HARD BLOW !

回顧録9

回顧録8の最後で、またも「とある出来事」なんて思わせぶりな書き方をしてしまいましたが、前回の「追記」の部分を読んだ方ならおわかりのように、私がお話しすることは、いずれも大したネタではありません。
ただ、もしこれまでの私の話を聞いて「ええーっ!」ともの凄く驚いたり、あるいは「次回がとても楽しみ」なんてことがあったとしたら、それはイコール「彼ら」の印象操作の巧みさやスケールの大きさ(それほどまでに、虚像と事実との乖離っぷりがハンパない)を表しているんだと思います。
ドンデン返しに次ぐドンデン返し…ミステリやコン・ゲームものの小説や映画みたいなものですね。私も大好きです(笑)。

さて、猫の件・ボク愛さんの除名・「Tさん発言」のトリプルコンボで、もうスブドコンビに用はなくなりました。
じゃあこれからどうするんだってハナシですが、私たちは彼らと違って、何の思惑も企みもありませんから、とりあえずは、相手の出方によって対応を考えようということくらいしかできません。
そこで、まずは私たちがリアルに接したことのある人たちと、膝をつきあわせて、お互いの顔を見てお話をしていくことにしました。噂がどうのとか、○ちゃんねるではこう書いてあった、とかいうのにはすっかり辟易してましたからね。

ただし、こちらは情報戦だとか印象操作などを仕掛けるつもりはなくても、あちらさんはその方面のプロですから、尻尾を掴まれることについては用心しなければなりません。
なんせ「一度直接会って話をしようじゃないか」という申し出をしたら、それが襲撃予告をしたということになってしまうんですから…いやはや恐ろしや。
ですから、会う人の人選や、何をどこまで話すか、といったことには、それなりに神経を使いました。

そんな中、○ちゃんねるを眺めている時に、あるコメントの中に信じられない言葉を発見したんですが、それが回顧録8の予告編にあった「とある出来事」です。

私の仕事は製本屋ですが、あの大地震のあった2011年の3月までは雇われの身でした。
もう10年くらい前になりますが、ちょうど前の会社を辞めて「さて、どうしようか」と思ってる時に、幼稚園からの幼なじみ(仮名・田中君)が、「まだ決まってないなら、ちょっとウチの工場(製本屋)を手伝ってよ」と声をかけてきたのです。
私の住む地域は、製本・印刷関係の小さな工場がたいへん多く、私の死んだ父親も同様の仕事を長くやってましたし、学生の頃には、その田中君の工場でバイトさせてもらったりしたこともあるので、「じゃあとりあえず」ということで受けました。
その後色々ありまして、その田中君は結婚を機に「やっぱりカタギの給料取りの方が固い」と工場を離れサラリーマンになり、田中君のオヤジさんが病気をしてからは私が仕事の大部分を任されるようになり、そしてそのオヤジさんが亡くなったのを機に、私は自分の名前を屋号にして、今に至ってます。

そして、驚いたことというのは、そのオヤジさんの会社名である「田中紙工(仮名)」という名前を○ちゃんねる上で発見したことです(「紙工」というのは製本関係の会社が屋号でよく使う言葉です)。
今であれば、何か変わったものを発見した時にはすぐ魚拓を取る癖がつきましたが、その時はまだ「師匠」の手ほどきを受ける前でしたので、どのスレだったかまでは憶えていません。しかし、拳論スレやJBCスレなどのボクシング板であったことは間違いありませんので、そんな名前が出てくるわけがないのです。
※その時、あまりに驚いたのであちこち調べたら、まったく別の板で「田中紙工」と「ウチ猫紙工(現在の私の屋号)」のことを書いたレスを一つ発見しましたが、それも前後の文脈に何の関係もなく、唐突にその言葉が出てきていました。多分彼らは、とりあえず色んなところに色んなことを書くのが習性になっているんでしょう。

彼らにとって、私たちは面白くない存在であり、大嫌いなんでしょうけど、直接関係のない人間の名前までポンポン出すということに、まったく抵抗を感じない、というのが本当に信じられません。
そもそも嫌われてるのだって、こっちはいっこも悪くないんですけどね。

前回でも話しましたが、敬愛さんやボク愛さんについては、毎日いろんなところで、平気で本名を晒した中傷が行われていて、本来怒るはずである私たちも、あんまり出過ぎて慣れてしまうような感覚になっちゃうほどでした。
ボク愛さんたちの場合は、そもそもの発端となったのは、「彼ら」が個人情報をダダ漏らししたせいだと確信していますが、その後あれだけ乱舞した書きこみの一つ一つについては、もう誰によるものなのかはわかりません。
全部が全部彼らだったら、そのマメさ加減に敬服するとこですが、便乗した人間が面白がって書いた可能性も充分あります。それほどまでに、ボク愛さんたちの個人情報は晒されまくってましたからね。

では、この「田中紙工」というのを書いたのが「彼ら」だと断じている理由は何か?ということですが、それは以下の通りです。

まず私の周囲の仕事関係の人間は、当然その名前は知ってます。が、私がボクシングを好きなことくらいは話したことはあるかもしれませんが、そんな他人の趣味に関心を持つヤツなどいませんし、ほとんど仕事の話と天気の話(紙は一度濡れたら一発で終わりなので)しかしないので、○ちゃんねるのボクシング板でそんな名前出して喜ぶヒマ人などおりません。

