HARD BLOW !

ナイフと言われた男

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ある事件から個人的にずっと気になっていた一人のボクサーに会った。
98年度第45回全日本Sフェザー級新人王獲得の大串尋人(おおぐし ひろと)である。
19戦15勝(11KO)4敗の立派な記録だが、最後の試合から11年が経過した。しかし、本人は引退届を出していないと言う。
17歳でボクシングを始めた彼は今年35歳になっていた。

大串のレコードを振り返ってみると面白い事に気付いた。
戦績で目立つのは高いKO率で、11KO勝利のうち7人の選手がその試合を最後に引退しているか、または大きなブランクを作らざるを得なくなっているのだ。これは一体何を表すのかとても興味深い。

何度も大串とスパーリングで手合わせをした同門の松信秀和はその他にもエドウィン・バレロ、ホルヘ・リナレス、内山高志ら著名な世界チャンピオンらとも数多くのスパーをこなしているが、大串のパンチを後にこう語った。

「大串の左フックはデビュー当初から一発で相手の意識を刈り取るほどの威力があった。小堀佑介(元WBA世界ライト級王者)も切れ味に定評があったが、この左フックに関して自分が怖いと思ったのは後にも先にもこの二人だけだった」

大串はデビュー戦、二戦目と立て続けにこの左フックで相手を秒殺した。

98年の新人王戦にエントリーすると、東日本新人王準決勝の相手は4戦4勝で勝ち上がって来た儀間真次(帝拳)で強打の前評判高く、アマ上がりでスピードと技巧が売りだった大澤康規(大橋)と並んで優勝候補の一人だったが、大串の左フックの餌食となり2RKO負け。この試合を最後にあっさり引退した
大串が引退に追い込んだ選手の中には比国のベテランのエルネスト・ウルダニサ、当時三迫ジムのホープだった小牧亮太、後に長らく日本人の壁となった比国のジェス・マーカに勝ち東洋タイトルを獲得した韓国のベテラン呉 張均もいる。皆、大串戦を最後にリングを去った。

大串に負けたものの判定まで粘った選手は4人でその内、直後に引退せず現役を続けたのは松沼誠太郎(沖)と中村徳人(相模原ヨネクラ)の二人だけ。日本タイトル挑戦まで辿り着いたのは中村ただ一人だった。

これで大串戦を最後に引退した選手が8人もいることになるのだ。
ただし、その内3人は暫くして復帰したと聞くが記録として残っておらず、その後を追うのが難しくなった。これは時間をかけて追ってみたい。
物事には必ず原因と結果がある。追って行くうちに何かが見えてくるだろうか?

逆に大串に際どい判定で勝った篠崎哲也(高崎)は次戦で強打のコウジ有沢が保持する日本Sフェザー級タイトルに挑戦。大接戦の末、引き分けで王座獲得ならず。
つまり大串にとって篠崎戦はタイトル挑戦目前での手痛い敗戦だったのだ。
その後さらに連敗を重ねた後、再起2連勝と復調の兆しがあったものの、ついにあの鮮烈な強打は復活しなかった。

ボクシングは過酷なスポーツである。
時に命懸けでたった二つの拳で頂点にある栄光を目指す。文字通り生き残りを賭けての戦いだ。
大串の戦績から敗れ去ったグリーンボーイたちの失意の足跡が垣間見える。
生き残った大串は彼らの分まで戦い、そして彼らの無念をも晴らさなければならなかったはずだ。
それは栄光へと向かう勝者の義務でもある。だからこそボクシングは強者の系譜として受け継がれて来たのだ。
いや、大串自身も燃え尽きるまで戦い続けたいと願っていたのではないか?


