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HARD BLOW !

不思議なボクサー久高寛之

久高寛之の4度目の世界挑戦が近づいている。

久高は不思議なボクサーだ。
これまで22勝(10KO)10敗1分けとけして褒められた戦績では無い。
閃きを感じるものの、ずば抜けた才能を持ち合わせているとも思えない。
「彼は恵まれていますよ」と言う選手もいる。
しかし、4度も世界挑戦を可能にしたのは彼の中にきっと何かがあるはずだ。

もう6年も前の話しだが、久高のマニラでの試合を見たセブ島出身の比国人トレーナーが語った。「この日本人は世界も狙える素質がある。ハートのあるグッドボクサーだ。僕が教えたいと思った」マニラ遠征でウィンデル・ハニオラに1-2の判定で借敗した試合だったが、「あれは地元判定。ヒ・サ・カ・タの勝ちだった」と冷静で辛口な比国人が社交辞令で無く褒めていたのを想い出す。

久高のキャリアを振り返ってみよう。
2002年9月のプロデビュー戦を初回KO負け。
次戦も判定で落とし痛い連敗スタートだったが、突然に変身したかのようにこれを帳消しにしてしまう活躍を見せる。以後引き分けを挟んでの10連勝で全日本フライ級新人王獲得。MVPに輝くと共に一躍関西のホープに成長。
この勢いで臨んだ東西新鋭対決では後に世界王者となる清水智信に完敗し早くも底を見せてしまった感もあったが、この辺りから彼の不思議なキャリアが始まる。
約半年後には地元大阪で世界ランカーのバート・バタワン(比国)相手に再起戦。
ベテランに対して臆することなく積極的に攻め、ここまでのキャリア50戦で一度もKO負けの無かったタフな比国人を2Rまさに右の一撃で戦闘不能に。
勘の良いボクシングに一定の評価はあったが、非力と見られがちだった久高の中にこれまで眠っていた“天性の右強打”が覚醒した瞬間だったのではないか。
バタワン戦後5連勝を飾り日本タイトルを狙う久高だったが嫌な相手が待っていた。
フライ級王座決定戦の相手は曲者、吉田健司。
本来は綺麗なボクシングで勝利を目指したい久高にとって、もっともやり難いスタイルを吉田は持ち味としていた。というよりハッキリ言ってこの頃の吉田のボクシングはゲームにならないほどのラフファイトになっていた。
久高にはおそらく理想とするボクシングがあったのだろう。
防御勘にも優れ、綺麗な左のリードからスッと体を寄せ右の強打を叩き込むボクシングは剣豪の様に鮮烈だ。
しかし、頭から突進してくる相手にはこれを捌き切る足が無く、ペースを取られると途端に伸び伸びとした本来のボクシングを忘れてしまう。
初回から吉田の戦法に巻き込まれ、最後までボクシングと言えない試合に敗れた久高はこれ以降、剣ヶ峰の戦いを強いられる事になる。
マイペースで試合を作れないと途中で諦めてしまったかのような試合が度々見られた久高。
陣営は精神面の脆さを克服させる為か、海外遠征などでハードなマッチメークを組み続ける。
タイでは無敗のパノムルンレック、比国では冒頭に挙げた世界を目論むハニオラと持ち味は発揮したものの判定負けで3連敗と苦難の道が続く。
しかしこの遠征試合で自信を付けたか、次戦では世界ランカーでオーストラリアの強豪フセイン・フセインを大阪に招き文句無い判定勝ちを見事に納め、これが認められて2008年7月に坂田建史の持つWBAフライ級王座に挑戦につながった。
世界初挑戦の舞台で実力が開花するかと期待したが、全盛期の坂田の猛攻に後手を踏み大差の判定負け。欠点である攻めるべき時に攻め切れない消極性が頭をもたげた。
しかし、直ぐに再挑戦のチャンスが訪れる。
再起戦をTKOで飾ると、2009年5月、前年の大晦日に衝撃的なKO勝ちで坂田から世界を強奪したタイのデンカオセーンの初防衛戦の相手として選ばれたのだ。
王者陣営からは組みし易いアンダードッグと見られたのだろう。
しかし、ここで久高は意地を見せる。
試合前から王者の計量疑惑など敵地での洗礼を浴びながら、ラフファイトを繰り返すデンカオセーン相手に最後まで互角以上に渡り合ったのだ。だが、結果は1-2と割れたものの無念の判定負け。
終盤には減量失敗からかクリンチとレスリング行為を繰り返すデンカオセーンには減点が与えられ、王者のプライドも戦意までも喪失させたが遂に倒し切れなかった。
5ラウンドに得意の右で奪った明らかなダウンはスリップと判定されるなど不運も重なったが自分の採点では2ポイント以上久高が勝っていた。
中盤、そして終盤の4ラウンドは為す術の無くなった王者が老獪にクリンチを繰り返しながら体で押してはいたが、これに攻勢点を付けられるような事があってはならないのだ。
久高は体で押し負けた場面は重なったが、有効打を競うボクシングにおいては明らかに上回っていたと思う。
しかし、もどかしい。
決定打を許さない防御勘に優れてはいるが、世界を獲るにはやはり“決め手”につなげる何かが足りないと思えたのも確かだった。