では、ボクシング関係で知り合った人は…となるんですが、当時、その人たちの中で「田中紙工」の名前を知ってるのは二人しかおりません。K記者と、拳論の管理人のH氏です。
H氏には、Mジムのスパー大会に参加するべく手を上げた時に、連絡先として「田中紙工」の住所と名前をメールしました。
K記者の方は、2011年5月19日の「ボクシングの日」イベント(チャーリー×湯場戦があった時です)のチケットが余ってますから行きませんか?と声をかけてもらった時に、じゃあ郵送してくださいますか?と言って、やはり住所と名前を教えました。

これ以外の人、たとえばボク愛さんや敬愛さんですら、「田中紙工」の名前は知らなかったのです。私が勤めていた工場の大将が亡くなって、今は自分一人でやっている、という経緯は知っていましたが「田中」という固有名詞は、特に教える場面もなかったので、話したことはありません。
この時、○ちゃんねるでこれを発見した時に初めて、「いや、この田中と言う名前はこういう名前なんですよ」と説明したんです。

敬愛さんの時は、「敬愛」というHNを知ってて、さらにその敬愛なる人物が「二階」に住んでること、その両方を知ってるのは誰か…ということで犯人を絞っていきましたが、今回はその時より容疑者が少ない…というか、最初からそのものズバリのお二人しか残っておりません(笑)。

あまりに多くのことを短期間に経験したので、いったい何を信じたらいいのやら、と悩んだこともありましたが、ここに至って私は「彼ら」に関して、自分自身の心の中でスッキリとした着地点を得ました。
何かまだ、知られざる意図が隠されてたり、まだ見ぬ他の人物がどこかで関わってる…などというややこしい事情があったりすることも可能性としてはありますが、どんな理由があるにしろ、少なくとも「彼ら」が、平気で他人の個人情報を晒したりウソをつく人たちであるということは確信できた。
これにより私は、完全に彼らと決別する覚悟が決まったんですが、これが私の中で一つのターニングポイントとなった「とある出来事」です。

なんだ、やっぱり大した話じゃねーな、とおもわれたかもしれませんが、これってけっこう大きなことなんですよ。
私はまだまだ彼らのレベルには達していませんので、確たる理由もなしに他人を非難したり中傷したりして喜ぶことはできません。しかし、一向に収まることのない中傷・自演・成りすまし…もう疑心が暗鬼を、グレムリンの如くポコポコ生み出しておりました。
かといって、「彼らはそんな人間のはずがない!」というような、彼らを信じたいと言う気持ちもほとんどなかったので(そりゃあ、あれだけのことが起こればねぇ)、きっちり区切りがついたというところです。

もともと私については、彼らもどう扱うか迷いがあったのか、ボク愛さんや敬愛さんに対する時のような攻撃はなかったですから、皆さんがビックリするような「こんな酷い目にあったんですぅ!」という事件は別にないです。
それでも、その死んだオヤジさんのフルネームまで出したりして揶揄してるのを見た時は、さすがに趣味の悪さに呆れましたけどね。
その後、このブログがスタートしてからは、彼らの方としても「よし、これで迷いはなくなった」と思ったのか、私の名前もあちこちで見るようになりましたが、逆に急激な変化はさけたのか、やはり強烈な攻撃はありませんでした。
凄いですよね。今までが酷過ぎたもんだから、本名とかをバラ撒かれたくらいでは「彼ら、最近は何もしてこないね」と感じるちゃうんですから。

「息をするようにウソをつく」という言葉があります。これは多分、呼吸をするのと同じように自然にウソをつくという意味だと思うんですが、私は彼らについては別の意味で「息をするようにウソをつき、息をするように他人を中傷する連中」と評したいと思います。
つまり、呼吸が止まれば死んでしまうように、彼らはウソや中傷をやめると死んでしまうのではないか。生きて行く為には常にそうしてないといけないのではないか。そう思ってしまうくらいに、しょっちゅうそんなことばっかりやってる、という意味でです。

振り返れば、拳論を、というか、あのコメント欄を初めて見た時は感激しましてね。
当時の私がPC初心者で(いや、今もですが)、他の掲示板やブログをあまり知らなかった、調べなかったということもありますが、本当に楽しい場所で、また可能性も感じる場所でした。
活発な意見交換だけでも充分意義がありましたが、その後ネットの壁を超えて市民団体(笑)にまで発展した時には、小さいながらも画期的な一歩と期待していたのですが、本当に勿体ないと思います。

今でもたまに拳論は見ますが、今のコメント欄は本当に人材が乏しいと感じます。
しかし、あの頃とかなり顔ぶれも変わりましたが、ごくごく数人、個人的に好きな人もいたりしますし、意見を発信する読者の数で言えば、やっぱり一番多い部類なんじゃないでしょうか。
拳論の価値はコメント欄にあり、ということは自他共に認めるところだと思いますが、まだまだ熱心な拳論ファンは確かにいます。
私たちはもう戻ることはありませんが、せっかくの縁でこうしたボクシングファンが集っているんですから、そのことを大切に、真剣に考えて欲しいんですが…まあそれは無理なんだろうなぁという諦観がありますね。