11連勝8連続KOが止まった篠崎戦後、当時宮田ジム最大のホープだった大串尋人に一体何があったのか?ボクサーの光と影を追ってみたい。


同門に後の世界フライ級王者 内藤大助がいる。
大串が全日本新人王を獲得したこの年、内藤もまたフライ級の全日本新人王に輝いている。
また、前年にはフェザー級で新人王を制しMVPを獲得した松信秀和とこの時期は同門同士の若手出世争いが注目されていた。

練習の虫といわれた内藤に比べどちらかといえば、ボクシングセンスとパンチャーとしての才能があった大串、松信は練習嫌いで有名だった。
いや、大串の場合は練習嫌いというより、すぐに物事を投げ出してしまうといった面があった。
初黒星のあと2連勝で復活し97年度新人王戦へのエントリーが決まったが、パッタリとジムから姿を消した。
この年は松信も同じフェザー級での出場が決まっていて、トーナメント表が発表されると決勝で大串との同門対決になるとの予想が立てられた。
松信は同期の内藤が日本タイトル挑戦を決めた時、「先を越された」と口惜しさ滲ませたが、気の良い大串は「素直に嬉しかった」と口にした。
大串本人は生涯言うつもりはないだろうが、この優しさがボクシングから一時遠ざかる事になった原因では無かったのか。勝負事とは言えどちらかに傷が付く。仲間とギクシャクするのを恐れたのではないか、と私は感じた。

大串の生い立ちを見ると父親から離れて、孤独感を味わったであろう少年時代があった。この頃は喧嘩もよくした。周りも悪かったが、自分の事よりも友達の事で体を張った。それは大串自身の孤独を埋め合わせる為ではなかったか。そして、それはいつしか彼の行動規範になる。

この年12月、大串のいないフェザー級では大方の予想通り松信が東日本新人王MVPを獲得し全日本も制した。
大串といえば当時住んでいた江東区大島のアパートで一人くすぶっていた。どうであれボクシングから離れたのは自分だ。本心を悟られないように「練習を1日か2日休んだら、もうどうでもよくなった」と言い訳したが・・
年が明けても大串はジムに顔を見せる事は無かったが、頑なになった心にやっと転機が訪れた。
大串が忘れもしない98年1月20日の深夜だった。

アパートのドアチャイムが何度も鳴る。時計を見ると午前0時をとうに過ぎている。
大串は「誰にも会いたくない」と深夜の訪問者を無視し続けた。
やがてドアの外は静かになったが大串はテレビを消して耳を澄ましていた。
すると、今度は窓の外で何やらゴソゴソと物音がし出した。
ベランダにドスンという音と共に人影が見えた。
大串の住んでいる部屋は2階である。
瞬間、窓がガラリと開けられて大串は驚き、身構えた。
壁をよじ登ってベランダから部屋に侵入して来た男を良く見ると見慣れたキャップを被っていた。

「会長!何やってんすか!」

「おおぐし!いいから練習に来い!」

この短い会話で大串は再起を決意した。
正直嬉しかったと後に話す大串だが、その時の宮田会長の右手に何故アイスピックが握られていたのか、今でも解らないと洩らす。
宮田博行会長の深夜の急襲に、自分は期待されていたんだと気付いた大串は一階級上げ心機一転。Sフェザー級でエントリーしたこの年の東日本新人王予選初戦、1年と4ヶ月ぶりの試合で粘る中村徳人を4R判定に下すと、怒涛の快進撃を見せる。

次戦の有賀祐二郎(シシド)を右フック2発で担架送りにして左だけでは無い事をアピール。
準決勝では優勝候補の儀間真次を伝家の宝刀左フックで2Rノックアウト。
この試合がこの年の新人王戦のハイライトでもあった。
決勝は今大会もう一人の本命、横浜高ボクシング部出身のテクニシャン大澤康規が相手だった。
スピードが身上の大澤は終盤まで粘るが5Rに大串の狙いすました見事な右クロスが決まりリングに散った。
続く全日本決勝でも西日本をしぶとく勝ちぬいて来た濱之上 彰(鹿児島シティ)を難なく2Rで切って落とし見事に全日本を制し敢闘賞を獲得した。
大串にとっては誰の為でも無い、人生の中で初めて自分の為だけに戦い、そして勝ち抜いた末の栄冠であった。人の事では素直に喜べるのに自分の事には照れて隠す面もあったのか、優秀選手三賞に送られた副賞のラスベガス旅行は何故か辞退した。だが、宮田会長との男の約束を果たした事に大串は胸を張った。

