれて「ここらへんっ!」と手を伸ばす。こういうのが当て勘の原型でしょうけど、もう一つ役割を果たすものに「ミラーニューロン」があると思います。具体例を挙げると、優れた選手の動き(ex.親チーター)を間近に見て、その動きをイメージするといったものです。その場合、感覚的にどうイメージするかというところで、大切になってくるのが「重心移動」で、そういったシミュレーションの延長が、相手の動きを予測することに繋がっていると思います。

見てる側からしても、重心移動を読むことによって、イメージが現実に近づきますし、やってる側とすれば、効果的にパンチを打つ、基本になる。もちろん、鏡のように動くのではなく、相手の動きをシミュレート(予測)するということですけど。「スピードある選手のパンチを見ようとしても見えなかったけど、自分にスピードついたらなんか見えるようになった」なんて聞いたことありますが、こういうのもシミュレーションの変形(というか動けるわけだけど)だと思います。

『体のコントロールが基本』というのは、素人にはやや唐突に感じましたが、考えてみると、ブラッドリー戦のパッキャオにはなく、モンティエル戦のドネアにあったものですね。後者KOパンチは、榎本喜八さん流に言えば、下丹田から五体が結ばれたパンチで、体の隅々までコントロールされたものだと感じました。

・朴宰佑戦の畑山の左フック(腰骨あたりを支点に、パワーを伝え、反動を右足に流す)。
・普通に膝のバネを使うと同時に、長谷川がたまに見せる(いわゆる)膝抜きも使える。
・フィギュアスケートのスピンのような、イメージを持つ(体の軸と共に、回転軸もある)。
記憶で書いていますが、こういった複合技で再現できるんじゃないかと。
http://www.youtube.com/watch?v=UwD4pm_gvK8

素人なりに背伸びして精一杯考えてみましたが、実際のところ、経験者はどういう分析をしているのか?できたら聞いてみたいです。それと前回の続きですが、サラスは井岡の身体を包み込むようにして(反発力を保ちながら)肘の角度etc.覚えさせたりしてました。今回のマルケスもそうですが、ドネアの左フックも時折、肘から先のストレートかと思うぐらい、ガチっと決まってて、こういうのがパンチ力に繋がっているのかなと思います。

先のコメント続きですが、複雑なパターンをシミュレートするのには、オーソドックスなものとして座禅があると思います。抹香臭くなるので、あまり言いたくはなかったのですが、役に立ちそう(やったことはないです)。ただ座っている内に、やがて立ち昇ってくるものを、受け流す感じを保っていれば、いつしか焦点が合ってくる…みたいな。ちょっと行くだけだと「お客さん」ですが、本格的になれば、高負荷かかったり、ゼロを発見したりするんでしょう。

自由なイメージということでは、ローマンゴンザレスなんか、意外とパッキャオの原型に近いんじゃないかと思ってます。ただ自由なイメージを保つのって、実は難しいと思うんですよね。変遷期の予感もしますが、それを失うことなく、井岡戦が実現すればと期待しています。メイウェザーは誰が見てもシミュレーション能力の高さが目立ちますよね。Sフェザー時代のダイジェストで、倒れていく相手に2発3発入れていたのが印象に残っています(1発目は当てても、続けては空振りする選手多いのに)。
2012.12.20 01:57 | URL | #aSWljPL2 [edit]
B.B says... ""
オルフェーヴルさん、どうもです。

いや、僕の唯一の自慢話は実はこれまで色んな所で話しをしていて仲間うちには「またか」と思われている訳なんですけど、実にパッキャオのリアリティを少しでも伝えたいという思いだけなんで、それを理解して下さって本当に感謝しています(笑
勿論僕はただの通りすがりに過ぎませんが、彼はもはや伝説の人。
伝説は誇張され、やがて一人歩きして行く事がままあります。
タイミング良く旧徳さんが「フェイシングアリ」の記事を書いてくれましたが、僕らは少しでも人物の真実に近づきたい欲求に駆られる訳です。
そして、そのほんの一瞬の証言者になれたら良いと思っています。

それにしても、パッキャオのグリーンボーイの頃の映像と現在の映像を中間を全く省いて見た場合に、同一人物と思う人はほとんどいないと思います。
僕の中ではいつまでも痛烈にノックアウトされた少年ボクサーのパッキャオなんです。
と、ここでいつもの決まり文句言っていいですか?(笑

「どこまで行くんだい、マニー!」
すると彼は「ちょっとそこまで・・」と言ったきり再び走り出した。
そしてやがて彼は何処までも遠くへ行ってしまったのだった。

(笑)
2012.12.21 10:13 | URL | #65fpICiI [edit]
B.B says... ""
>『体のコントロールが基本』というのは、

これは特にアスリートには絶対不可欠な要素と思うんです。
簡単に言えば自分の手足がイメージ通りに動くという事なんですが、これが実際現役トレーナーに聞くと「今の子はここに打て!と言っても手や足が自分の思い通りにならない場合があって驚く」と言うわけなんですが、プロのリングに上がるようになっても出来ない事はあるようです。
これは基礎体力は言うまでも無く、走る、跳ぶ、跳ねる、投げる、打つや(スキー、スケートの)滑るなどあらゆる基本運動一つでもボクシングに辿り着くまでに習得、経験しておく事である程度出来てくるものと思います。