K記者にしろH氏にしろ、また観戦歴は浅いものの4時起き氏にしろ、ボクシングを見るのが好き、見て楽しいというのは本当だろうと思います。
しかしたとえば、某ジム会長を貶める為に、その所属選手を中傷したり、あるいは「あの選手にストーカーされた」なんてウソをついたりしてる時点で、私は彼らを「ボクシングファン」とは呼びたくない。
興奮したいから試合を見る・仕事のネタにしたい時はいい加減な記事でも出しちゃう・ネット上では都合のいいように持ちあげたり叩いたり…これではボクシングをエロビデオの代わりにしてるだけだとしか思えません。

勿論娯楽ですからそういう付き合い方でも大いにけっこうです。
私もお笑い番組を見ている時に、そこに出てる芸人さんの社会的地位について考察したり、有馬記念くらいは馬券買おうかな、とWINSに行った時に、国内の生産牧場の行く末を案じたりはしません。
そういう風に、ただ面白いから見てるけど、その業界がどうなろうと知ったこっちゃないし、その分野にリスペクトもない、というような人間は、ちゃんと分をわきまえて、「あくまで外から見てるだけ」「ヘタに口を開かない」というのがオトナの態度です。
客としての立場で、妥当な範囲で物申すのはもちろん構いませんが、口先三寸・ウソ八百並べ立て、面白半分に顔を突っ込んで引っ掻きまわすなんてもってのほか。選手やジム関係者はもちろんのこと、試合役員や協会・コミッションの職員だって、人生の大部分の時間をボクシングに費やしているんですから。

彼らはまだボクシング界の一員のつもりでいるのでしょうか。
「一人になってもやる覚悟があるかどうかですよ(ニヤリ)」とまで啖呵を切った4時起き氏は、今も頑張って市民団体(笑)をやってるんですかね。いや、一人になったら「団体」じゃないからただの「市民」か。
ちなみにこの方、2011年の11月に突然メールを送ってきまして、中身を見たら、清水智信選手の休養王者問題について書いてありました。清水が休養に追いやられ、テーパリと亀2号の試合が正規タイトルマッチになるのは許せん!というわけです。
この期に及んで私にこんなメールを寄越すとは、ちょっとネジが30本くらい抜けちゃってるんじゃないかと思いましたが、どうやら複数の人に同じメールを送っていたようです。
その後も元気で頑張ってらっしゃったようで何よりですね。盟友K記者に言わせれば、行動を起こすなら何か成果を上げなきゃ無意味ということらしいですから、そのうち新聞やテレビのニュースで「市民団体(笑)がボクシング界に革命を起こす!」なんて報道がされるでしょう。あー楽しみ楽しみ。

K記者も相変わらず多方面でご活躍のようですね。私らがこんなブログを始めて、さぞやご立腹じゃないかとヒヤヒヤしてたんですが、ある日彼からもメールが来ました。
要約すると、これまで色んなことがありましたが、ウチ猫さんにはお話しできなかったこともたくさんあり、まあとにかく今まで拳論ではお世話になりました…といった、なぜ今こんなメールを?という内容(その他固有名詞もいくつか書いてありましたが、もちろんここでは触れません)。
返事をしようにも、別に私は感謝されるほど拳論で活躍しておりませんし、その他のことについても、何があるか知らんけど「お話しできない」というなら、それ以上話が進まないので、そのまま放置しております。

さてさて、たかだか全9回で何カ月も引っ張った割に中身の乏しい我が回顧録でしたが、今回を以って一応終わりとさせていただきます。
もっと書きたいことがあったような気もするんですが、「完璧なものを!」と力んでズルズルここまで遅れてしまったので、とりあえず過去のことはこれで一区切りということにしましょう。
「彼ら」がやらかした色々なことを書こうと思えば、まだしばらくブログ更新のネタには困りませんが、上の方で書いた通りそんな趣味はありません。

勘違いされてる人がいるかもしれませんが、これまで書いてきたことは、別に彼らを中傷してるわけではないですからね。ただ一点だけ、敬愛さんのことについては許せなかったので、糾弾口調・罵倒口調になりましたが、あとのことに関しては、あの頃起こったことをありのままお伝えしようとしたにすぎません。
もしこれが中傷に見えるとしたら、これまたこの文の冒頭で書いたように、それほど彼らのやってきたことが酷いということですので仕方ないですね。
「A容疑者はBさん宅に押し入り、100万円を奪い取った上に、家に火を放って逃走しようとしたところを現行犯逮捕されました」というニュースを読み上げたキャスターに対し、A容疑者の父親が「俺の息子を強盗呼ばわりしやがって!酷い中傷だ、ぷじゃけるな!」と怒ったところで、誰も相手にしないのと同じです。事実を言っただけですから。

今のこのブログのメンバーは、自分たちのことがネット上で面白おかしく、ウソまみれで書かれたこと等については、もう怒るというレベルはとうに過ぎました。
先日も、回顧録8をアップした数日後、あちらさんは早くもビミョーな記事をあげたり、ご自身のブログのあちこちをひっそりと修正したりしてましたが、そんな風にネット上で右往左往したり、またはこそこそと陰口を叩くことに終始しているのを見ていると、本当に哀れに思えます。
ですから、ボロクソ言われた腹いせに…という気持ちはもはやありません。

