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HARD BLOW !

運動会での出来事・・(その2) それでもボク愛

さてそのスポーツ紙には何が書いてあったのか。

当時の記憶なので正確な日時と内容を思い出せませんが、要は「(9月の29日か30日の)スパーリングで瞼を負傷したため亀田選手の世界戦が延期となった」というものでした。

これはおかしい・・世界戦の延期はままあることだけれども、その原因が瞼の負傷とは??
その記事が真実なら、その僅か2・3日後、元気一杯に運動会の綱引きで見せたあの姿は一体なんだったのか?
あの日は天気も良く、少し動けば汗ばむようなスポーツ日和でしたし、校庭は大勢の人間が移動すると土埃が盛んに立つ状態でした。そんな中で亀田選手は眼帯も絆創膏すらもない、見掛けはまったく普通の状態でした。しかも世界戦を間近に控え、裂傷の縫合手術をしたボクサーが激しい運動や更なるアクシデントの可能性は絶対に避けるはず。(後日の報道では、瞼の裏を8針も縫った大怪我になっている!!)
私自身も瞼をカットしたり拳や鼻骨骨折の経験がありました。
充分な加療を受けなかった為に完治が遅れた苦い思い出がありまして、術後のケアが如何に大事かを身を持って知っていましたし、世間の常識に照らしてもこれは有り得ない事でした。
何故、所属ジムは嘘を見破れないのか、あるいは嘘と知りながら、結託して虚構を作り上げなければならなかったのか?
それは紛れも無くファンへの裏切り行為であると私は信じて疑いませんでした。
後にこの時の真相には限りなく近づく事になりある程度の理解は進みますが、それも数年の時間がかかる事になります。しかしあの時の紙媒体の報道姿勢や所属ジムの記者会見などでの対応には私の中では風化することのない疑念として今でも残り続けています。

当時は業界をあげて亀田家を応援する空気が流れていましたが、スポーツ紙とはいえ事実を報道すべき紙媒体までもが何らかの隠蔽工作に関わっているのではないか。
たとえ業界の事情とはいえ虚構を放って置いてはさらに大きな虚構を生むのではないかという惧れ。
勝手な疑念はやがて一人よがりの正義感に変わり、「これは糾弾しなければならない!」と。

しかし単なる亀田潰しのスキャンダルで終わらせたくない。真意の伝わらない週刊誌などには持ち込みたくない。
ならば自分の言葉で伝える手段はないものか?この事実を目の前にした時、人はどう感じるのだろうか?そこで閃いたのが以前に人から聞いた情報でした。
掲示板というインターネットサイトがあってそこにはボクシングのカテゴリーもあり盛況らしい・・。
おそるおそる覗いて見ると私と同じ様なファンと思われる書き込みが。
しかしそのほとんどが単なる風評に過ぎないか、あるいは余りに抽象的で正当な批判に値しないものも目立ちました。正直な感想は「ここは議論をする場では無いな」の一言。
しかしファンが欲しているものは単なる中傷の的となるものだけでない、愛するボクシングのこと、様々な疑念を払拭したいという願望の表れではないかとも感じました。正確な情報を元に事実を公表するすべがあれば、正しい議論に発展するのではないかというのが私の淡い希望だったのです。
(しかし振り返ればネットのこれまた特別なこのサイトについて、私は余りに無知でいい世間の笑い者だったと今は思います)

そして私は躊躇しながらも映像の件をこの掲示板に投げ込みました。
「そんな情報は嘘に決まっている」「あるなら証拠を今すぐ出せ」
「証拠はあるけど出し方が解らない?ヤッパリ嘘だろ」
くだらない挑発に乗るものかと思いながら、正面から聞いてくる人の出現を辛抱強く待ちました。
すると「どうもこの話しは信用しても良さそうだ」「トリップの付け方とアップロードの方法を教えよう」「映像が上がってから嘘かホントか検証しようじゃないか」とのコメント。
その後は彼らの導きで3日もかかってやっとのこと、その短い映像はネット上にあがりました。
ひと仕事を終えて感じたことは「これでメディアに対しても波紋が広がるのではないか」という期待と「本当にこれで良かったのか?後で悔やむ事にはならないか?」との思いでした。
初めは義憤にかられ後先を考えずにした事でしたが、やがてその期待と不安の両方が数日後思いがけない形で見事に的中します。

