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HARD BLOW !

秋の読書感想文 

 ちょっと面白い本を読んだので御紹介を 

 その本は『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』です

 ボビー・フィッシャーは1972年に29歳でチェスの世界チャンピオンになったアメリカ人。冷戦の真っ只中だった当時、ソヴィエト・ロシアの国家的バックアップを受けたインターナショナルマスターに支配されていたチェスの世界で、フィッシャーが次々とロシア・東欧の強豪を倒して世界チャンピオンになったことでアメリカでは爆発的なチェスブームを起きたそうです。しかし彼はいわゆるありがちなアメリカンヒーローではなく、極めてエキセントリックで偏屈な性格から次々とスキャンダラスな事件を起こし、隠者のような人生を送った正真正銘の奇人でした。

フィッシャーの出生はナゾに包まれており、実の父親は定かではありません。スイス生まれでユダヤ系の母親はノーベル賞学者の秘書をしていたようなインテリで、フィッシャー自身もIQ180の天才児でした。姉からもらったチェス盤によってチェスに触れたフィッシャーはあっという間にのめりこみ、早熟の天才として名をはせて国際舞台へと飛躍していきます。しかし当時のチェス界ソヴィエト・ロシア勢の天下。彼らは同国人同士の対局では戦略的な引き分けを多用し(チェスには引き分けがある)タイトルをロシアから出さない。ロンドンオリンピックのバトミントン競技みたいなもんですな。そんな状況下でフィッシャーは超攻撃的なスタイルで孤軍奮闘し、挑戦者決定のリーグ戦を制して、ついに世界チャンピオン、ロシアのスパスキーへの挑戦権を掴みます。対局の場所はアイスランドのレイキャビク。そう、ゴルバチョフとレーガンが会談し冷戦を終わらせたあそこです。しかしその念願のはずのタイトルマッチを前にフィッシャーは奇行を連発。運営や対局条件に次々とインネンをつけて頑としてアイスランドに行こうとしません。ついに一局目の対戦をすっぽかし、チェスファンから「アイツは負けたくなくて逃げてるんじゃないか?」と轟々たる非難を浴びてしまいます。フィッシャーが不戦敗になれば国家の威信に関わると判断したアメリカ政府はニクソンやキッシンジャーまで担ぎ出しフィッシャーを説得。フィッシャーは最終的に愛国心と名誉欲に突き動かされて対局に臨み、緒戦の不戦敗のポイント差を逆転し見事に世界チャンピオンとなります。

 普通ならここから人生が好転するはずなんですが、彼が特殊がなのはここからひたすら転落を続けるところ。

 魅力的なビジネスのオファーを断り(彼は自分の名前を使った出版やトークショー、テレビ番組などのビジネスで他人が金を稼ぐのを許せなかった。他人が儲けるくらいなら自分の実入りはゼロの方が良いと言う極端な感覚だったらしい)人々の前から姿を消してしまう。本業のチェスでも、「完全決着」を主張し引き分けを含むルールの変更を主張。最終的に世界王座の防衛戦を拒否して世界チャンピオンのタイトルを捨ててしまい、それ以降正式な対局を一切辞めて世捨て人のような暮らしに入ってしまいます。何と言う極端さ。彼の精神状態は屈折の度を深め、自分がユダヤ系なのになぜかユダヤ陰謀論へと傾倒し、公共の場で差別発言をして物議をかもします。ソヴィエトのスパイに暗殺されるという妄想にとりつかれたかと思えば、経済制裁中のユーゴスラビアで賞金マッチをやってアメリカ政府の怒りを買い(この時の賞金が彼の後半生を支えた。賞金を出したのは武器商人で詐欺師)、パスポートを止められて空港で逮捕され…という後半生はぜひ読んで頂きたい。日本との関わりにも驚きます。この本は日本での衝撃的なシーンから始まるので…。フィッシャーが対戦条件や舞台設定に拘るところでは、パッキャオ×メイウェザーの対戦交渉でのアレコレを連想してしまいました。

 巻頭の「はしがき」で著者フランク・ブレイディーさんはバージニア・ウルフの「伝記は六つか七つの人格を描いてはじめて完全といえるが、実際の人間が持っている人格は、千をくだらないだろう」と言うニクイ一言を引用していますが、本書もまっことそういう本であります。羽生善治さんの後書きも良かったです。

 私は麻雀や将棋と言ったゲームがとてつもなく弱いです。弱さのタイプとしては『相手を観察せず、自分の手元ばかり見てるタイプ』です。だからこそ、そういう対人ゲームが強い人に強い憧れを抱いて生きてきました。逮捕報道が風物詩と化している清水健太郎主演の『雀鬼シリーズ』をイッキ見してたら正月休みが終わっていたこともあります。あの「ロ゛ン!マ゛ン゛ガン゛!」という発声全てがダミ声のセリフ回しが忘れられないなあ。シミケン演じる雀鬼桜井章一は必ず劇中一敗地にまみれ(私生活と同じく)壁にぶつかっては、桜井章一本人が演じるホームレスのオッサン(セリフ回しは壮絶な棒読み)に人生相談し悟りを開き対局に赴く。毎回展開が同じなので自分が今パート何を見てるか分からないという時空の歪みから徹マンしてるときのような心理状態になれるのがとてもイイ。

 SM小説の大家にして将棋マニアの団鬼六先生のノンフィクション『真剣師小池重明 』は出版当時本好きの間では大変な話題となりましたが、評判に違わず内容も素晴らしいものでした。角落ちで大山康晴に圧勝した(対局当日の朝はケンカで留置所にいた!)という異能のアマチュアの人生はデタラメと呼ぶに相応しいものですが、晩年彼と親交のあった鬼六先生は小池の将棋に関する怪物性・天才性と自堕落な性格をありのままに描いて一級の評伝としています。

 ゲームを描いた面白い映画や本があったら是非教えて頂きたいと思う(旧徳山と長谷川が好きです)