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『努力の天才』高山勝成選手の冒険が終わるとき 全日本選手権東海地区予選レポート


 残念無念!

 2013年以来当ブログでおいかけて来た高山勝成選手が、去る8月31日に岐阜県で行われたボクシング全日本選手権東海予選で敗退し、目指していた東京五輪への出場は夢と終わりました。この東海予選にはライトフライ級で全日本四連覇し昨年フライ級で三位の実績を持つ自衛隊の坪井智也選手もエントリーしていたことから、プロアマトップ同士の異次元対戦が実現するか?と期待されましたが、高山選手は初日の抽選で宇津輝選手と対戦することになり、坪井選手とグローブを交える前に敗退しました。

 まずは試合当日の振り返りから…。

 高山選手は軽量級で試合順が早いと言うことで、当方も競技開始一時間前に会場の岐阜工業高校に到着し(笠松競馬場に寄り道したので裏口から…)、学生さんに道を聞いてアップスペースにたどり着くと高山選手はフィジカルトレーナーのケビン山崎氏とアップ中。鉄棒のような大きな機材を持ち込んでストレッチをする高山選手の周りは報道陣やプロ時代からの応援団が取り巻いています。

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 一方高山選手以外の選手たちはアップスペースの反対側に陣取ってお互いにミットを持ったり、シャドーをしたり、話したりしながらリラックスした様子で競技開始を待っています。広大なアップスペース二分する両陣営の様子を見る限りは、高山選手とアマ出身選手との交わりはまさに異文化の衝突という趣でありますが、それもこれも第一歩。高山選手が扉をこじ開けたことで発生している現実であります。

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 高山選手をサポートする山口賢一氏やトレーナーの中出博啓氏にもご挨拶して少しお話を伺いましたが、調子はとても良いとのこと。7月の愛知県予選でも動きはプロ時代と遜色なく、色んな意味でそのブレなさに驚かせてもらいましたが、経験豊富なチームらしく「やることはやった」という落ち着きが感じられます。

 高山選手の試合は二試合目で、会場の半分は高山応援団で埋め尽くされており大きな声援が飛びます。

 3ラウンドダッシュのアマスタイルへのスタイルチェンジは果たして更に進化しているのか?対戦相手の宇津選手はサウスポーの現役大学生。高山選手との年齢差は実に16歳。親子でもおかしくない対決であります。

 ゴングが鳴ると高山選手は前戦のサークリングするスタイルではなく、サウスポーに正面で対峙してプレッシャーをかけてジャブからボディを狙いますが、宇津選手は速いステップとハンドスピードを生かして高山選手の打ち終わりに左を合わせて攻勢。高山選手は宇津選手のスピードについていけず苦しい立ち上がりとなります。

 2Rは序盤に宇津選手が立て続けに見栄えのいい左を当てて、高山選手の頭を跳ね上げて明確にリード。高山選手はスピードと距離勘の良さに手を焼いてなかなか頭に届くパンチが打てず、ボディを打ちに行けば頭の低さを注意される苦しい展開。しかし諦めずにかけ続けたプレッシャーが徐々に効いて、2Rの後半からしつこいボディうちが奏功。宇津選手のフットワークが目に見えて鈍くなる。

 3Rも高山選手は愚直に前進し、ボディに左右のパンチをふるって前進。宇津選手はみるみる失速し、手数も足も鈍くなります。しかしフィジカルとスタミナとメンタルの強さで底なしの『高山地獄』に飲み込むには3Rはいかにも短すぎたか。序盤許したリードは致命的で、宇津選手を仕留めきれず試合は終了。

 判定はジャッジ三者とも1と2Rを宇津選手、3Rを高山選手にふって2-1で宇津選手の勝利。試合後高山選手の応援団がかなり不服さをアピールしていましたが(ああいうのは選手のイメージが下がるので良くない)、判定は妥当であったと思います。