そして、先ずはこの掲示板の洗礼を受ける事になります。

続く・・

運動会での出来事・・(その1) それでもボク愛

今思えばネットの不正確な情報やメディアの間違った報道は恐ろしいと思います。
ここから先は自分に対する戒めと悔恨の念を忘れずに書き進める事になります。

当時メールすら使いこなせなかったネット初心者の私は(業務ではオフコンと呼ばれた巨大フロッピーディスク仕様の頃からパソコン黎明期に名機といわれたMZ-500などを経て最後はFMをこじんまりと使っていましたが)インターネットの世界には興味はあったものの戸惑い触れる事さえありませんでした。

ところが、そんなある日(5年前の10月)またまた私にとっての大事件が起こります。
仕事の合間を縫ってホームビデオを片手に娘の小学校の運動会に参加したところ、校庭の一角にちょっとした人だかりができていました。
何事だろうと思い人垣の間から覗いて見るとなんとそこには亀田家の面々が・・
ま、しかし亀田家の末娘が参加する運動会ですからそれも当然。
当時トレードマークのようになっていたサングラスの世界チャンピオン、協栄から亀田家に弟子入りしていたあきべぇ、史郎さんに五十嵐マネ(当時はマネージャーだったかな?)
そして父兄参加の綱引き大会に飛び入り参加した亀田家の面々は、元気一杯渾身の力で自軍の勝利に貢献し、やんやの喝采を浴びておりました。その時たまたま運動会の一風景として撮ってしまった映像が、その後数年間に及ぶ私自身の葛藤の始まりとなります。そしてそれは、もしかしたら亀田家にとっても鉄のカーテンといわれた頑なまでの情報遮断の因に結びついたのかも知れません。
実際に、これまで業界をあげての「亀田賛美」の空気だったものが、ランダエタ戦以降、世論を巻き込んで一気に過熱した亀田バッシングが巻き起こり、風評に弱い?ボクシング界の中で亀田家は徐々に四面楚歌へと追い込まれていきます。
しかしその後も彼らはしぶとく生き残り着々と事実を積み重ねていくのですが・・

さて、その日の運動会は何事も無く、晩には我が家の恒例であるビデオ上映会の団欒で、娘とも「チャンピオンも来てたね」「面白かったね」程度の話題で過ごしました。勿論私は既に反亀田ですから、その話題は内心は面白い訳も無く、しかし少なくとも娘には悟らせまいと細心の注意と努力はしました。その後現在でも、家では自分からは亀田家の話しは一切していません。
実際、私の娘と亀田家の末娘は仲も良く、時々は亀田家にお邪魔しては遊んでいる様子でした。

「〇ちゃんちは凄いんだよ、おうちにボクシングのリングがあるんだよ」
「へぇ~それは凄いね、でも君たちはそのリングに上がって遊んじゃだめだよ。ボクサーにとっては大事な場所なんだからね」
「え?ふつーにあそんでるけど?」
「お兄ちゃんたちは〇ちゃんにスッゴイ優しいんだよ。ウチのお姉ちゃんとは大違い」
「みんな〇ちゃんが可愛いんだね」
「お兄ちゃんたちみんなボクシングやってて強いんだって!みんな世界チャンピオンになるんだって!」
「凄いね、応援しないといけないね」

ああ、、これが亀田でなく普通のボクサー一家だったなら、どんなに心底楽しい娘とのひと時だっただろう・・
私も人の親ですから、自分の娘の事だけでなく色々な想いがよぎります。
それでも自分の価値観に照らし合わせて「駄目な物は駄目」という考え方はどうしても譲れませんでした。

