先日お邪魔したJリーグの差別事件を巡るシンポジウム(記事はこちらから→スポーツ団体のガバナンスを考える )でパネラーを勤めておられた、ジャーナリストの木村元彦氏。私もベストセラーになった「オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える」は読んでおりました。
件のシンポジウムで、氏のスポーツや社会を巡るふっか~い見識にいたく感動した私は早速アマゾンで氏の著作を何作か取り寄せて読み始めたのですが、その中の一際印象的だった一冊をご紹介致します。その本とは『争うは本意ならねど ドーピング冤罪を晴らした我那覇和樹と彼を支えた人々の美らゴール』でございます。
この本は、発生当時大々的に報じられた、当時日本代表FWでもあったJリーガー我那覇和樹選手のドーピング冤罪事件の顛末を緻密な取材と確かな見識で描いた傑作。スポーツ団体のガバナンスや選手の健康問題、スポーツ報道のあり方など多様なテーマをこれでもかと緻密な取材で掘り下げた労作であります。
かくいうこの記事を読んでおられる皆様におかれましても「我那覇ってドーピングで出場停止になった人でしょ?」という認識をお持ちの方もいるかもしれません。疑惑の報道は瞬く間に広がりましたが、その後の名誉回復を巡る長い戦いとその顛末は余り報じられることはなかったからです。
事の発端はサンケイスポーツの誤報でした。当時所属していた、川崎フロンターレのチームドクター後藤医師が、風邪をひいて体調不良だった我那覇選手にほどこしたなんてことはない点滴治療を、サンケイスポーツが取材もなしに「にんにく注射でパワー全開」というヨタ記事にしてしまい、我那覇とチームドクターにあらぬ嫌疑がかけられます。この報道が出たことでナーバスになったJリーグ機構は過剰反応。処分ありきで事態は進行し、当時サッカー協会長だった川淵三郎氏は事実関係の調べも終わらない段階で出場停止に言及し、我那覇と後藤医師は窮地に陥って行きます。結局6試合の出場停止と言う処分を受けた我那覇選手は日本代表の地位もチームのレギュラーポジションも無くし、後藤医師はJリーグ機構との軋轢を恐れるチームのフロントから暗に退職を勧奨されます。
この理不尽な事態に対して最初に声をあげたのが、チームドクター達でした。Jリーグ各チームのドクターは全員一致で声を上げてJリーグ機構に抗議します。正当な医療行為がドーピングとなれば、選手の健康管理に重大な影響をきたすのだから当然の対応であります。実際にドーピング違反を恐れて、静脈注射を打つことを躊躇したことで、骨折した選手の出術が先延ばしになったり、海外での食あたりに何ら有効な手段が打てないと言う事案が発生するにいたってチームドクターの危機感は最高潮に達します。
この問題の背景にはJリーグの医事のトップである青木治人氏がドーピング違反のガイドラインを誤解している(実際は理解していたのに意図的に無視していた可能性も言及されています。どっちにしろひどい話)ことがありました。正当な医療行為による静脈注射に際しては、医師の判断を尊重するという原則があるにもかかわらずそれを認めない青木氏の態度は余りにも頑迷で、チームドクターは困惑します。青木氏はチームドクターとの議論では論理的に完全に敗北したにも関わらず、一度下した処分を撤回することは絶対に認めようとしません。そもそもチームドクターを統べる青木氏が、同時にドーピング違反をとりしまるのは利益相反ではないのかと言う根本的な問題もあります。当時アンチドーピング機構にサッカー協会が加盟していないかったことも事態をより混迷させていきます。
チームドクターはあらゆる人脈を駆使して処分撤回の策を巡らせますが、Jリーグとサッカー協会はあくまで間違いを認めず平行線。いよいよ万策を尽きたかと言うその時、ついにチームドクターからの説得に応じて我那覇選手本人が自ら潔白を証明するために立ち上がります。「子供にルール違反をした父親だと思われたくない」という一心から表舞台にたった我那覇選手は自らの潔白を訴え、Jリーグ機構と正面対峙します。我那覇本人が立つことによって、この問題をスポーツ仲裁に持ち込むことが可能になったのです。