しかし、そんな大串も若さが抜けず宮田会長の指導にも「自分は体さえ作れば勝てるんです」と言い放つ頑固さが仇となった。後援会の付き合いも酒を遠慮せず、賑やかになり始めた周辺との交際も断らなかった。
日本タイトル挑戦が囁かれ始めた頃も、マイペースの練習しかしなかったが、それでも相変わらず力で相手をねじ伏せ続けた。
11連勝8連続KO勝ちの勢いで臨んだ初10回戦。勝てばいよいよタイトル挑戦が現実味を帯びて来る大串にとって絶対に落とせない試合だった。結果から言えばこの一戦が彼のボクサー人生大きく狂わせる。
だが、本人はいつものようにマイペースな練習でいつものようにリングに上がるだけだった。
対戦者はここまで24戦して12勝(5KO)6敗6分けの篠崎 哲也(高崎)
戦績を見ても勢いに乗っている大串が圧倒するのではないかと見られた。
気がかりなのは篠崎が一度のKO負けも無いタフネスを備えている事だったが、逆に大串が何ラウンドで倒せるかに興味は注がれた。
しかし、初回から力み返った大串は終始前に出る篠崎に手を焼いた。幾つも手応えのあるパンチが篠崎の顔面を捕え左フックを効かせたはずだった。しかし、ついに篠崎は倒れる事は無かった。大串も試合全般を通して手数が少なくこれまでに無い苦戦ではあったが、僅かながら自分が勝ったと思った。
実際に「勝者赤コーナー・・」とコールされ一度は大串の手が挙げられたのだ。
ほっとした瞬間、信じられない事が起こった。
単純な集計ミスとの事で正式な勝者がコールされたが、大串にとっては判定が覆った事と一緒だ。
大串は一礼もせず、黙ってリングを降りた。怒りは心頭に達したが騒ぐ事も無かった。
彼は自分の事では素直に怒りを表現出来ない性質だったのだ。
しかし、負けた事よりもこの事が大串の心を深く傷付けた。
ボクシングへの情熱が「ゼロになった瞬間」と大串は打ち明けた。
世の中にはこんな事はいくらでもある。いや、もっと理不尽な事はある。
しかし、たったこれだけのことでボクサーの心は深く傷つき、奈落に落ちてしまうものなのか。

ボクシングは非日常であり、また非情である。
マイペースを気取っていた大串だが、実は彼もまた他のボクサーと同じようにギリギリの所で戦っていたのだ。ファンはそのボクサーの硝子のような心に気付かなければならないと思う。

その後大串は覇気の無い試合を繰り返しさらに連敗を重ねる。
流石に3連敗以上してブランクを作る訳にもいかずに何とか踏みとどまったが、勝ちを優先する余りに、あの怖さを知らぬ荒武者の様な試合ぶりは影を潜めた。


新人王戦の後、順調に白星を伸ばし先にタイトル挑戦を果たしたのは内藤大助だった。
01年7月16日、坂田健史(協栄)の持つ日本フライ級タイトルに内藤は挑戦し1-0の引き分けで惜しくも王座獲得ならず。試合内容は接戦で後半を制した内藤の手が挙がるものと思えたが、判定は意外だった。

そしてこの時、事件は起こった。
判定がアナウンスされると、内藤のセコンドやジム仲間がリングエプロンに駆け上がり猛抗議が始まった。その中の一人がナイフのような物を振りかざし何事か叫んでいるではないか!
この異様な光景は周囲を騒然とさせたが、本人は一向に収まる気配はない。

練習で互いに苦しい思いをし、同じ釜の飯を食った仲間の内藤が不当な判定で貶められたと思った。
自分の事は我慢出来るが、仲間に加えられた理不尽な仕打ちは絶対に許せない!

控室でも大串の怒りは収まらず、審判に対しての批判や暴言は扉の外にまで響いた。
控室の隣りにある試合役員室にもその声は伝わったはずだが、伝聞では酔った大串が試合役員室に乗り込んで暴言を吐いた事になっている。しかしそれは若干、事実とは異なる。

ファンの間でもこのショッキングなニュースはまたたくまに広がった。
その二日後コミッションは大串に対しプロボクサーライセンス無期限停止処分を下した。

ボクサーがリング外の刑事事件などの重大犯罪以外でこの処分を食らったのは大串唯一人である。
本人は半年か長くて1年も謹慎すればまたリングに上がれるだろうと高をくくっていた。
その処分通知書には(一年以上の)と付されていたからだ。