ただ、彼らに踊らされた面があるとはいえ、あの頃市民団体(笑)に積極的に関わり、参加を呼び掛けたりもしましたから、少なくともその時の読者さんたちには説明する必要があると感じたことが一つ。
あとは、とりあえずブログの形式で発信していくとなったのですが、いざ始めてみて、様々な人たちとお会いして話をしていくうちに、あれやこれや色々やりたいことが出てきました。
その時、やはりこれまでをきっちり総括して区切りをつけておかないと、これからの一歩は踏み出せないと思ったのがもう一つの理由です。
どちらかといえば、このようなことはすすんで明かしたいことではないですからね。みっともないので。

今後おいおいお話ししていくことになるかと思いますが、ボクシング界の現状は決して明るくない…というよりも、お先真っ暗と言っても過言ではないような、厳しい状況が待っていると思われます。
たかが数人のファンの集まりではありますが、なかなかどうして「やってみたらできた」ってことがけっこうありまして。また、利害関係がないゆえの強みというのもあり、少しでも何か力になれないか、その方策を色々模索しております。
皆さんにも何かお願いや呼びかけをすることもあると思いますが、その際は是非ともお力をお貸しいただければと思います。

回顧録について、もし何かに訊きたいことがある方は、コメント欄にお書きいただくか、メールでお願いします。答えられる限りにおいては何でも答えますし、「これは答えられない」「このコメントは承認できない」という場合には、その理由をきちんと明示して答えとさせていただきます。
長らくのおつきあい、ありがとうございました。

(ウチ猫)

回顧録8

再度大きなブランクを作ってしまった我が回顧録ですが、今回と次回で一気に終わりまで行きたいと思います。だいたいが、そんなに勿体ぶるようなシロモノでもないのにこんなに時間がかかってしまってスミマセン。もうパッパといきましょう。

前回は、4時起き氏の大ウソが炸裂したところで終わったんですよね。これはさすがにシャレではすまされないものでした。
いやまじでさんは「寄稿(八)」の中で、「一つの失敗や悪行だけでその人間のすべてを判断しない」と書いていて、私もそれはその通りだと思いますが、この4時起き氏のウソに関しては、それ一発で今までのすべてをひっくり返す威力がありました。
単なる言い間違い・聞き間違い等ではなく明確に意図を持ってウソをついたこと。ウソをつくにあたって「うーん、そりゃ思わずそう言いたくなるのもわかるなぁ」というような事情も見当たらず、ボク愛さんを貶める為としか考えられないこと。これでは情状酌量もへったくれもありません。即日結審です。

ということは自然に、「4時起き氏のこれまでの発言も鵜呑みにはできないんじゃねーの?」となり、そう考えるとこれまで不思議に思っていた出来事が、あっさりと説明がついていきます。

たとえば、Mジムのスパー大会に私が二度目のお手伝いで参加し、全体の打ち上げの後に、K記者・4時起き氏含む数人で食事をした時のこと。入店して間もなく4時起き氏の携帯に「習志野、焼肉屋、6人」なんていうメールが入ってきました。「お前らのことをどこかから見ているぞ」という、ナニモノカからの脅しであります。
その他にも4時起き氏の携帯には、「猫穂積の番号は000-1234-5678」なんてメールも来ていて(実際の数字は本当に私の携帯番号でした)、それを見せられた時はちょっとゾッとしたもんですが、タネが割れれば非常に単純な真相ですね。

4時起き氏は常に携帯を2台持っていて、そのうちの一つは「やつら」に番号やアドレスを知られている為、しょっちゅう怪メールやイタ電が入るものの、もう一つの私達との連絡用の方はバレていなかったそうです。
なにせ「やつら」は、携帯ショップの中にあるすべてのPCをウィルスで汚染するほどの力を持ってますから、敵対勢力の人間の携帯番号やアドレスなど簡単に割り出せるんでしょうが、しかし2台目は完璧に無事なんてこともミョーな話で…(笑)。いや、その2台目が何の為にあるかはもう明白でしょう。
焼肉屋での4時起き氏が「ああ、またこんなメール寄越して。フン」なんて余裕の表情をしていたのも当然です。そりゃ平気なわけですよ。自分で自分に送ってんですから。

これにて私は、市民団体(笑)と4時起き氏に対する興味を完全に失いましたが、K記者の方はどう関わっているのか?少なくとも彼らはプロレス事故の件で一緒に活動している頃からの付き合いがあり(実際はもっと古いかもしれません)、ボク愛さん除名の経緯を振り返っても、この二人が同じ意図を持って動いていると考えるのが自然でしょう。
またK記者については、除名騒動以外のことについても非常に不信感を持っていました。
それが敬愛さんとクッキーの件です。

※このクッキーの件については、以下に「追記」のかたちで書いておきます(ReadMoreをクリックしてください)。また、ただでさえかなりの分量があり、一から説明すると収拾がつかないので、当時の拳論を見ていて経緯をある程度知っている方向けに書いておりますのでご了承ください。

このクッキー事件で、K記者および拳論に対する不信感が高まったところに、前回書いた「ボク愛さん除名」と「T氏発言」があって、私は彼らとは決別することを決めました。
今まで長い間信じていたものが覆された反動があった為怒りも大きかったんですが、しかしこんな展開になると逆に「いやでも、やっぱり真実は逆でした(スブドコンビが正しかった)」なんてこともあるんじゃないか、という迷いも出てきます。何がホントで何かウソが、わけがわからなくなりましたからね。
ただ除名騒動に関しては、優しい優しい4時起き氏が、「T氏発言」と言う名の自爆テロ(しかし相手はノーダメージの為、ただの自爆)をしてくれて、私の迷いを絶ってくれました。
そしてK記者および拳論さんの方も、とある出来事により明確な答えを出してくれたので、踏ん切りをつけることができました。
次稿はそこから書き始め、おそらくそれが回顧録最終回になると思います。

