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HARD BLOW !

ファンの会発足・・ それでもボク愛

少し長くなりますが、ここからJBC問題が発端となった拳論発の市民団体の経緯、その騒動の真実を書き連ねてまいります。


さて、これまで身を隠すように振舞っていた私が、どのような形でワタシ自身を登壇させるかと考えている中で、ここしか無いだろうと思われるきっかけが突然に訪れます。

昨年の6月、彼(K記者)が数年追いかけていた「ヤマ」がとうとう世間に表出するのです。
これは、コミッション役員及び職員らによる告発と言うかたちで公けになったわけですが、ここにK記者も深く関与していたと思われます。
所謂、日本ボクシングコミッションY事務局長解任劇です。
その舞台裏で彼は何をしていたのか・・。

当時、K記者らの運営するそのブログでは、財団法人の現場のトップがいかにワンマンで職員の反感を買っていたか、それどころか愛人の雇用や金銭の私的流用、3.11震災時の職場放棄などが取り沙汰されていました。
これは改革派役員による、20項目にも及ぶ告発というふれこみでしたが、最悪法廷での争いになったような場合を考えると、戦う根拠としては、正直弱いのではないかとも思われました。
しかし、この告発と連動したようなタイミングで、Y局長と愛人とのスキャンダル写真が週刊誌に掲載され、これが引き金となって事務局長は解任となり、一件落着となったはずでした。
これは業界もコミッションも認めた事ですし、局長の人望が一部職員の中に無かったわけで仕方がない。
クーデターとも思われる強引な手法も組織の自浄作用と捉えれば大きな成果があったと思われました。

この解任劇に至るスクープの過程で、そのブログでは読者の間でも「ファンとして何が出来るか?」がひとつの大きなテーマになりました。それぞれがネットの向こう側で真剣に考えていた事と思います。
このブログの読者には、亀田問題とJBC問題は両者の癒着と連動していて、そして裏で操る人物らの影までもが数年に渡って刷り込みがされていましたから、一大事件と思われた事でしょう。
改革派役員と言われた方々が、立場や生活までも賭して立ち上がられたと聞き、これは絶対に負け戦さにしてはならない!ファンはここで何が出来るのか!と悩まれた人は多かったと思います。

私もここが正念場、ボクシングファンの価値が試される時、と覚悟を決めた一人でした。

そして、このブログ上で、ある有名ボクサーが発言したことがきっかけとなり、ついに有志が声を掛け合い集う事になりました。
抗議行動を誰に対して行うのか、デモ行動を起こすのか、署名活動を行うのか、業界関係者との連携は有り得るのか?方向性を決める上で重要な情報はどこから入手するのか?
拳論発となるファンの会の出発はまるで手探りの状態でありましたが、一から作る所にファンの会としての意義があると考えました。
特定の方向性を持った集団と認知されるならば、対立する意見の人らを巻き込む展開は難しい。そのブログは一部協会関係者から反感を買っている面もありましたから、これがバックボーンとされれば協会などの賛同も得難いだろうという思惑もありました。
ここは様々な垣根を超えてファンも関係者も一丸となる時と考えました。
対話による理解と納得が無ければ運動の輪も広がらない。
ファンの会が対立を煽るだけの存在になる事を危惧しました。

それよりもファンが皆で合議し理解と納得さえあれば、カタチは如何ようにも変化出来るし、責任の分担も出来る。
集ったファンが皆当事者である認識に立たなければ、ピラミッド型の組織になってしまうおそれもある。
出来るならば、誰にも縛られない本当の意味でのボクシング界を考えるファンの会を作りたい。
その為にはファン自身がまず自立しなければならない。
私は発起人の一人として真剣に考え構想を練って臨んだつもりでした。

この発起人には後に代表となる4時起き氏(このブログ上のHN)、そして友人のウチ猫さんがおりまして、第1回会合を実現するまでは拳論のK記者と連携を取りながら進めました。
ネット上で広く参加を呼びかけ、将来的には全国のボクシングファンと共に行動する事を目的としたサイトが出来ました。
この時は、あるプロレスラーの死亡事故を検証・追究するという運動の経験がある4時起き氏が快く了承して下さったので、立ち上げから管理まで全てをお願いしました。