時同じくしてあるチームドクターが元Jリーガーの国会議員に陳情して、この事件が冤罪であることを訴えたことで、この問題について国会質問が行われます。国会質問はサッカー協会の監督官庁である文部科学省を動かし、Jリーグは文科省からの指導を受けて渋々仲裁に応じる姿勢を見せます。ただしJリーグ側の回答は「その舞台はスイスにあるスポーツ仲裁裁判所(CAS)に限る」というものでした。日本のスポーツ仲裁機構でなら数万円ですむ訴訟費用が、CASでは莫大なものとなります。これは明らかに我那覇サイドに訴訟を断念させる作為があるものでした。しかし悩みぬいた我那覇はその条件を飲みCASでの仲裁に全てをかけることになります。翻訳費用や弁護士費用などの膨大な個人負担は3000万円以上にも及びます。国際基準に照らせば負ける要素が無いと分かっていても敗訴のリスクはゼロではありません。
そんな我那覇を支えたのは出身地沖縄のサッカー関係者やJリーグのサポーター達でした。沖縄の支援者は募金と引き換えにちんすこうを渡す『ちんすこう募金』を考案し、フロンターレのサポーターと連携してJリーグのスタジアムの試合開催日に募金を募り一千万円近い額を集めます。
肝心のCASの裁定は我那覇の完全勝利。裁定に際して「我那覇サイドの弁護士費用として2万ドルを弁済するように」という過去に例のない付加条件まで加わったものでした。
しかし未だ持ってJリーグ機構は我那覇に謝罪もしていないし、チームから取った制裁金の1000万円も返還していません。自分達は間違っていないと言う姿勢を崩していないのです。
木村氏はこの事案は「我那覇問題」ではなく、「青木問題」「鬼武問題」「川淵問題」だと言います。ドーピング違反の汚名を着せられ、チームでのレギュラーポジションも、日本代表の地位も失い、2000万円以上の自己負担を強いられた我那覇選手の払った犠牲は余りに大きなものでした。ただそんな彼を救ったのもまたサッカーに関わる人たちでした。チームドクターや元選手、ジャーナリスト、他チームの経営陣、チームメイトや選手会、そして故郷の仲間達こそが、迷走するJリーグ機構と対峙して『フェアプレー』『プレイヤーズファースト』という理念を守ったと言えるかと思います。
さてこの本を読んで私が否応無く想起したのはやはりボクシングのことでした。
ずっとこのブログでも触れてきた大沢宏晋選手のことです。当時世界ランカーだった大沢選手もまた理不尽なサスペンドによって多くのものを失いました。ただ我那覇選手のケースと違うのは、気に入らない職員を排除するための下らない裁定であると分かっていながら、異議を唱える関係者・ファン・ジャーナリストがほぼ皆無だということです。
健保金の問題とて同じことであります。医療費目的の積立金を違う目的に流用することは、選手の生死に関わる話です。医療行為を制限されることで選手の健康に重大な影響が出るという危機感を共有し一致団結して戦ったJリーグのチームドクター達のような危機感は無いのでありましょうか?
谷川俊規氏の懲戒解雇が撤回されたことを見れば、大沢選手のサスペンドに根拠が乏しいことは明らかです。ヨタ記事で大沢選手や谷川氏を中傷したボクシングマガジンと、そのネタ元となったボクシングジャーナリストを自称する御用ライターは、選手を貶めて権力に媚びることで一体何を手に入れたのでしょうか?
木村氏のような本物のジャーナリストと御用ボクシングライターの彼我の差は一体なんなのでありましょうか?ボクシングライターの質的な低下は目を覆うばかりであります。そして理不尽な目に遭った選手に寄り添うような関係者もファンもいないことは、ボクシング界の質の反映だといったら反感を買ってしまうのでありましょうか?
ボクシング界の書き手の質も下がってるよなあと本好きとして悲しい(旧徳山と長谷川が好きです)
もうあれから7年経ちました・・。
世論を巻き込みボクシング界を揺るがせた大事件。
WBC世界フライ級タイトルマッチ 亀田大毅による反則がセコンドの指示によって行われた事が明るみになったのは2007年10月の中旬になる頃でした。
これによる亀田大バッシングは背景としてその前の年、亀田興毅が対カルロス・ボウチャン戦で見せた執拗なローブロウなどの明らかな反則が多くのファンの脳裏に残っていたのでしょう。
その後、この一家ならなんでもやりかねない・・事実も憶測も含めて、ひとつのレッテル即ちキャンペーンが張られるようになりました。
(その中でこの僕自身も糾弾の当事者、謂わば急先鋒の一人であった事は回想録で触れてあります。)
さてと皆さん、このテレビ映像はご覧になった事がありますか?