疑惑の判定、八百長試合とまでいわれたアノ試合から2ヶ月、ランダエタとの再戦が決定と報道された頃の話です。
亀田選手にとっては、キャリアも浅く適正階級とは言えなかったものの、自ら選んだ世界戦での失態と私には思えました。次の試合、今度こそリングは嘘をつかない、これですべての決着がつく。それから先は急がずファンも納得するボクサーロードを歩んでくれるに違いないと期待していました。

しかし、運動会の翌日にあるとんでもない記事がスポーツ新聞に載り・・
そしてこれを契機に私はあるネットの世界を垣間見る事になるのですが、使い方を間違えたらこうなるという馬鹿の見本のような話しです。

続く・・

アンチが出来あがるまで・・ それでもボク愛

さて続きです。
とまぁ史郎さんとの出会いは強烈な印象として鮮明に覚えてますが、同じご町内でありながらその後6年間は直接の接点が奇跡的にありませんでした。(おそらくごく近い将来会う事があるかも知れません)
しかし、古くて頭の固いボクシングファンとしてはセンセーショナルな売出し方の亀田兄弟について無視するわけにもいかず、「あのスタイルはだめだ、嫌いだ」と言いながらテレビでは必ず観戦していました。
そして、これまた私にとってもおそらく全国のボクシングファンにとっても大事件であったであろう「アノ試合」が起こるわけです。
平成18年8月2日 WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ 亀田興毅対ファン・ランダエタ。
その結果はボクシング界だけでなく一般メディアやボクシングに興味のなかった一般層までも巻き込んでの大騒動となった事は忘れる事は出来ません。
一部のボクシング関係者の中には「テンポイントマストシステムを元に冷静に判断すれば亀田選手が勝っていた」「素人には解らないかもしれないが、プロの目から見ればドローか、地の利で亀田勝利も充分にあり得る」などの論評もありましたが、それをそのまま信じたファンは一体どれだけいたでしょうか。

これよりさかのぼること3年前、ファンとしてある事をハッキリと自覚することになる試合がありました。
共にこの試合に勝って世界を狙いたい実力者同士の注目の一戦、OPBFフライ級タイトルマッチで王者小松則幸が選んだ相手は強打の実力者トラッシュ中沼。小松選手にとっては比国のロリー・ルナス(後のロリー松下)から見事な2RTKOで奪った王座の3度目の防衛戦で勝てば文句無く世界へ。中沼からすれば前戦僅差ながら坂田健史に判定で負け(私は中沼が勝ったと見ましたが)この試合も落せば世界挑戦どころか引退の2文字も過ぎる崖っぷちの戦い。結果は2-1のスプリットで小松の勝利。
しかしそれは当時ファンの間でも物議を醸した内容でした。私は少なくとも3~4ポイント差で中沼の勝利と見ましてこの結果に納得がいかず協会をはじめJBC、専門誌にも実名で抗議文を送りました。
その抗議文は後日専門誌に掲載されましたが、痛烈に地元判定を批判する内容のものでした。
翌年両者の再戦が実現することになりますが、しかし初戦を地元判定と言われ「だったら東京でやろうじゃないか」と王者のプライドを見せ受けて立った小松選手は偉かった。互いに意地を見せ白熱した試合だったと記憶します。(今度は2-0で中沼勝利でしたが実はこれまた採点内容に紛糾する訳ですが・・)
ファンの勝手な言い分ですが、しかしこの時は試合の結果よりも選手の戦い方や潔さ、試合後に互いを讃えあい認め合う姿に素直に感服する思いになるのです。「世界に行けよ!」「よし!必ず獲ってくる!」

それだけに、もしかしたらその後の若者の人生をも決定するかも知れない試合審判には、それこそ重大な責任があると思います。人間ですから間違いもある。ファンには理解出来ない作用が働くかもしれない。しかし、どうであれ常に公平公正なジャッジを求め続ける事は選手やセコンドだけでなくファンの務めでもあると固く信じます。

さて、私としてはこうした背景がありまして「アノ」不可解な判定を巡っての、その後巻き起こった強烈な亀田バッシングの渦の中に(計らずもある意味加害者として)自ら身を投じて行く事になるのです。

続く・・