その結果第1回会合には、当初の予想よりも少人数ではありましたが、在京を中心に北海道や九州からボクシングファンが集いました。
私にとってはこの際、集った人数よりも熱が一番大事であると考え、ここから有志の輪を拡げて行くぞと固く決意しておりました。

昨年の6月25日はその記念すべき第一歩になるはずでした。
正直な感想を言えば、ほとんどがネットを越えての初対面ですから、打てば響くという空気にはなりませんでした。戸惑いもありましたでしょうし、皆が戦う手法に確信を持っていなかった。
会合中、私はそれぞれの思いを吐露出来るように努めて和やかな空気作りに専念しました。
デモ行動などを支持する強硬派が多ければその流れに身を委ねるつもりでもいました。その方が会として決着も早いし勢いも出る。
しかしどちらかといえば集まったのは穏健派の方々とも思えました。
それでも個々の怒りと問題意識を胸中に秘めている事はそれぞれの言葉からは確かに感じられました。
ですから正確な情報をもとに合議し理解と納得が得られれば、それぞれの大きな力がきっと出るに違いない。

「これは思った以上に責任は重大だ。社会的立場のある人らだ。決して間違った方向に行ってはならない。そして必ず結果を出さなければならない」
会合が終わって私は冷静になりました。

いつだったかK記者は言いました。

「ファンも業界の住人になって欲しい」

これは言いかえればファンもただの傍観者ではなく、主体者としての自覚と行動を持って欲しいとの思いからだったでしょう。

私の中ではこの晩、形だけでは無く本当の意味で主体者としての自覚が芽生えたと感じました。

ファンとして愛すべきボクシングとボクサーらの為に今自分達が出来る事を真剣に考えよう。
皆でコミッション役員や業界関係者に取材をしよう。
そして生の声と熱を聞こう。
それを皆で持ち寄って話し合おう。
二次情報を鵜呑みにせず、ファン自身がまず苦労しよう。
それが自らの勇気と自信につながるはずだ。

私は第1回会合の前にK記者に尋ねた事がありました。

「Kさんもこの会に合流するのですか?」
「いや、僕は記者の立場がありますので公平な立場を保つ為にも参加しません」

私はさすがに以心伝心だなぁ、と勝手に解釈し安堵しました。
会が抗議行動を起こした場合に万一問題があったとしたら、彼にまで責任が及ぶ事を恐れたからです。

「K記者のこれはお墨付きだ。これはブログとの共闘ではなくファンの自立した会だ。責任はもはや自分らにある。思い切り暴れてやるぞ!」

私の思いと方向は今でも間違ってはいないと信じていますが、この時はまだ彼との微妙な感覚のズレと、その後に彼が現す明らかに特異な思考性には些かも気付いていませんでした。


続く・・

卑怯者・・ それでもボク愛

このK記者は、人に対し極端にガサツな面がありながら、繊細な優しい面も持ち合わせていました。

特に猫に対してはここまでするか、というほどの愛情を持ち合わせていました。

縁あって彼が拾った子猫を貰いました。
私は子供の頃にペットロスを経験していましたので、決断するまで数ヶ月かかりました。
決心させたのは彼が里親探しのビラを撒いている姿を見たからでした。

「放っておけない・・」

家人を説得し二匹の子猫を育てる事にしました。
その子猫たちは立派に成長し我が家の家族となりました。
これで彼とも親戚になったつもりになりました。

いつしか彼を弟のように思うようになりました。

ですから言いたい事も言えました。
彼は冷酷な面がありましたから、それを指摘した事もありましたがそれは偽りない愛情の表現でした。
思えば彼には理解出来なかったのでしょう。
それはそれで仕方ないと今は気にも止めていません。

それよりも、私自身のボクシングへの思いと現状への怒りを業界に、そしてファンに伝えてくれたK記者には今でもその一点を感謝しています。

また、彼の影に隠れるようにして亀田兄弟に石を投げて来た自分が、いつ表に出て発信するかが私の重要な課題であり、責任であると常に考えていました。

友人の一人からは「いかに義憤があったとしても、君がやっている事はK記者と同じではないのか?むしろ君がK記者を利用したのではないのか?」辛辣な親友の言葉でしたが弁解の余地もありません。
表で戦うK記者の為に情報源として身を隠す必要があるとも考えましたが、自分なりの大義があったとはいえこの数年間は男としてなんと生き心地の悪かった事か・・。