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 試合後の取材で潔く敗北を認めたという高山選手。3Rの試合形式の難しさを率直に認めたのはきっと本心であったと思います。実際プロ時代はあのままラウンドを重ねて相手を飲み込んでいくのが高山選手の恒例のスタイルで、スパーでも序盤は元気な相手にやられても、プレッシャーと手数で気持ちを折っていくのがいつものことでした。日本ボクシング連盟やAIBAの不合理な方針によって競技参加が遅くなり、ぶっつけ本番で全日本選手権のワンチャンスにかける形になりましたが、もう少し準備期間があり3Rの試合に順応できていればまだまだやれたのに、と思わずにいられませんでした。

 高山選手がプロアマの間にあった重い扉をこじ開け、全日本選手権予選のリングに上がって未経験のルールで二勝を上げたことは、ほんの数年前には想像も出来なかったような非現実的な『事件』でありました。高山選手と彼のチームは、ずっとそうやって一見荒唐無稽なことに挑んで、前人未踏のキャリアを切り開いて来ました。ミニマム級の小さなボクサーが、「やりたい」と言う一念で突き進んだことで実際に何度も歴史を変えてきたのです。

 思えば高山選手のキャリアは挑戦の繰り返しでした。キャリア当初からジム移籍を繰り返して世界のベルト追いかけ、その後JBCのライセンスを返上して海外を転戦して当時未公認だったIBFのベルトを敵地メキシコで戴冠し、国内復帰後はまたも敵地で統一戦に挑んで敗れたもののIBFとスポーツイラストレイテッドの年間最高試合に選ばれ、同一階級での4団体制覇を実現し、なぜか高校に入学して学生ボクサーになり、そのまま大学に進学したと思ったら東京オリンピック出場をぶちあげて本当にアマのリングに上がってしまった。

 クラブ制度の日本のプロボクシングではタブーとされてきたことを繰り返してきたキャリアは、時にワガママでエキセントリックだと映ることもあったでしょう。彼が閉鎖的なムラ社会で波風を立てながらもキャリアを全うできたのは、実際に行動を起こしたとき常に『結果』を出してきたからです。そういう点で彼は紛れもないプロでした。コンデイショニングや練習態度、試合に臨む姿勢は常にマジメ一徹でムラがなく、苦しい試合でも決して諦めない強靭なメンタルをもっていました。だからこそ周囲の人も彼に賭けることが出来た。公私に渡って彼を支えて来た山口賢一氏は高山選手を評して「努力の天才」と言いましたが本当にその通りだと思います。

 私が思う高山勝成の人物像は『好き勝手にやるために、徹底的にマジメに生きた人』というものです。彼のマジメで決して手を抜かない人間性があったからこそ、世界を転戦して最終的にオリンピックを目指すというところまで物心両面でそれが出来る環境を維持できたのだと思うのです。

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 高山選手が近畿大学に出稽古に行ったときのこと、自分の練習を終えたあと初心者の新入生にジャブの撃ち方から教えている姿を見て「自分の練習に来てるのに、なんでそんなことするんですか?」と尋ねたことがあります。そのとき高山選手は「自分も海外でジムにいたときひとりぼっちだったから、ああやって一人で鏡に向かってる子の気持ちがなんか分かるんですよ。だから『良かったらなんか一緒にやろうよ』っていうそれだけなんですよ」と答えてくれました。彼はいつも偉ぶらない人でしたが、一方で試合前の追い込みになると、普段の優しくて穏やかな姿とは全く違う鬼気迫るような集中力を見せ、その豹変振りに何度も驚かされました。

 名もない少年だった高山選手の才能を見出し、20年以上に渡ってチャレンジを支えて来た中出博啓氏は、日本のボクシング界では極めて異端的なフリーランスと言っていいトレーナーでした。会社経営をしながら南アフリカやメキシコを転戦してきた中出氏のスタンスは日本のボクシング界のムラ社会文化とは断絶しており、軋轢もありましたが結果的にその独特の立ち位置故に高山選手の自由なチャレンジを支えることが出来たと思います。その時々の対戦相手に対する中出氏の分析や試合展開予想はいつも驚くほど的確で、その会話の中で私はボクシングの見方を何度も学ばせて頂きました。

