FC2ブログ

HARD BLOW !

西麻布にて

旧徳さんのいち早い情報のおかげで金メダリスト村田諒太トークショーに行って来られました。
ありがとうございました!

記事は本業が忙しいウチ猫記者に無理やりお願いしましたので、お願いします(笑

まぁとにかく普通のちょっとヤンキー入ってたあんちゃんが金メダル取っちゃったって事で、そんなに騒がないでくださいよ。ま、それもあと3ヶ月くらいなもんでしょうからってな感じで始まりしたが・・

大偉業を果たしたにも関わらず、メディアも含めて勘違いしないでくださいね!と言うあたりは頭のいい人だなと。
一貫したボクシング観はプロの業界の方々にも選手にも是非とも傾聴して頂きたい。
耳の痛い話ではありますが、ファンもしっかりと受け止めていかなければならないと思います。

皆が聞きたかった事、プロ入りは考えているか?には

「それは0(ゼロ)です」と言い切りました。
この理由がふるっている訳なんですが、それは深夜に上がるはずの記事にて

あとひとつ、南京都高校(通称ナンキン)時代の恩師、武元前川先生との師弟愛は今どきの先生や親に考えさせられる部分が大きいと思いました。
武元先生の教えないで教える「生徒に気付かせる」教育方法はいやまじでさんの考える部分にも共通するのでは。

その関係はコミカルでハートフルで武元先生亡き後も村田諒太の心に深く関わり続けているようです。
「オリンピック2日目の夜に武元先生が夢枕に立ったんですけど何も言ってくれない。朝起きると自分泣いてるんですよ。けれども今でも傍に居てくれていると感じた時、(五輪特有のプレッシャーによる)怖さなど吹き飛んでいたんです」

思春期に関わった人間が如何に大事なことか親としても考えさせられるひとコマでした。



その後、折角ギロッポン(死語)まで行くんだからコウジ有沢さんの職場も見ておかなくちゃというわけで西麻布の寿司屋に行って来ました。
ボクシング談義を思いっきりやってきましたので当たり障りの無い所で、それも写真と共にご紹介したいと思います。

これもウチ猫記者にフォームを決めて貰ったあと、僕もそこに書きあげたいと思います。
なんかいつもおんぶにだっこでスミマセン。

さて、色男・有澤幸司の前で「女論」を調子ぶっこいてた僕でしたが確信犯的朝帰りをした後、ウチ猫さんの予想通り我家の今後についての緊急トークショーが某所で行われました。

今回のテーマは引き続き「ボクシングは家庭ひいては人生において本当に必要なのか?副題として女はそこにいるのか!」でした。

僕もこれまでになく真摯な態度でテーブルにつき、彼のキム君にならい対話路線を目指しましたので今すぐ紛争とはなりませんでしたのでご安心を(笑

B.B

夏の読書感想文

 オリンピックイヤーに相応しいドキュメントをたまたま続けて読んだので少し感じたことなどを…。
 その本は増田俊也さんの「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」http://goo.gl/OCDUsと柳澤健さんの「日本レスリングの物語」http://goo.gl/H6mTQの二冊