回顧録7

旧徳さんとお会いできたことで、市民団体(笑)の活動にも榎さんの件にも、大きな勢いがつくような気分になっていました。ボク愛さん除名の件だけが少ししこりになってはいましたが、私やいやまじでさんは当然のこと、まだボク愛さんに会っていない旧徳さんにしても「市民団体(笑)orボク愛の二択」なんて考えはサラサラありません。せっかくできたファン同士のつながりを、色々な形で活かしていければ、という思いでした。
ただ当時、ごく一部に、もう人生かけてボク愛叩きに徹しているような人たちがおりましたね。実際にあの除名発表以来、拳論のコメント欄自体、急速に風向きが変わったような気がしました。

印象に残っているのは、石寺ナントカっていうコテハンの人。この方、臼井知史さんの総合格闘技の試合会場や三谷ジムのスパー大会にもいらっしゃってたようで、K記者からはよく「ああ、あの時は石寺さんも来てたんですよー」なんて話を聞かされてました。
で、だいたいそういう場には私もいるもんですから、何回かK記者に「えー、じゃあ紹介してくれればよかったのに」と言ったことがあるんですが、結局お会いすることはありませんでした。それまでは特に意識したことはなかった人ですが、なぜかこの頃から急激に色んな人を攻撃し始めてましたね。

除名以来ボク愛さんが沈黙してしまったので、何となく4時起き氏の意見に乗っかって「やっぱりボク愛さんの方に非があったのかな」となってしまうのはわからないでもないですが(まあでも、それってちょっと単細胞ですけどね)、伝聞だけでよくそこまで叩けるもんだなぁと、怒りを通り越していつも感心していました。市民団体(笑)に参加してもいないのに妙に会合の様子に詳しかったり、挙句には「そんな人は会には要りません!」とか断言しちゃったり。お前は何様だよ、と。
そんだけ威勢がいいのに姿は見えず。口裂け女みたいですね。お元気なんでしょうか。

そういえば管理人のH氏も透明人間でしたね。K記者が言うには、H氏は拳論の防波堤になる立場で、どこでどんなトラブルがあるかわからないので、あまり人に顔を知られたくないんだそうで。「コイツは大丈夫そうだから会うけど、アイツは危ないから会わない」などといちいち判断するのも難しいので、原則として極力人前に出ないようにしている、とのこと。
でも、そんな隠密行動取ってるわりには私に「先日のスパー大会、見に行ってはいたんですが、挨拶できずに失礼しました」なんてメール寄越したりするんですよね。それまで拳論さんの方とは、K記者とは一緒に大会の運営を手伝い、またHカメラマンとも挨拶を交わしたりしてるんだから、そんなこと言われたら次からは消去法で「どれがH氏だろう?」と探したくなるのが人情じゃないですか(笑)。黙ってればハナから気づかないところ、なぜわざわざ存在をアピールしたがるのかわかりません。
公安モドキの人といい、目立ちたいのか目立ちたくないのか、どっちなんでしょう。

閑話休題。
この頃は4時起き氏とはよく連絡を取り合ってました。旧徳さんについての印象や、会をどうするこうするといった話をしていたんだと思うんですが、ある言葉を聞いた瞬間、あまりに驚いて唖然としてしまいました。
それはある日の夕方(7月20~24日の間だと思います)のこと、電話で話してる中でボク愛さんの話題になった時、4時起き氏は次のようなことをいいました(正確な言いまわしは憶えておりません)。

「実はボク愛さんは、Tさんを通じて、榎さんの件をJBCに強引にねじ込もうとしたんですよ。それでTさんが怒ってしまって…。Tさんとはこれからも色々協力しなければならないので、そのこともボク愛さんを除名にした原因の一つです」

TさんというのはJBCの試合役員の方で、ボク愛さんは勿論、私も面識があります。
優男風な見た目に反してかなりな熱血漢で、こうと決めたらテコでも動かないような面もあり、まあ愛すべきボクシングジャンキーという印象の方であります。
その人を通じて、榎さんの件を無理やりねじ込もうとした…これは到底信じられないことです。

その時点で既に、私たちは榎さんと3回ほど会っていたと思います。
河岸はだいたい松戸の居酒屋でしたので、話してるうちにヒートアップしていくこともしばしばあります。
榎さんにしてみれば、肘打ちでの敗戦もさることながら、周囲の同意が得られないことが何より不思議で、悔しかったことだろうと推察します。つい口調が荒くなることもありました。
そんな時にボク愛さんはいつも「いくら自分が正しくても、話を聞いてもらわなければ負けだ」「無理やり首ねっこを押えて謝らせても意味はない」「その為には今までのように、言いたい放題悪態ついてはいけない」「これからは今まで敵だと思ってた人にも理解してもらわなくては」「対話を続け、丁寧な作業を、時間をかけてやらなければいけない」…こうしたことを榎さんに何度も話していました。
市民団体(笑)在籍時も、「強い気持ちや態度も大事だが、まずは対話を」と言っていた人が、何の見境もなく、知り合いを通じて自分の希望をねじ込むなんてことがあるわけがない。