しかし、1年以上経っても復帰への兆しは一向に見られなかった。
大串は再び孤独になった。

ジムや後援会もショッキングな事件にすっかり腰が引けてしまったのか、と私は思った。ジム仲間の間でもそうした感情が広がった。いつしか大串の事はタブーとなっていった。

しかし、実際は違った。
この時の事を大串はこう振り返る。

「実は処分が下った翌日に(明日ネクタイ締めてコミッションに謝罪に行くからな)と宮田会長が言ってくれてたんです。一緒に会長が頭を下げてくれると言うのに、俺としては直後だったから素直に頭を下げられないって突っぱねちゃった。その予定の日には協会のお偉いさんも集まっていたらしくて・・会長の顔まで潰してしまった」
「だけど謝罪に行かなかった本当の理由は、着て行くスーツを当時持っていなかったんです。それが言えなくて・・ずっとそのまま何年も経ってしまいました」

なんと間抜けな話しだろう・・。

しかし、大串は本当に復帰を諦めていたのだろうか?


「本当にボクシングをあきらめ切れたならジムにも近づかないし、昔のボクサー仲間にも会いません。未練が無いと言ったらウソになる。」
「あれ以来、本当につまらない10年を過ごしてしまった」と言う大串に「そのつまらない時間の中にもきっと意味があると思う。人生に無駄はないはず」という仲間の声があった。
「確かに世の中でもまれて丸くなったと思うし、大人にもなった。今でも頭を下げて、やれるものならやってみたい・・」

現役時代と変わらぬ引き締まった体は67kgを維持している。

「だけどもう(ボクサー定年まで)あと1年半しかないんですよね。しかし出来るとしても6回戦からだし、順調に行ったとしてもランキング入りから半年経たないとタイトル挑戦が出来ないルールなんです。それでもね、やっぱり・・」

10年以上現役を離れた人間が奇跡の復活を遂げられるほどプロボクシングは甘くない。
そんな事は大串自身が一番良く解っている。

世界王者にまで登り詰め有名になった内藤大助も、しのぎを削った松信秀和も現役を終えた。大串にとって昔と変わらぬ、いや今では兄弟のような間柄である。
大串もまたかつての少年の様な心で孤独と戦う面影は既にない。
温和になって人の話しを良く聞く大人になった。

しかし、いくら時間が経っても埋められない記憶はある。

大串の拳の前に打ち倒され、若くして引退に追い込まれたボクサーらの事を思うと、まだ諦め切れないと言う大串には自身の為にも、そしてそう・・あの日の贖罪の意味も込めて、その心の無念をたった一度でも晴らして欲しいと願ってしまうのである。

by B.B

Comment

おもしろモンキー says... "初めて投稿します。"
凄い記事だとおもいます。
まだboxingファンとして浅く何も解らないケド、いつも記事、楽しみながら読ませてもらっています。

大串選手のboxingや仲間意識がとても強く、熱い人柄なんだと感じました。

また宮田会長が何故?アイスピックを持参していたのか不思議ですが、そこゎ…

長x2と書いてしまいましたが、また記事を楽しく読ませて頂きました。

大変だと思いますが、次の記事も楽しみにしています。
2012.09.20 04:43 | URL | #/2CD/BNk [edit]
B.B says... ""
おもしろモンキーさん、ありがとうございます。

個人的に興味を抱いているボクサーはたくさんいますが、僕の場合は記事にも書きましたが、ボクサーの光と影、特に影の部分に惹かれてしまう傾向があります(笑

「等身大の人間は負ける事の連続」とは生きるという事のプロセスの本質を突く僕の友人の至言ですが、だからこそ僕らはリングで戦うボクサーに自己投影して、感情移入もするのだと思います。

人生ですからサクセスストーリーばかりじゃないし、失敗もある。そんなボクサーの光と影をこれからも追って行きたいと思います。

今後とも宜しくお願い致します。

2012.09.20 17:25 | URL | #65fpICiI [edit]
スーパードクターK says... "いつかわかります"
控え室のオーラ、忘れられません。
まぎれもなく一流の人間。
がんばれ!
2013.10.14 06:22 | URL | #qf55VPNg [edit]

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