ところが彼は浮き沈みの激しいそのキャリアの中で、またもやその素質の片鱗を見せるのだ。
翌年、28勝無敗で世界一位にまで登り詰めていたパノムルンレックを敵地で見事にノックアウト。3年前の雪辱を果たすと共に世界挑戦の切符を再び手に入れた。
得意の体をスッと寄せての右ショート一撃で試合を決めて見せたのだ。
久高の持つ最大の魅力がこれだ。

パノムルンレック第2戦
http://www.yourepeat.com/watch/?v=jBZDBR3YiNE
このタイ人は後に亀田興毅に試合内容で勝ちながら、不可解な判定で敗れる選手なのだが・・余談だが亀田選手の世界での実力を測るには良い材料だろう。

パノムルンレック戦で世界ランカーの実力を示した久高は続く3度目の世界挑戦では一階級上げてWBAスーパーフライ級王者のウーゴ・カサレスが相手だった。4ラウンド右で、5ラウンドには左フックで追い込むも右に左にスイッチする老練な王者を攻めあぐみ、大差の判定を失った。あと一歩に何故「そこ」で行かないのか!という再びのもどかしい試合だった。
しかし、久高いわく「これほど打ち込まれた事は今まで無かった」と消沈するほどに精一杯の試合だったのだ。
けれども心は折れていなかった。
元世界王者のソニーボーイ・ハロに明白な判定で勝ち4度目の挑戦が訪れた。

明後日の8月24日、敵地アルゼンチン。
王者側としてはデンカオセーンが久高を挑戦者として選んだ時と同じだろう。
ここ最近は若手のエネルギッシュな攻撃と闘志を持て余し気味の王者はもう38歳だ。はるかに格下を選んだとしても王者の権限でもある。
しかし、そんな事はどうでもいい。
過去3度の挑戦に失敗している久高にとっては願ってもないチャンスなのだ。
ビデオを研究し難攻不落では無いという久高陣営も終盤に勝負をかける作戦なのかも知れない。

相手はWBOジュニアバンタム級王者、アルゼンチンの“ハリケーン”オマール・ナルバエス
BOXRECのこのクラスでのレーティングhttp://boxrec.com/ratings.php?sex=M&division=Super+Flyweight&pageID=1
ではIBF王者WBA王者に次いで3番手にランキングされてはいるが、これはどうだろう?
自分は実績や相性などから見ても、現時点でのスパーフライ級最強と思われる。
ちなみに元王者のハロを破った久高は12位の評価を受けている。
何れにしてもナルバエスは、これまでフライ級王者時代を含め通算23度の防衛を果たす正真正銘の強豪だ。
異名通りの嵐のような左右フックの連打を得意とする、典型的なアルゼンティノタフファイターだが、上体を前後左右に小刻みに振って相手に的を絞らせないテクニシャンでもある。その風貌はかつての“小さな英雄”パスカル・ペレスを思わせる。
アマチュアからプロ入りし2002年に僅か12戦目でフライ級王座を獲得すると、
2007年にはシドニーオリンピックでフランスボクシング界に64年ぶりの金メダルをもたらした後のWBAライトフライ級王者ブライアン・アスロウムを撃退。その後オマール・ソトらを下して16度の防衛に成功。
ビロリアの返上で空位となったJrバンタム級王座をニカラグア人と争い二階級制覇。
一昨年にはボクシングキャリアの集大成として一階級上のノニト・ドナイレの持つWBC、WBOバンタム級王座に挑戦。36歳にして米国初デビューとなったが、これは流石にフルマークの判定で見せ場も無く敗退。タフネスを発揮して比国の閃光を手こずらせたものの、大舞台でのその消極策には批判が加えられた。
しかし、これは相手が相手だけに仕方が無い。一か八かに打って出ればノニトのそれまでの対戦者と同じ結果が出ていた筈で、これが最後の試合になったかも知れないからだ。
ナルバエスは舞台を再び国内に戻して自身の持つ王座の防衛を手堅くこなし現在7度の防衛を果たしている。
久高にとってナルバエスは老いたりといえども、キャリアとその老獪な試合運びは侮れない。
しかも、地元びいきが特にひどいアルゼンチンでは倒し切らない限りは勝ち目は無い。
これまでタイ、フィリピンでアウェイの洗礼は受けて来たがその比ではないだろう。
久高としては機を見てあの右の一発を決めるしかない。

世界のあと僅か一歩の壁を越えられない挑戦者は星の数ほどいた。
正直、久高もその一人だと思う。
しかし、久高は飄々として強者を恐れない。
低い壁は越えられる。だが壁が高いからこそ挑戦する価値がある。
それこそがボクサーだからだ。

久高寛之は今月16日に地球の裏側に飛んだ。
結果を待ちたい。

B.B

参考映像:ナルバエスvsジョニー・ガルシア戦 第11ラウンド
http://www.youtube.com/watch?v=wJWZie0ZXp4