それを聞いた時の第一感は当然「そんなバカな」でした。しかし、ちょうどその前後の何日かはボク愛さんと話をしておらず、最後に話した時も「今度また色々お話しします」と、何やら含んでいた様子だったので、何かの理由があってそんな行動に出たのかもしれない、ということもあり得ない話ではない。だって現に「ボク愛さんがねじ込んだ」と4時起き氏が言うんですから。

これは本人に確かめるしかありません。ボク愛さんに電話をかけ、単刀直入に「ボク愛さん、榎さんの件を再度ねじ込むようにTさんに働きかけたんですか?」と訊きました。
この時のボク愛さんの表情、電話ですから想像するしかないんですが、目が点になっていたと思います。ニコニコ動画なら頭の上に「?」が五つくらい並び、ついでにおでこに「肉」マークかなんかついてたでしょう。
「え?誰かがねじこんだんですか?は?僕が?いやいやまさか…えーっ!」
この反応を聞いた瞬間、私の中では4時起き氏に対する信用度はきれいにゼロになりました(今では「マイナス」ですが、この頃はまだゼロでした)。

「そうですか。ついにそんなことまで言い出しましたか。それ、どっちが(Tさんor4時起き氏)言ったんでしょうね…」
Tさんが本当に「ボク愛にゴリ押しされた」と言ったのか、それともTさんはそんなこと言ってないのに、4時起き氏が創作したのか。どちらかがウソをついているということになります。
いやいや、単純にボク愛さんがしらばっくれてるんじゃないの?というのも可能性としてはありますが、これはその数日後、Tさん本人が明確に否定しております。ボク愛さんがメールで「こんなことが囁かれているんですが」と訊いたところ、「何のことですか、それ?」「意味がわかりませんね」「どっかの掲示板の書き込みの類なら無視していいですよ」といった内容の返信をされています。
これとて、返信したのはTさん本人とは限らない…なんてことまで言いだすとキリがないし、こっちは裁判で採用されるような証拠を求めているわけではなく、自分で確信できる理由があれば十分です。もっとも、Tさんのメールの返事を待たずとも、自分の中で結論は見えてましたが。

ボク愛さん除名の件にしても、キッカケはちょっとした言葉の行き違いで、しかもよく話をすれば何てことのないレベルのことが、あれだけの事件になってしまった。まあ今思えば、故意に大事件に仕立て上げたと考えるのが自然ですが、今回の「ボク愛がTさんにねじこんだ」発言は、明らかに「悪意(一般的な意味としても、法的な意味としても)」があります。

今となっては、「誰がウソつきだったか」なんてことに意味はありません。「彼ら」の中の誰かの発案だったんでしょう。しかし不思議なのは、なぜそれを電話で私に話したのか?ということです。
そんなことを言えば、ウチ猫はボク愛に確認を取るだろう、と容易に予想できるはずです。で、実際はウソなんだから、当然ボク愛は否定する。そうなったら、ボク愛の腰巾着のウチ猫のこと、ボク愛の方を信じてしまうのではないか…というところまでは、将棋でいうところの一本道。となれば、そんなウソはすぐばれるというのは明白だと思うんですがね。
小学生でも高学年になれば、親にウソをつこうと思ったら、友達と口裏を合わせるくらいのことはするもんです。で、その友達の母ちゃんあたりからウソが発覚したりするんですが、Tさんのメールを見てもわかる通り、その程度の工作の跡すらないってのもおかしな話で。

てことで私の予想ではこの真相、「4時起き氏の勇み足」に10000スブド。
ボク愛の除名にもすんなり従ったし、得意のスブドネタでウチ猫は完全にこっちに取りこめた。ここでダメ押ししてボク愛との関係を切っておこう、との目論見で、あんな出まかせを口走ったのではないかと思ってます。
そんなことをせずとも、ボク愛さんはケジメを守って市民団体(笑)には近づくつもりはなかったのに、藪をつついてしまったんじゃないかと想像します。まさかとは思いますが、友人としての関係すら断ってしまおう、なんてことまで考えていたとしたら傲慢もいいとこですけどね。
それにしても4時起き氏、色んな場面で登場しては、最後は毎回必ず、自分の失言で自爆ですね。

ともかくこれで、私は市民団体(笑)についてまったく興味がなくなり、そんな心の隙をついたボク愛さんに騙されていくことになります(笑)。

回顧録6

旧徳さんとコンタクトが取れたとなると、当然ボク愛さんも会いたくなるのは人情です。しかし旧徳さんが来る目的が、一応は「市民団体(笑)のメンバーと会うこと」であり、そこを除名されたばかりの身である自分が行くと問題がある、ということでボク愛さんは辞退しました。
その代わりに、榎さんから預かった、対ガルサ戦のDVDを「ぜひ旧徳さんにも」と託されたので、私がそれをお渡ししました。その後、旧徳さんは映像関係に強いということから、「今後あの映像を色んな人に見てもらうにあたり、試合全部を見るのは大変だから、要所要所だけ拾ってダイジェスト版みたいのを作れますか?」という厚かましいお願いをしたところ、ソッコーで作ってくれたのが、あのYouTubeにあがっている検証映像です。