 当方が関わったのは高山選手のキャリアの晩年ではありますが、現場での生の体験を通じて大変有意義な勉強をさせて頂き、より深くボクシングを学ぶことが出来ました。今一度感謝させて頂きたいと思います。山根明氏の問題を追及して来たのも、高山選手のオリンピック出場の一助になればと言う思いでやっていたことは間違いありません。オリンピック挑戦のリングに立つ高山選手が見れたことは何よりの喜びでした。

 高山勝成と彼のチームが長い旅を通じて成し遂げたことは、今後日本のボクシング界に多大な影響を与えて、改めて評価される日がきっとくると思います。

 本当にお疲れ様でした。

 坪井選手の対戦が見たかった(旧徳山と長谷川が好きです)

高山勝成がアマのリングで歴史的勝利 

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 山が動いたと言いましょうか、2019年7月6日と7日、ついに高山勝成選手がアマのリングに上がりました。

 「東京五輪に出場して金メダルを目指したい」

 高山選手が2017年にぶちあげたその目標は、当初完全な絵空事と捉えられていました。ファンも関係者もその実現可能性を真剣に受け止めた人は多くなかったでしょう。当時オリンピックボクシングを統括していたAIBA(国際ボクシング協会)はプロ選手の出場に資格制限を設けており、日本ボクシング連盟(以下日連)もプロの参加に否定的でした。山根明氏の一般的な知名度も、ほぼ皆無に近かったと思います。ファンやメデイアの中には、「高山選手の行動はワガママで自分勝手だ」というような論調すらありました。

 その当時の中出博啓トレーナーのインタビューはこちらから
          ↓
 『高校卒業→大学入学』からの『世界王者のままプロボクシング引退!』からの『東京オリンピック挑戦宣言!』 中出博啓マネージャー兼トレーナーに聞いた、展開がダイナミックすぎる高山勝成選手の今までとこれから PART1

『高校卒業→大学入学』からの『世界王者のままプロボクシング引退!』からの『東京オリンピック挑戦宣言!』 中出博啓マネージャー兼トレーナーに聞いた、展開がダイナミックすぎる高山勝成選手の今までとこれから PART2


 オリンピックの主催者であるIOCはあらゆる競技でプロ選手の参加を奨励しており、本来なら高山選手の参加意思表明は歓迎すべきものです。高山陣営は署名活動やIOCやJOCやAIBAへの陳情、スポーツ調停の申し立てなどあらゆる手段を通じて競技参加への道を探り、プロアマの間に横たわる時代遅れな厚い壁を破ろうともがいて来ましたが、日連やAIBAの反応は極めて鈍いものでした。

 このまま時間だけが過ぎていくのか?と思われたおよそ一年前、皆様の記憶にも新しい山根明氏のスキャンダルが起こります。一連の内紛は『奈良判定』などの不正が発覚したことで社会問題となるほど大きな騒動を呼び、結果的に山根氏は失脚しました。一方国際組織のAIBAも、ガフール・ラヒモフ会長の麻薬犯罪との関わり(どんな組織やねん...)や競技における判定や審判の問題などから今年5月にIOCによって五輪競技からの排除を勧告されます。高山選手の競技参加を阻害していた勢力は自滅に近い形でボクシング界から去り、あれよあれよという間に視界が開けました。

 そして7月にはもう、高山選手は予選のリングに立ちました。プロで四団体のベルトを奪取して頂点を極めた男が、30代の半ばを過ぎてもう一度違う目標の為に、地方予選から戦いを始めたのです。わりと当たり前に受け止められていますが、これはかなり奇跡的なことです。

 高山選手が出場した試合の会場は、名古屋の住宅街の中にある専門学校の体育館でした。会場の入り口には来場者の靴が溢れんばかりに乱雑に脱いであり、観客も大半は同日行われた少年の部の試合の関係者や父兄です。華やかとは言えませんが、これまでも南アフリカやフィリピン、メキシコと未知のリングに裸一貫で上がって道を切り開いてきた高山選手にはかえってふさわしい舞台にも思えます。