輪島さん、ガッツさん、薬師寺さん、座談会。
亀田問題を切るというテーマでしたが、視聴者を意識したバラエティ番組に近いものになってしまったのが残念ですが、概ね冷静に分析されてましたね。
輪島さんの「やらされていた・・選手に罪は無い・・早いリング復帰を」
僕は当時この発言は到底受け入れる事は出来ませんでした。
「どうであれ選手も反則と解ってやったはずだ!」
輪島さんは今でもポリシーとしてそう思われているのでしょうか?
https://www.youtube.com/watch?v=UW_IsPAgfEo
https://www.youtube.com/watch?v=we4yFD_BaTM
その後、騒動は一向に収束を見せずあらためて会見が行われました。
皆さん、これは覚えていらっしゃるでしょう。
亀田興毅 謝罪会見「亀田家の長男として、亀田家の代表として・・」
https://www.youtube.com/watch?v=44x4dSQ6-OQ
当時、自分もこのテレビ中継の模様を仕事の手を休めて見ていました。
亀田興毅二十歳、この時大毅は十七歳でした。
精一杯の受け答えをしている様子は伺えるものの「なんで父親が出て来ないのだ!」
ファンの怒りはリングとは別の方向へと向かって行きました・・
今や10年ひと昔。
思えば亀田亀田と血眼になって、取り返しのつかない時間を過ごしてしまいました。
そろそろ余分な荷物は少しづつ片付けて行こう。
歳のせいもあってか三年ほど前からそう考えるようになりました。
決定的だったのは・・
あるボクシング関係者が「利用するだけ利用して、亀田ひとりを悪者にしてしまった。僕らがそうしてしまったんです」との言葉でした。
考えてみればリングのこと以外、亀田兄弟には個人的には何の恨みも無いばかりか会った事すらなかったわけで・・事実は事実として、憶測伝聞を排して一度は真正面から亀田と対峙しなければならないのではないか?
もしかしたら、自分の他にもそう考えるボクシングファンがいるかも知れない。
このブログの投稿欄でも一方的な情報だけではなく亀田にも直接聞くべき。との後押しもあって・・
9月24日に比国キャンプから戻るとの情報がありましたので、翌25日に電話で連絡。
そして26日の夜に東京三軒茶屋にある亀田プロモーションに行ってきました。
選手に会う事はすれ違いで出来ませんでしたが、関係者に話しを伺う事が出来ました。
此方としては、これまでの9年間に及ぶ経緯を僅か3時間では到底語り尽くす事は出来ず、ファンとしての思いが伝わったかどうか?でしたが、改めて取材と言う形で訪問する事になりました。
数日後、丁寧なメールが送られて来ました。
アメリカでの試合後、是非、取材をお願いいたします。
選手たちがリングの上で結果を出して行くことによって、アンチ亀田ファンの方々にも認めて頂けるよう頑張って参ります。今後とも宜しくお願いいたします。
亀田プロモーション
(※抜粋)
さて、11月1日にシカゴで和毅選手のWBO王座統一戦があります。
これは亀田家としても虎の子のタイトルを賭けた大一番で今はこれに集中したいとの事でしょう、次の訪問はその帰国を待って直ぐにということになります。
そこで、あらためて亀田プロモーション、また選手に聞きたい事、あるいはご意見などを募集したいと思います。
投稿欄、またはブログ宛てメールでも結構ですので、どうぞ宜しくお願い致します。
B.B
先ごろ自らが保持する世界タイトルの返上を巡って、所属ジムとトラブルになり結局移籍した真道ゴー選手。
その真道選手の移籍トラブルについて触れた、ジョー小泉氏によるレポートがFightnews.comに掲載されたのですが、ちょっとバイアスがひどいといいますか、余りに真道選手に酷な内容でありまして、私の周囲の関係者も「これはあまりにも書き様がひどいんじゃないの?」と疑問を呈するシロモノ。まずは以下のリンクから記事をご覧下さい。
こちらから
さすがジョーさん英語力はJBCとは比べ物になりません(笑)。ですが記事の内容は失礼ながら見事とは言いがたいかと...。
真道選手とクラトキジムとのトラブルを感情論であるかのよう印象付ける書き出しからおかしいと思いますが、記事の内容自体がジムサイドにベッタリで、真道がワガママで無軌道だという印象を与えようと言う作為がアリアリ。これを読んだ海外の関係者は『経済的に支援し、チャンスを与えて来たジムに後足で砂をかけるようにして出て行った真道』という人物像を否応無く抱くことになります。選手の保持するベルトを本人の承諾なしに返上すると宣言してしまったジムサイドには落ち度は無いのでありましょうか?『真道は自身の栄達を追求するばかりで、日本のボクシング界に貢献していない』旨まで書いてますが、競技に打ち込んで世界王者になることは貢献ではないのでしょうか?
