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HARD BLOW !

モハメド・アリについての色々


 20世紀最高のボクサーにして、おそらく世界で一番有名なスポーツ選手でもあり、尚且つ反差別の激烈な闘士でもあり、ブルース・リーやゲバラのような人種や国境を越えて世界中の人に愛されたポップアイコン・トリックスターでもあったモハメド・アリ氏が、6月3日に亡くなりました。

 プロボクシングが現在も世界中の人に愛されるコンテンツになっているのは、この人の功績でありましょう。日本じゃ『アントニオ猪木と変な試合をしたボクサー』として有名になってしまったという特殊事情はありますが…。

 アリの人生を知るのに好適な本としては、トマス・ハウザーによる、上下刊合わせて1000ページを超える長大な評伝『モハメド・アリ―その生と時代』(岩波現代文庫)が読み応えが充分でおすすめです。『高校時代に遠征に行く途上ずっと汽車の窓から「俺は最高だ~」と叫んでた』、とか『「蝶のように舞い、蜂のように刺す!」と最初に言ったのはアリじゃなくてハロルド・バンディーニ』とか、『ザイール人を人食い人種呼ばわりしてザイールの外務大臣に注意された』とか、『スパーリングパートナーしてたスピンクスがアリが練習しないで女とずっとイチャイチャしてるので注意したら逆ギレされた』等々、面白いエピソードも沢山載っております。別れた奥さん達への取材も抜かりなく、アリの人間性が重層的に伝わる労作となっております。

 そしてアリのライヴァルはやっぱりフレイジャーなんだよなあということも、この本読めば良く分かる。実直で口下手なフレイジャーはアリから散々「ゴリラ」とか「アンクルトム(白人にへつらう黒人の意)」とかなんとか罵倒されても言われっぱなし。だが、アリの悪口攻撃の影響で子供が学校で苛められたことで堪忍袋の緒が切れて、アリ戦に並々ならぬ闘志で挑んだというという経緯など、大変興味深いものでした。個性豊かなライヴァル達の存在があってアリもまた輝くことが出来たということが良く分かります。

 映画ではやはり『モハメド・アリ かけがえのない日々』でしょうかね。アリのボクシングキャリアのクライマックスとなる『キンシャサの奇跡』でおなじみ、アリ×フォアマン戦のドキュメンタリーです。キンシャサでのアリの様子や、試合前に行われた黒人ミュージシャンによるライブコンサートなど、70年代の空気感がビンビン伝わる貴重映像がテンコ盛り。アリに対峙する若き日のジョージ・フォアマンの存在感も完璧です。

 ドン・キングはキンシャサのアリ×フォアマンをプロモートしたと現在も広言していますが、実際に試合資金を提供してプロモーターを務めたのはザイールのモブツ大統領でした。アリ×フォアマンを開催し、全世界に衛星中継するという、どハデな国家宣伝を行った独裁者モブツは、97年に失脚するまで30年以上大統領を勤めました。コンゴ民主共和国がザイールという国名だったのはモブツ独裁の26年間だけで、アリ×フォアマンによって現代史の1ページに名前を残すことになりました。

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徴兵っちゅうのは白人が黒人を黄色人種と戦わせて先住民から奪った国を守らせるってことだろう!

 アリはキャリアのピークとなるべき期間を、徴兵拒否による裁判闘争で棒に振っており、「あの期間試合が出来ていたらなあ」というマニアも未だに多くいます。実際当時も「意地張ってないで、ボクシングするために兵役にいけよ」という人は多かったそうです。「後方の任務に行けるようにするから」というような働きかけもあったのだとか。だがアリは頑として我を曲げず、裁判を戦い抜きました。アリの不屈のイメージはこの時の裁判闘争から生まれたものだと思います。

 KOラウンドの予告や、アリラップといわれた詩の朗読、時に露悪的ともとれる対戦相手への罵倒などのいわゆるキャラクター作りは、当時の反差別闘争の高揚とセットで考えなければ理解できない部分が多々あると思います。ザイールでの試合も「黒人によるビジネス」の模索の一環でありました。黒人によるビジネスにこだわりにすぎた結果、ドン・キングに偉い目に遭わされたりするわけですが…。

 彼の巨大さはなかなか語りつくせないですが、今後も様々な評伝や研究書が出てくると思うのです、それを楽しみに待ちたいと思います。

 ケン・ノートンの人生が壮絶すぎて驚いた(旧徳山と長谷川が好きです)