 個人的には 「プロアマの壁を壊して世界チャンピオンがリングに上がる歴史的な試合が無料で観覧できるのに、あんまりファンは関心ないんだなあ」と少し寂しく思いましたが、報道の関心はかなり高く、記者席は満杯でその後ろにはテレビカメラの三脚が並んでいました。

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 少年の部の試合が15試合続いた後、そのまま成年一試合目の高山選手がリングに入場。リング下には中出博啓トレーナーやケビン山崎氏、山口賢一氏も集まってプロ時代さながらの臨戦態勢。緊張が高まります。

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 自分が一番注目していたのは、実戦は三年ぶりという高山選手の試合勘でした。まして彼の年齢はもう36歳。ハードワークでスピード命のスタイルが身上の高山選手にとって、加齢という残酷な事実を突きつけられる可能性もあります。

 当然プロのようなコールもなく、淡々と試合は始まりました。高山選手はプロの時代と変わらない上から吊られているような体軸のぶれないフットワークに、旺盛な手数で攻め立てて相手のパンチへの反応も良く上々の立ち上がり。捨てパンチを生かしたコンビネーションやフェイントからのビッグパンチなどテクニックも以前のままでした。対戦相手は中央大学の藤原幹也選手。序盤はサークリングしてパンチを当ててくる高山選手を攻めあぐねていましたが、徐々に圧力を強めて接近し打ち合いに持ち込んで捕まえにかかります。藤原選手は高山選手のストレートの軌道にも徐々に対応してパンチを返していきます。2Rでは高山選手が前進を受け損なって背中を向けて注意を受ける場面もあり、パンチを貰っても苦にせず前進してくる藤原選手が攻勢をアピール。ヒットは高山選手が多いものの、藤原選手は下がらずに手を出し続けて前進し、最後は打ち合いになって会場は両者の応援が入り乱れてやんやの歓声となりました。

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 終わった時点では高山選手がとったかな?と感じましたが判定結果は割れて2-1で高山選手の勝利。負けた藤原選手は大きくのけぞって悔しさを滲ませました。3Rの中に展開があり面白い試合でした
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 一者がフルマークで藤原選手という採点結果を見た瞬間、リング下にいた中出トレーナーは「えーっ一人フルマーク?」と驚きの声を上げていました。3Rでここまで採点結果が真逆になるというのは私も疑問でした。藤原選手が勝っていたという感想を持っておられる方も結構いたので、勝ち残るためには3Rという短いラウンドで圧倒的な差を見せる必要を感じました。

 試合後に中出氏に少しお話を伺うと、4月に視察したアジア選手権の採点傾向も分析したうえで、採点基準への対応の必要性を力説されていました。高山選手の仕上がりについては「アジャスト出来とったでしょ?サークリングしてパンチを当てていくのはエディジムに居たころの昔のスタイルに近いと思う」とのこと。

 試合が終わってみれば高山選手の力量はプロ時代から維持されており、さらにトーナメントの連戦に併せた調整法、採点基準に順応することで上がり目はあると感じました。ただフィジカルの強いトップ選手と当たった時に、今のサークリングして交わすスタイルでは難しいとも思います。実際試合後藤原選手は「手数は凄いけどプロ選手特有の一撃のパンチ力は感じなかった」旨のコメントをされていました。プロアマのトップ同士の対戦はまさに未知の世界であり、何とかそこまで勝ち上がって試合を見せて欲しいなと一ファンとして思います。
 
 東海予選も観戦に行きたい(旧徳山と長谷川が好きです)

全ては山口賢一から始まった 映画「破天荒ボクサー」初日レポート

久々の更新であります。コメントの反映も遅くなり申し訳ありません。

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本日は当ブログでもすっかりお馴染み、日本ボクシング界の革命児にして改革者である山口賢一氏(以下ヤマケンさん)のドキュメンタリー映画「破天荒ボクサー」の公開初日でありました。