さあ、今度の日曜は旧徳さんが来るぞ、ってのはいいんですが、その前にボク愛さん除名発表がありましたね。これも、私といやまじでさんとNさんの3人は、4時起き氏とボク愛さんの話し合いで決まったものと思ってましたが、実情は私の「回顧録5」やボク愛回想録にある通りです。
ちょっとわかりづらいかもしれませんので要約すると「私は除名でけっこうです。しかし代表が決まってこれから組織として活動する以上、こうしたことは全員の決を取りましょう」というボク愛さんの提案に対し、「決を取るのはいいけど、もし除名反対の声が多かったら私が代表降ります」という投げやり宣言がここで炸裂。そこで「反対する人が出てもめても困るので、(ボク愛は除名にするという)根回しは、私自身がやりますから」という流れがありました。
これからクビにされるという人の方が、その組織のことを気遣った発言をしてるという奇妙な構図です。

しかし蓋を開けてみれば、代表様が、(今は亡き)会の掲示板と拳論上で「会の代表としてボク愛氏を除名します」と高らかに宣言しちゃった挙句に、その後各メンバーに「私の決めた処分は除名ですが、その可否を返答してください」と、これまたおかしなことを言いだしました。
いや、だって…代表の権限で除名なんでしょ?と突っ込みたくなるんですが、代表が除名と言っちゃった以上、皆戸惑いながらも賛成票を投じました。ボク愛さんの「決を取る」が気に食わなくてツルの一声で決めたというならいいですよ。だったらその後に敢えて下々の声をお聞きになるのは何の意味があるんでしょうか?そこで仮に反対が多かったら、今度こそ「じゃあ俺やーめた」ですかね。。

どうもこの方、海外が長かったせいか日本語がチグハグな時がありますが、こういうのは国語の能力の問題じゃなく、単に「人の話を聞いていない」というだけでしょう。真剣に話をしてる相手に対して、まったくふざけた態度です。
ボク愛さんの「問題発言」以降、K記者と4時起き氏に対する違和感はジワジワ大きくなっていきましたが、まだこの時点では、上記のようなボク愛さんと4時起き氏のやり取りも知らなかったし、ボク愛さん自身が「とにかく今は、せっかくの火種を消さないように」と、会の存続を第一とした話をするのみでしたので、私も雑念は振り払うようにしておりました。

そして7月17日(日)、いよいよ御大・旧徳さんの登場です。新宿で待ち合わせし、不当に高いアイスコーヒーを出す喫茶店で3~4時間お話ししました。私は途中から腹が減って来て、こんな店じゃなく「つぼ八」にでも行けば良かった…と後悔しましたが、楽しい時間が過ごせました。
旧徳さんの印象はほぼ予想していた通りで、まあとにかく頭の回転が速い(お世辞じゃないですよ)。貯蔵してる知識の絶対量もケタ違いではあるんですが、そこから適切なものを、より速くピックアップできるんだと思います。もう私とでは、スーパーコンピュータとゲームウォッチくらいの差があります。

この日は、私たちも市民団体(笑)のメンバーとして会ってますから、メンバー募集に応じて集まり、最初の会合があり…と、まずは順を追って経緯をお話しました。当然その流れでボク愛さん除名のことも話しましたし、よせばいいのに、4時起き氏直伝のスブドネタまで披露してしまいました。ああもう、本当にあれは消したい過去ですね。改めてちゃんと聞いたことないですが、あのスブド関係の話しをした時、旧徳さんはどう思ってたんでしょうね?昔の同級生に呼びだされて会いに行ってみたらア●ウェイの説明会だった…みたいな感じでしょうか。今度教えてください(笑)。

帰り際には勿論、互いの連絡先を交換して別れたんですが、その後旧徳さんからは、観戦した試合の感想や、亀ちゃんブラザースの面白広告映像等が送られてきたりして、メールでの交流が続き、翌月にはいよいよ、こちらから大阪に乗り込んで行くことに…となるんですが、これはまた別途お話します。
そしてこの日から一週間と経たないうちに、私ウチ猫が市民団体(笑)から離れる決意をしたことが起こるんですが、次回はそこから書いていきます。

回顧録5

すっかりご無沙汰している我が回顧録ですが、もうその存在すら忘れ去られている気がしないでもないですね。しかし、始めた以上は最後まで書きたいと思います。
「ウチ猫さんの回顧録を読みたい人も(たぶん全国に3人くらいは)いますよ!」と激励してくださる方もいるので、頑張ってやっていきましょうか。
※本稿では混乱を避ける為、「BB」さんではなく、当時の「ボク愛」さんで表記します。

前回は、ボク愛さんの拳論でのコメントが紛糾の種になり(といっても、4時起き氏が一人で勝手に紛糾してただけだと思いますが)、結果、除名にまで発展したというところまでお話ししました。このくだりはボク愛回想録「市民団体の続き…除名処分」でも詳述されてますのでご参照いただきたいのですが、この時期、4時起き氏とボク愛さんの間では、かなり頻繁にメールや電話でのやり取りがあったんです。
ボク愛さんからすれば、ただでさえクソ忙しくて寝る間もないのに、何とかこの会を成功させたいとあれこれ準備もしてたわけですから、「あの発言が問題になること自体は不本意ながら、紛糾させたなら責任を取ります。除名もやむなし。なんなら拳論に謝罪もします。ですからこのファンの会については…」と、立て直しに向けて建設的な意見を出すんですが、当の代表様が、いつまでもグチグチと「K記者の顔を潰した」だの、「そんなら私が代表降ります」だの、何の役にも立たない御託を並べる始末。まさに「いやまじで」さんが言うところの「一人でもやる、ではなく、一人でやりたい」のではないか、という部分が見えてきます。まあその後の顛末を見れば、一人になっても何にもやってなさそうですが。