この回想録も何れ娘たちにも知られる事になると思いますが、しかしそれでいいのです。

このきっかけを与えてくれた友人ら特にMさんや、協力して頂いた方々、様々な激励やアドバイス、また証言を下さいました業界関係者の皆さま方にあらためて心から感謝いたします。

ここからの回想はおそらくは多方面に渡り紛糾の種になるかも知れませんが、これまでの責任は一身に背負うつもりです。
卑怯者の謗りを受けながら生きるよりも、男として死ねるならばそれこそが本望であります。


続く・・

正義の記者・・ それでもボク愛

その後これまでブログ上で関わった幾人かの方々とはスパーリング大会や忘年会などに参加あるいは出席させて頂いた折に面識が出来まして、同じボクシングファンとして親交を温めてまいりました。
現在に至るまでの経緯は友人である「ウチの猫の名は穂積」さんが書かれるかと思いますので、私は私自身の事について書いて参ります。当ブログの公開日が間近という事で先を急がせていただきます。

さて、そのブログ上ではしばらくK・H氏とアンチ亀田(ブログ読者)の攻防が繰り広げられていました。

当事者とも言える私はそれこそ手に汗握る思いでおりましたが、記事についての抗議を展開するK・H氏の論調が次第に変化していく事に気付きました。
K・H氏の発言は、初めは言葉厳しくも論旨が明確であったものが、次第にファンを愚弄する内容になり、最後は意味不明の宗教的な言葉が散りばめられ、人格が破綻しているのではないかと思われるほどになっていました。

はたして実名で投稿している実在の人物が、ファンを愚弄するような、そしてボクシングを貶める発言をするのだろうか?それがそのまま自身の評価に返ってくる事に気づかないのだろうか?

その後K・H氏と思われる人物は「日本ボクシング振○会」と名乗りこのブログの名物的投稿者になりました。
相変わらずブログ読者を愚弄する内容や時に脅迫じみたものまでありました。

まったく素朴な疑問でしたので、K記者に質問した事がありました。
「本当にあれを書いているのはK・H氏本人なのでしょうか?」
「本人かどうかは判りませんがIPアドレスは同じです。同じ内容の脅迫電話もありました」
「・・・。」

このK・H氏は実際に亀田家を支援する人物ではありますが、ネット上で調べると、過去の思想事件や世界○○連合という団体にもその名があり、K記者から聞いていた評判とその内容が一致するものではありました。
その他にもK・H氏に絡む人物の画策により、「一緒に亀田問題を追及している大手新聞社の先輩記者がまったく身に覚えの無い罪で三宮警察署に逮捕された。この所轄の署長は画策した人物とつながっており自分にも警察の手が伸びている」
「これまでの取材データなども押収される可能性があるので、パソコンデータを分散したい」とまで言いましたので、世の中にはそんな事があるのか!と思いつつも必死の彼を信じるしかありませんでした。

たかがボクシングのことで・・警察まで動かせる人物が背景にいる・・
さすがに無鉄砲な私も「正当な理由で投獄されるのならまだしも、冤罪によってこの記者を抹殺してはならない。落ちる時は一緒だ」と一蓮托生の覚悟を決めました。

実際の彼は人懐こく素直な面があり、これまでのプライベートなメールのやり取りや会話から、少なからず好感を持っていました。危機に当たって落ち込む彼を激励した事も度々ありました。
彼は自身を謙虚に語り、そして時々は弱さを見せましたので、これがまた彼の魅力となって映りました。
冤罪で拘留された彼の経験談を聞きましたが、それがあったにも関わらず意気消沈する彼が目の前にいる。
私は精一杯もてなし、勇気付けるよう努力しました。

彼は言いました。「再び戦う元気が出ました。ありがとうございます!」

やがて彼は私の中で正義の記者になりました。

彼がゴシップ記事を書いている事も知りましたし、際どい取材方法も聞きました。
しかし既存の媒体が書けない事を書いてくれている。何より私を信じてくれている。
泥中にこそ真実のライターはいたのだ・・と。

続く・・