ヤマケンさんと当ブログのお付き合いもなんだかんだで4年弱。バイタリティに溢れいつでも新しいことにチャレンジをしている彼は、常に話題を提供してくれます。

山口賢一についての過去記事はこちらから
          ↓
インタビューでは独特の感性でボクシング界を渡ってきた波乱のキャリアと様々な爆笑のエピソードを伺い
イズム全開 山口賢一インタビュー&スパーリングレポートPart1                         
イズム全開 山口賢一インタビュー&スパーリングレポートPart2 
イズム全開 山口賢一インタビュー&スパーリングレポートpart3
イズム全開 山口賢一インタビュー&スパーリングレポートpart4
イズム全開 山口賢一インタビュー&スパーリングレポートpart5 完結編

レジェンドボクサー、ギジェルモ・リゴンドーともまさかの邂逅
レジェンドが来た!ギレルモ・リゴンドー接近遭遇レポートin大阪天神ジム

日本未公認のWBFタイトルマッチの波乱に満ちた顛末
日本ボクシング界の風雲児 山口賢一選手が来週大阪でWBFタイトルマッチ!
『先駆者 山口賢一』 WBFタイトルマッチの意義
本邦初!WBFタイトルマッチリポート 山口賢一VS小林健太郎
WBFタイトルマッチの余波色々 西日本協会は緊急理事会を召集し引き締め&組織防衛!

そして日本ではタブーとされていたプロボクシング自主興行
JBCだけがプロボクシングにあらず 5.3観戦記
JBCだけがボクシングにあらず 11/5 WBFアジアタイトルマッチ

まさに『ヤマケンの動くところ事件あり』であります。

現在はジムオーナー兼マネージャーとして多くの日本人ボクサーを育成しアジアに送り出しながら、プロモーターとして自前の興行もこなし、愛知県の高校でボクシング部のコーチもしつつ映画まで作ってしまったヤマケンさん。

本日公開された武田倫和監督「破天荒ボクサー」( →公式サイト)はそんなヤマケンさんの目まぐるしい日常に密着したドキュメンタリー作品であり、クライマックスは2016年のWBFタイトルマッチになっています。そこにたどり着くまでの紆余曲折や、日本のプロボクシングが抱える問題点、ファンにはなかなか窺い知れないプロボクサーの行動原理などが良く分かる作品となっています。

映画『破天荒ボクサー』予告編動画
       ↓


公開初日の劇場は補助イスと立ち見も出る盛況で、入場できなかった人も出たそうです。

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上映後は舞台挨拶とトークもあり、東京五輪を目指す高山勝成選手も登場。客席から中出博啓トレーナーもマイクを握ってコメントしました。

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映画タイトルには「破天荒」とありますが、自分にとってヤマケンさんは海外に飛び出してメジャー4団体加盟を促進し、閉鎖的なクラブ制度の非合理性を行動で指摘し、プロ選手の五輪参加への道筋をつけた理論と行動のバランスのとれた実践家でもあります。そして義理堅く、細やかで人間味がある人でもあります。山口賢一の魅力が映画を通して伝わることを祈っております。

来週末は岡山に遠征する(旧徳山と長谷川が好きです)

『高校卒業→大学入学』からの『世界王者のままプロボクシング引退!』からの『東京オリンピック挑戦宣言!』 中出博啓マネージャー兼トレーナーに聞いた、展開がダイナミックすぎる高山勝成選手の今までとこれから PART2



 それではいよいよ本題、東京五輪チャレンジ宣言の真意と、その展望をお伺いしていきます。

 引退までの経緯についてはPART1をごらんください→『高校卒業→大学入学』からの『世界王者のままプロボクシング引退!』からの『東京オリンピック挑戦宣言!』 中出博啓マネージャー兼トレーナーに聞いた、展開がダイナミックすぎる高山勝成選手の今までとこれから PART1

 枠にとらわれず越境していく、スケールの大きなチャレンジ精神は一体どこからきているのか?3分3R、ノーヘッドギアというオリンピック競技への順応は可能なのか?引き続き中出氏に伺いました。

中出氏


 海外挑戦で味わった昂揚感

HB- 要は『何をやったら自分がやる気が出るか?』ということですよね。どういうことに対して気持ちが上がるのか、意欲が出るのかという。

中出-変な話やけど、昂揚感ってあるでしょ。現実としてね、IBFを海外でずっと狙ってやってきて、獲って日本に帰って来たでしょ。そうすると海外と違って、日本は設備がきれいで、ちゃんと予定が決まってて、順序に沿ってリングに上がれるわけじゃないですか。それは便利で素晴らしいことなんやけど、あのなんていうんやろうな…。