一方、会合から数日後の7月12日、後楽園ホールでは、日本スーパーライト級王座決定戦が行われたのですが、この日は私にとって忘れられない日となりました。
この試合は元々、市民団体(笑)のメンバー4人で観戦する予定だったのですが、仕事の都合でボク愛さんが欠席し、行ったのは私と「いやまじで」さん、あとのお一人はNさんとしておきますが、その3人でした。ボク愛さん不在は残念ながら、会のメンバーとの初観戦ですから楽しみにしていたところ、突如ボク愛さん除名の報が入りました。
実は私、この知らせを、除名した方かされた方か、どちらから聞いたか忘れてしまったんですが(汗)、残念な思いはあったものの、ここ数日の流れからすれば予想はできたことでした。
代表様からは、今日、会のメンバーと会うのなら、ボク愛さん除名の件を伝えておいてください、とのご指示がありましたので、興行終了後、いやまじでさんとNさんを食事にお誘いし、事の成り行きをお話ししました。
このお二人も、いきなりの除名に驚いてはいましたが、せっかく知り合えたんだから、会とは関係なく、今後もお付き合いする分にはなんら差し支えないという考えで安心しました(まあ当たり前ですけどね)。

そしてもう一つ、この日が忘れられない日となった理由があります。
まさにこの3人で食事してる最中だったと記憶してますが、4時起き氏からメールがあり、そこには、あの関西の重鎮・旧徳さんからアプローチがあったと書かれていました。
なんでも、数日後に震災の復興ボランティアで被災地へ行き、その帰りに東京を経由するので、できたら市民団体(笑)の方とお会いして話を聞きたい、ということだったようです。しかし、4時起き氏は多忙で都合がつかないので「ウチ猫君ならヒマ人だから会えるかもよ。訊いときましょうか?」と応えたところ、旧徳さんから「では私のメールアドレスを教えますので連絡をください」と返事があった、とのことでした。
これには一瞬、(申し訳ないですがボク愛さん除名の件も忘れて)テンションが上がりましたね。旧徳さんのコメントといえば、勿論キレもコクもあるんですが、基本姿勢に一本筋が入っててまったくブレがないというところが何より凄い。それでいてカタブツではなく、たまに変な匿名クンといつまでも遊んでたりするし(笑)、とにかく魅力的で興味深いキャラクター、という印象で、いつかお会いして話をしてみたいと思っておりました。
早速その場でいやまじでさんとNさんにもそのことを話すと、当然この二人も乗り気で、では4人で会いましょう、ということになりました。

私は神仏は信じてないんですが、今振り返るとこの時のタイミングには「天に感謝」という気分になります。ご承知の通り、このあとほどなくしてボク愛さんや私は市民団体(笑)から離れていく…というか、団体自体が消滅同然になったんですが(ですよね?まだやってんのかな?)、旧徳さんからのアプローチがもう少し遅かったら、会う機会がなかったかもしれないですからね。
実際、私たちが市民団体(笑)から離れて今に至るまでの間、たくさんの方々とお話をしました。それはあくまで、自分たちの見た・聞いた・考えたことをきちんと伝えておきたい、という意味であり、決して「仲間を増やそう」とか「あいつをこっちに引き込もう」といったくだらない理由からではありません。
そうして話をしてる中で、もし一緒にいろいろ(たとえば榎さんの件等)やっていただけるのならお願いしましょう、という風になることもあれば、「我関せず」の立場を崩さない方もいます。
。いやまじでさんの場合もご本人の寄稿にある通り、どちらの言い分も公平に聞くというスタンスでしたからね。その後4時起き氏が珍妙なメールを出して勝手に自爆しましたが。

正直なところ、話を聞いてもらいさえすれば、「どちらにつくか」なんていう低俗なことは抜きにして、私たちの真意は理解してもらえるという自信はありました。だって何ひとつやましいことはしてないですからね。しかし中には、その「話を聞いてもらうだけ」というハードルが、思いのほか高い人もいまして。
街中で見ず知らずの人に話しかけてるわけじゃなく、何らかの形でリアルに接点がある人たちにアプローチしているのにも関わらず、まるで無反応というケースが二、三ありました。
自分たちの感覚でいえば、「話があるなら聞きましょう、それを受けてこちらも意見を言いましょう」となるのが普通で、話し合った上で「賛同できない」というならいいんですが、まったくレスポンスがないとなると、どうにもなりません。まるで「理屈を並べても無駄だから無視が一番」と、振り込め詐欺か架空請求の業者にでもなった気分です(苦笑)。

単に話をするだけなのに、なぜそんなに怖がられるのか、最初はけっこう気にしたりしたんですが、今はそれに固執することはしないようにしています。どんな理由であれ、私たちの話を聞きたくないというなら仕方ない。信用を得られなかったのはこちらの責任です。いつかひょんなところでまたお近づきになる機会もあるかもしれませんし、それまでは自然体でいこうかと思ってます。
そんなことが多々あったので、本当にこの旧徳さんとの出会いが実現したことは最高のタイミングでした。