 まず前者「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」はそのエキセントリックな書名、木村政彦が正面から睨みを効かせる表紙写真、二段組700ページのボリューム、そして平成も20年を遠に越えた今更昭和にワープして力道山×木村戦を徹底検証すると言うテーマの異様さも含めてどこを切っても奇書そのもの。でありながら、ベストセラーになり大宅壮一ノンフィクション賞まで受賞したという破格尽くめの一冊です。北大柔道部で七帝柔道と木村政彦伝説に出会った増田氏が(七帝柔道と高専柔道と講道館柔道の違いについては本書に詳述されているので是非参照されたい)「鬼の木村先生が力道山ごときに敗れるはずがない!」という強烈な信念を原動力にして、関係者への綿密な直当たり取材と膨大な文献の猟歩とを両輪とする暴走機関車に乗り込んで木村政彦の伝説を現代に蘇らせると言う使命へと突き進む!巨岩から石仏を削り出すようなダイナミックな筆致で綴られる木村と彼を巡る男達はまさに神話の登場人物のよう。まずは柔道の師匠である牛島辰熊氏。名前に三種の動物が入ってる時点で凄いインパクトですが、昭和初期の白黒写真からでも鮮明に伝わる鋭い眼光はまさに武道家そのもの。自身も日本最高クラスの競技者であった彼が持てるノウハウの全てを費やして木村を究極の柔道マシーンへと育てて行く。一方で牛島には石原莞爾の直系の亜細亜主義者という顔もあり、活動家を志し来日していた後の極真空手総裁・牛殺し大山倍達の師匠でもあったというじゃありませんか。力道山戦でセコンドについたという木村との縁は実は思想運動に始まっていたと言うから驚くばかり。戦前部分では師弟悲願の天覧試合での優勝がクライマックスですが、牛島のブレーキの壊れた薫陶で危うく東条英機暗殺のヒットマンにされそうになったりの行き過ぎた師弟関係エピソードも強烈。敗戦後のGHQによる武道禁止から柔道家が辿る苦難の運命と、なぜ講道館と柔連が一体化したという分析、柔術・高専柔道・プロ柔道の政治的敗北もデータのおさらいに終わらず人間ドラマとして読ませる。そしてブラジル日系社会の血みどろの抗争を背景としたブラジル遠征から生まれた伝説のエリオ・グレイシー戦のエピソードも新事実の数珠繋ぎ。海外遠征で外貨を稼いで巨万の富を得た木村はやがて日本で旗揚げされたプロレス興行に参加することで力道山と運命の邂逅を果たし、そしてクライマックスの世紀の一戦へとなだれ込んで行くのですが…。未だにその筋書きがなぞに満ちているあの一戦を総合格闘家や柔道家によって多角的に分析させることで浮かび上がる残酷な結論。余りにも狡猾でしたたかな力道山という怪物。事実が予見を遥かに上回ると言うことがノンフィクションの魅力でありますが、これはまさにその好例。そして愛弟子である岩釣兼生のプロレス入りのエピソードとグレイシー一族のブレイクによる木村の再評価が本書の余韻をさらに深いものにしています。虎死して皮を残すと言いますが、これはまさにその皮を作ってしまった本と言えるでしょう。しかし柔道って凄いですね。日本に来たプーチンが講道館で乱取りしたりするのがなんやかんや言って日本の文化の重層性だと思います。

 この木村政彦の柔道人生に対置される存在として「木村政彦は~」で何度も言及されるのが講道館の嘉納治五郎。その嘉納は実は後者の一冊でもキーマンとして登場しています。「日本レスリングの物語」はアントニオ猪木やクラッシュギャルズを題材に格闘技ノンフィクションに新たな地平を築いてきた柳澤健さんの最新作。「日本レスリングの歴史」でなく「物語」となっているところがミソであります。日本最初のIOC委員であった嘉納が柔道が正式競技になる前にメダルほしさに柔道家を派遣したのが日本のアマレスのオリンピックデビューであったわけです。安易にメダルが取れると踏んで参加したアムステルダムとロサンジェルス大会で柔道家が惨敗したことが日本のアマレスの原点になります。アマレスは柔道家の余芸で勝てるような競技ではないという厳しい現実を前に、レスリングをも支配下に置こうとする講道館(講道館内にレスリング協会を置こうと画策までした)を向こうに回し徒手空拳で選手育成を始めるアマレス界を牽引したのが八田一朗氏。時に私物化を言われながらも宮家を巻き込むような旺盛なアイディアと独裁一歩手前のリーダーシップで日本にレスリングを定着させていく。東京オリンピックの予行演習としての位置づけがあった東京世界選手権のグダグダの舞台裏や国交のない共産圏の選手をいかに来日させたかというエピソードは貴重な時代の証言となっています。しかしオリンピック以外の世界選手権やアジア選手権は派遣費用もなく選手は自腹で参加していたというのはひどい話です。期待のみ重くケアは薄いというマイナースポーツの宿命は未だに続く問題であります。モスクワオリンピックのボイコットやナショナルトレセン設立の舞台裏、そして女子レスリングのブレイクまで多彩な証言で立体的に浮かび上がるドラマはまさに『物語』。ですが描写は情緒に流れることはなく、アマレスのクライマックスであるオリンピックを参照しながら進む構成は資料的な価値も高いです。

 4年おきにオリンピックと言う『点』で上げたり下げたりされるのはアマボクも含めたマイナースポーツの宿命ですが、しかし近視眼的にメダルの数で一喜一憂するのでなく歴史観を持って眺めればスポーツの果たす役割が立体的に浮かび上がってきます。オリンピックを招致すればウン億円の経済効果がなんて生臭い話でなく、スポーツそのものが価値を持っていることが重要。経済効果云々いうならアテネ五輪やって経済がパンクしたギリシャや招致活動のスキャンダルで悪名が広がった長野やソルトレイクはどうなるの?って話ですよ.

 佐藤秀峰さんの著作権フリー化の衝撃(旧徳山と長谷川が好きです)