HB-南アフリカとかメキシコとかで感じた昂ぶる気持ちと、何かが違うと(笑)。

中出-だから、おんなじ『君が代』聞くんでも、ヨハネスブルグとかメキシコのリングで聞くのと、日本の府立で聞くのとは、こっちの気持ちとしたらホンマに全然、それはもう全然違うんですよ。

HB-それはそうでしょうね。そういうことを、辛さも面白さも一回体験をしてしまうと、もう後戻りできない(笑)。

中出 そうなんですよね。だからと言って「じゃあもう一回海外挑戦やれや!」って言われても俺も仕事あるし(笑)。実際試合行ったら、一週間二週間は本業も手付かずですからね。まあ俺の思いとしては本当はプロで、ライトフライの試合やってからと思ってたんですけどね。

HB-今チャンピオン日本人ばっかりですからね。

中出-でも高山にしたら今から、オリンピックの予選に行ける行けへんは別に準備をしたいと。

HB-実際、あと一年プロやったら、オリンピックは時間的に無理ですよね

中出-怪我と付き合いながらはやっぱり必死じゃないですか。正直胸のうちを言うたらね、僕自身も(高山選手が)怪我のストレスをかかえながら試合をすることに結構疲れてたんですよね。実際、スタイルも変わらざるを得んようになってね。僕はメロ戦とか新井田戦のときのスタイルが本来やと思ってるんですよ。パンパンとパンチ入れて遠いところに離れてという。

HB-あのスタイルを現在のフィジカルが上がった状態で出来れば一番いいんだけど、目の怪我があって出来ない。

中出-だから、今はもう正直パワーファイトですよ。トレーナーの立場から言えばここ何年は、全部明確な試合なんですよ。例えば日本の選手、小野、原、大平、加納辺りだとフィジカルで圧倒できるから、瞼切っても体力で潰しに行ける。やられたパターンは、明らかにデカいやつ。ロドリゲスはフライでも出来る選手やし、アルグメドはバンタムもやったことあるような、やられたんはサイズが違うやつばっかり。さすがにこういう選手相手だと、攻めれば被弾もするでしょ?自分達としては、アルグメド戦はライトフライへの挑戦の試金石になる試合だと位置づけてて…。

HB-『アルグメドを捌けたら昇級できるやろ』と。

中出-パワーで上回れたらなんの問題もないし、きれいにボックスしきれればそれはそれでよしと思ってたのが、それすらも試す前に1ラウンドから目を切ってね。

HB-とはいえあの試合もスコアは競ってましたからね。

中出-そうそう。ボディ大分効かせたからね。まあ、たらればはないんですけど、ただあの試合を落としたことでね、高山本人にちゃんと聞いたわけや無いけど、加納陸との試合はマックスで集中してたと思います。あの試合はこっちにとってはタイトルを取り戻したいという試合やったけど、多分高山にとっては加納に勝ってタイトルをもって卒業したいという、そういう試合やったと思うんですよ。だから最初から思い描いてた通り、チャンピオンのまま卒業して、大学に進学して東京オリンピック挑戦を表明したということじゃないですかね?

プロアマの架け橋になれるか?

中出-アマの関係者に失礼があったらアカンとは思いつつ、一石を投じることにはなってしまいましたよ。だけどアスリートの思いとしては、僕はそれでいいと思うし、そうあるべきやと思うんです。昔からオリンピックについてはね「参加することに意義がある」と言いますけど、別に予選を免除してくれとかそういうことを言ってるんじゃないんですよ。

HB- 同じ条件で挑戦したいと言ってるわけですからね。

中出-予選で負けたら、それはそれでしゃあないじゃないですか。

HB-実際問題として僕は、出場は相当厳しいと思うんですよ。

中出 僕は高山に言いましたよ「お前な、プロとは全く違うぞ」と。3 分 3 ラウンドというシステムはね、カルロス・メロとかイサック・ブストスとやってたころやったら、順応するのは速かったと思うんですよ。でも最近の試合なんかね、スコアシート見たら前半殆どとられてるんですよ。

HB-スロースターターになったということですか?