余談ですが、ボクシングで必要な体の基本的制御を習得する上で適した運動があります。
意外と思われるかもしれませんが、機械体操やトランポリンです。
体のコントロールを経験するだけでなく、動体視力や危険察知能力も格段に養われます。
動体視力は実際自分が動いているわけですが同じ事です。
空中では僅か数センチの狂いで、地面に叩き付けられるという恐怖が如何にバランスが重要かを教えてくれます。未経験の人の中にはバランスを崩している事も察知出来ない場合もありますが、この経験は危険な距離、角度、位置を常に意識させるという効果があります。
さらにバランスを保つと言う事で重要な緊張と緩和の連続感覚ですが、これもボクシングに必要な事と思われます。
ここまではおおよそ防御感覚になりますが、僕はボクシングは攻防一体が理想と考えますので、攻撃はその延長にあると捉えています。

ローラースケートも推奨します。これは楽しみながら体のバランスと柔らかい足腰ひざの鍛錬が出来ます。スムースな体重移動習得というおまけつきです。
アイススケートよりも抵抗と負荷が大きい分、ボクシングの体重移動に近いです。
習得する事でボクシングとしては向かない弊害のあるスポーツもありますが、話しが更に飛んでしまうのでそれはまた。

以前、旧徳さんとのメールのやり取りを記事に上げましたが、その中に内村航平の言葉。
「演技をしている自分をもう一人の自分が俯瞰しているという感覚があるんです」

さて体のコントーロールの末に、ここまで来ればもはや天才と呼ぶしかありませんが、これは類い稀なセンスとシミュレートの融合、そして鍛錬の結果と思います。
実際には緊迫の連続を特に強いられるボクサーの中にはこれに近い感覚を持つ人が結構いるのではないでしょうか。
「神の領域」と言った頃の長谷川穂積選手もそうではなかったのかと想像しています。



2012.12.21 13:33 | URL | #65fpICiI [edit]
オルフェーヴル says... ""
>パッキャオのグリーンボーイの頃の映像と現在の映像を中間を全く省いて見た場合に、同一人物と思う人はほとんどいないと思います。

B.Bさんにとって、痛烈にノックアウトされた少年パッキャオは、意味があることなんだと思います。以前、おっしゃられたように、これだけのボクサーですから、人それぞれ思い出があるのでしょうね。

自分にとってはそれがディアス戦のパッキャオで、結構こだわっています。それは自分が経験した真実がそこに映っていたからで(パッキャオ自身の考える真実とは違うでしょうけど)、マルケス2まではどこが凄いのかわからなくて、「みんな強いというからそうなんだろう」ぐらいでした。マルケス2のダウンパンチで、「ああこういう人なんだ」とわかって、批判承知でいえば「これぐらい(のインスピレーション)なら普通にあるな」なんて内心思っていました(笑)。実際はもちろん、そんなことないでしょうけど、相似形として。まあでも、直観に突き動かされるように生きてきて、それなりに地図ができているので、うるさいんです(笑)。

ピックアップした若い頃の動画も、自分には意味があるんですよね(ディアス戦がなかったら、
振り返らなかったと思いますが)。同じく通りすがりの人間ではありますが、点と点を線で結んで「なるほど、こうなるんだ」みたいな。パッキャオには勇気をもらったし、自分を理解することにも繋がりました。昔から「変わっている」と言われていた(らしい)自分にとって、導き手といえるような偉人は、パッキャオが初めてでした。

P,S,コメントが矛盾しているので一応書いておくと、ノックアウトは、ある程度知名度を得てからの試合だと思ってました。
2012.12.22 00:33 | URL | #aSWljPL2 [edit]
オルフェーヴル says... ""
>「今の子はここに打て!と言っても手や足が自分の思い通りにならない場合があって驚く」

機械体操やトランポリンの話、面白かったです。自分が思うのは、日本の技術力の高さが、身体操作をスポイルしている面があるのではないかということ。山の傾斜⇒不揃いの階段⇒建物内の正確な階段⇒エレベーターなどなど。ここらへんは日常生活ですが、反面、技術力を生かした、面白い器具が産み出されている側面もありますね。ローラースケートではありませんが、スポーツジムに行くと(どう書いたらいいかわかりませんが)、動きながらの身体操作ができないと、立っていられないような器具が置いてあったりします。

攻撃は防御の延長という話は、おそらく専門的でわかりませんが、ナチュラルタイミングが、カウンターの延長であるということなら、わかるような気がします(重心移動を読む⇒重心をとらえる瞬間的判断)。防御からの攻撃が、攻防一体になるというか。

>「演技をしている自分をもう一人の自分が俯瞰しているという感覚があるんです」

NHKのドキュメントを見て、自分もこの言葉に着目しました。スポーツ選手の話を聞いていると、時々出てきますよね。ただ率直に言うと、これは感覚の現れ方であって、必ずしも、これが正解というわけでもないと思います。長谷川は、この系統だと思いますが、榎本喜八さんなんかだと「もう一人の自分が演技してしまう」ことを「神の域」だと表現しているように思えます。

どう言ったらいいのかわからないので、個人的な感想ですが、自然界ではそもそも必死で生き(て早死にす)るのが普通で、裏を返せば、死ぬほど努力するのが当たり前です。ただ、人間社会を土台とすれば、それが「もう一人の自分」として見えるのではないかと(そうやって形成される)。最初新庄が言い始めて?本田がメジャーにした「持ってる」というのも、そういう話ではないかと思っています。

インスピレーションの源というものも、全てこの「もう一人の自分」から始まって、地の底まで叩きのめす恐ろしさを持っているのもこれ(顕れ方が違う)。'ナチュラル'というものが具象化された、身体イメージのようなものではないでしょうか?

先にローマン・ゴンザレスのところで「自由なイメージを保つ」云々書きました。成長するに従って(既成の)現実に染まってしまうのが普通だという話でもありますが、自然はそもそも不可思議なもので、現実(瞬間)を創造する原動力であり、人間にとっては、はかりしれない智慧を与えてくれる存在だという気持ちがあります。
2012.12.22 00:51 | URL | #aSWljPL2 [edit]

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