根本的な問題として、ジョーさんは『殿堂入りマッチメイカー』と紹介されることが多いですが、殿堂入りの理由はジャーナリスト活動であり、ファイトニュースにおいてはジャーナリスト・ライターと言う位置づけです。はたしてこれを読んでいる海外の読者はジョーさんがトラブルの当事者であるWBCに顔が利くマッチメイカーで、ボクシングビジネスのステイクホルダーであり、下手したら真道の試合を組んでた利害当事者の可能性すらあるという事情を知悉しているのでありましょうか。もし真道が移籍することでビジネスの機会を喪失したマッチメイカーが書いてる記事だとしたらそれは報道・評論だといえるのでしょうか?
ジョーさんは過去の日記で「マッチメイカーであることと、ジャーナリストであることは両立しない」と書いておられたように記憶していますが、それはまさに至言であると思います。亀田を巡る論評のスタイルがコロッと変わってしまった事情もご自身のビジネス的なスタンスによるもんじゃないのか?と思えてならないのですが...。
それとこの記事、アップされた時点では「世界王者になれたのは自分の努力の結果で、ジムのサポートは関係ない」という旨の真道のコメントが引かれていて、私は「本当に真道はこんなこと言ったのかなあ?」と疑問だったのですが、今記事を読み返したらそのコメントは無くなってますね。何があったのでしょうか?
とはいえ記事中の 「日本では女子ボクシングの人気が無いから経済的に回っていかない」と言う分析自体は正しいと思います。地方ジムをとりまく不利な興行事情もその通りでしょう。福岡を拠点にしていた山田選手の『防衛せず引退』も真道選手と同様の原因により起こったことなのだろうと推測されます。首都圏を拠点にする小関選手と、JBC加盟前から積極的に女子ボクシング興行を行っていたフチュール勢と言った例外的存在を除いて、女子ボクシング興行を巡る状況は依然厳しいものでありましょう。昨年には契約書を交わしていた選手が来日せず世界戦の認可が下りないと言うトラブルもありましたが、来日しなかった選手にすれば、ファイトマネーや移動の苦労を天秤にかけてより良いオファーを取ったと言うことなのでしょう。
世界王者を持っていても経費ばかりかかって少しも回収できない、思ったような見返りが得られない。そこからジムと選手の間に秋風が吹き始め...。しかしこれ女子ボクシングに限った事情でもなくなってきてるのではないか?と思えるのです。
例えば佐藤洋太選手が選択防衛試合を国内開催にもって来れず陥落し、そのまま引退したケースなど明らかに経済的な理由だと思われます。ガソリンスタンドでのアルバイトをしながら防衛を続けていた佐藤選手の経済事情は推して知るべしと言うところでありましょう。三浦隆司選手や内山高志選手も試合が組めず年間一試合ペースとなっています。普通に防衛戦を重ねていてもビジネスとしては回っていかないと言う現実。河野公平陣営が亀田興毅との対戦に拘っているのも、戴冠時に投資した資金を回収したいという動機ではないでしょうか?世界戦で日本人対決が増えているのも、チケット販売や経費の面でローリスクだからです。
一方世界挑戦の列に並ぶ選手を見てみても、長期防衛してもサバイバルマッチに勝っても世界戦が出来ないという状態です。野生的な倒すボクシングに、端正なルックス、強烈なキャラクターも兼ね備えた和気慎吾選手など世界戦を待望されていながら未だにチャンスは来ません。同じくスーパーバンタム級の日本王者大竹秀典選手も日本タイトルを返上。もはや日本タイトルやOPBFタイトルも興行を打てないジムの選手にとっては長期保持するメリットが無くなって来ています。
世界挑戦にまつわる経費負担は重いのに、タイトルをとっても思ったように稼げない。これでは小さいジムの選手はワリを食うばかりです。
そしてこのような構造不況の中で体を張っているボクサーに対して、見返りの無い状態での「ハードなマッチメイク」をただ求めているだけで良いのか?と言う疑問も浮かびます。
ファンはちょっとジムや選手の経済事情を無視しすぎなんじゃないのと感じる(旧徳山と長谷川が好きです)