秋のボクシング紀行 ユーリ阿久井政悟VSジェイセバー・アブシードin総社
『地方興行レポート』というと上から目線に感じられる向きもあるかも知れませんが、他意はございませんので誤解なきように。むしろ首都圏や関西も集客の苦戦が続く日本のプロボクシング興行は地域密着こそ肝だと私考えております。
今回は日帰りで岡山県の総社市まで倉敷守安ジムのホープ阿久井政悟選手(戦績はこちらから)がWBAアジア王者にして世界ランカーのジェイセバー・アブシードに挑むチャレンジマッチを観戦してきました。2015年度全日本ライトフライ級新人王の阿久井は序盤KOの多いハードパンチャー。練習環境や興行事情など、なにかとハンデの多い地方ジム所属のホープが世界ランクを掴もうと挑んだ意欲的なマッチメイクであります。
9時頃高速バスで大阪を出て正午には岡山駅に。試合のある総社まではローカル線に乗って30分ほどです。
総社といえば昭和40年代生まれの私にとっては、角川映画の「悪魔の手毬唄」でお馴染みの町でございます。ディーゼル車の車窓から里の秋の風景を楽しむことが出来ました。
総社駅からはタクシーに乗車しましたが、運転手さんは世界ランカーとの試合と言うことをご存知でした。結構周知されているようであります。
試合の舞台となるサントピアは元々社会保険庁がやっていた厚生年金休暇センターという施設が前身で、広大な敷地内にホテルやテニスやフットサルが出来るコートも備えています。迷路のような館内を案内のままに進むと、本格的なホールが出現。昭和遺産と言う感じであります。
施設の巨大さに比べると集客は少し寂しく感じます。とはいえ会場では馴染みの観戦仲間や現役選手・元選手と何人も出会いました。メインカードに対する関心はなかなか高いといえそうです。
アンダーカードで一つ気になったのは4回戦で2-1と判定が割れた試合。勝者につけた二人はフルマークと言う採点で、私にとっても「なんでこれでスプリットになるの?」と言う印象。敗者につけたジャッジには大変疑問を感じました。4回戦でここまで採点が割れると、採点基準への信頼がなくなると思います。
その後物凄く淡々とした進行で休憩も無くメインを迎えたのですが、集客は正直少し寂しい感じ。地方都市で車がないと来れない会場と言うことを考えれば仕方ないのかも知れませんが、選手はリスクをとっているし、陣営とて経費を使って世界ランカーを呼んでいるのに勿体無いなと感じました。
WBA11位にランクされているアブシードは昨年ミニマム級で小浦翼選手(WBC2位)にKO負けしていますが、フライ級に上げて世界ランカーを撃破する殊勲を上げて再浮上。阿久井と同じ23歳でKO率も高く侮れない相手です(ジェイセバー・アブシード選手の戦績)。
リングインした阿久井選手と守安会長
一方の阿久井は、今年四月に中日本のホープ矢吹正道とのサバイバルマッチを制すると、世界ランカーとの試合に備えて積極的に関東や関西に出稽古を重ねて来ました。地方ジムの選手は、スパーリングパートナーを探すのも都市部に比べれば大変です。まして今回の相手は阿久井が唯一敗れている中谷潤人選手(WBC4位)と同じサウスポー。千里馬神戸ジムでのスパーリングの際に少しお話を聞いたときは「出稽古にはなれているし、自分の環境の中で出来ることをやるだけ」と淡々と答えてくれましたが、果たして成果はいかに?
序盤からアブシードは積極的に手数を出し、パワーパンチを振るってきます。阿久井は圧力もかけれているし左ボディが有効ですがやや手数が少なく、打ち終わりを狙われた被弾も多い。アブシードはボディが効いているそぶりは見せるのですが、被弾すれば必ずそれ以上のパンチを返してポイントも拮抗。手数を見ればアブシード勝ちにつけているジャッジがいてもおかしくない互角の展開が続きます。
試合が動いたのは7回、アブシードの左ストレートがヒットして阿久井がダウン。
このダウンはそこまで効いている感じは無かったですが、再開後に左フックがジャストミートしてまたも阿久井ダウン。これはかなり効いたダウンでした。このまま試合を決めようとアブシードは猛ラッシュ。阿久井は防戦一方でラウンドを流すのがやっと。
レフェリーが何度も顔を覗き込んでダメージを確認しますが、なりふり構わずクリンチでしのいでなんとかゴングまで耐えた阿久井。とはいえダメージは明白で、さすがに回復は無理なのでは?と思わせる疲労振り。次のラウンドで終わってしまうのか?
ところがなんと、7R開始直後にロープ際での阿久井の乾坤一擲の右アッパーでアブシードの頭が大きく跳ね上がって、一気に形勢逆転。今度は阿久井が猛ラッシュでアブシードは防戦一方。残り時間は2分以上。阿久井は逆転KOのチャンス!会場の地元ファンも大声援を送って阿久井の背中を押す。
アブシードはコーナーに詰まって反撃出来ず、何度か体も流れてダウン寸前。ここで一発良いのが入れば試合が決まる!という場面が続くが阿久井も打ち疲れたか?一方的展開ながら決め手を欠いて惜しくもラウンド終了。深刻なダメージをものともしない阿久井の超人的な大攻勢で会場は大盛り上がり。一方青コーナーではフィリピン人セコンドが意識が遠のいたアブシードに張り手打ちをして気合を入れるという異様な雰囲気に。
両者ともダメージはあるが、残り3ラウンドどうなるか?と思わせましたが、8Rすでに阿久井には余力は無く、今度は急激に回復したアブシードが阿久井を攻め立てて、阿久井の体が流れたところでレフェリーが試合をストップ。判断に迷う場面が多い難しい試合でしたが、試合全体で公平なレフェリングが光りました。
7Rに阿久井選手が逆転KOで試合を決めていれば伝説的な一戦になったと思いますが、これが勝負の厳しさ。とはいえKO負け寸前からあわやの場面を作った驚異的な回復力と強靭なメンタルは大変印象的でした。一方敵地で気持ちを切らさず勝ちきったアブシードもお見事。若武者同士の気持ちがぶつかった素晴らしい一戦でした。
試合後、阿久井選手は自身のツイッターで1Rに右腕を痛めていたことを告白していましたが、万全な状態で再起して欲しいと思います。7Rの右アッパーは本当に勝負をかけたパンチだったんだなあ。
とはいえ、折角の熱戦だったのにテレビ中継も無く、試合写真つきの報道も無く、私には『本当に勿体無い』としか言えません。ネットを活用して試合の映像を流したりする工夫がなければ、選手は文字情報だけで判断されてしまうだけです。好試合が見られないのはファンにとっても不幸なことです。ほんとボクシング界もうちょっとなんとかならんのでしょうか?当事者の自助努力だけではなんともならんと思います。
12月の興行集中はなんとかならんのか?と感じる(旧徳山と長谷川が好きです)