中出-いやスロースターターというか、目が怖くて行けなくなったんですよ。『目にアクシデント起こらなければ徐々にペースを上げて、もし目が切れたらそこから全力疾走』というスタイルやから。ホンマやったら前半からポイント獲って行きたいんですよ。逆に言うたらフィジカルが強くなって技術がついたから、前半 2,3 ラウンド落としても挽回できるようになったとも言えると思います。

HB-引き出しが増えて、前半とられてもまくれるようになったということですね。

中出-典型的なのは小野戦ですよ。前半ラウンド落としてもいいから 8 ラウンド以降で絶対捕まえるという、確信を持ってたんで。小野は変則やか、前半ストレート貰うのは覚悟しとったんです。ただパンチ力が無かったから良かった。パンチで両方切れたけど、あのころはまだ瞼も余裕があったんですよ。

HB-今のアマはルールが変わってかなりバチバチになってますね。昔のアマのイメージというかタッチボクシングと言われた時代とはまるで違いますよね。

中- あれ(現在のルール)は俺らの時代ですよ。俺が大学で競技やってた35年以上前のノーヘッドギアでバチバチのスタイル。プロが 1500 メートル、3000 メートルをペース配分考えながら走る競技やとしたら、アマは 100 メートルダッシュみたいなもんじゃないですか。3 分 3 ラウンドで最初から獲るにはゼロから考えるくらいの気持ちでいかんとあかんなと。ただ、高山が挑戦を表明することで、アマ側にも目が行くと言うか、注目が集まってほしいと思ってるんですよ。

HB-それは本当に思いますね。

中出-プロから国内のトップ選手が来たら、アマ側のトップ選手もね「プロのチャンピオンがなんぼのもんじゃい」となってね、その結果本当に強い選手に注目が行くようになればね、貢献できるんちゃうかなと思うんですけどね。

HB-レスリングの予選にプロの総合格闘家の山本KIDが出た時も話題になりましたよね。で、アマの選手(アテネ五輪銅の井上謙二選手)に腕折られて、「やっぱり国内のトップ選手って凄く強いんやな」ということが普段アマレスを見ない人にも伝わって。(山本KID選手の敗戦を伝える記事→山本KID、8強どまり レスリング全日本選手権そういう健全なフィードバックがあればいいと思うんですけどね。

中出-そうそう、それがスポーツじゃないですか。ブログに書いたことで、どこまで伝わったか分かりませんけど、俺からしたらオリンピック予選の二回戦で負けて、「アマも強いわ~」ってなったら、それはそれでいいんですよ。ただスタートラインにも着かれへんというのは。

HB-問答無用で門戸を閉ざすのはちょっとね…。

中出-それは何かがおかしいじゃないですか。

HB-オリンピックのボクシング競技を統括する日本ボクシング連盟(以下日連)の山根会長は今のところ「ダメ」という見解みたいですけど。

中出-まあ、まだ分からないですよ。高山は山根さんに会いに行ってますし。

HB-プロ経験者の締め出しは、上部団体のAIBAの方針ともぶつかりますしね。

中出-日連はAIBAの決定に一票を投じてるわけじゃないですか。そこは矛盾してる。まあここからはね、僕らの力だけではどうにもならないことも多いんですけど、ただこの国の憲法では別に何言うてもええわけですから。あとは、出れるならベストを尽くす、ということだけです。

HB-実際にエントリーするとなったらどういう手順を踏むわけですか?

中出-まだわかんねえ!(笑)

HB-そこはこれからで(笑)。

中出-時間的なリミットは決まってますからね。高山とも何日か前に言うてたんですけど、なるようにしかならんで、と。だからリラックスして待ちますよ。逆に、今回のニュース聞いてどう思いました?

HB-出稽古で近大のボクシング部とかに行ったときに、冗談か本気かは分かりませんけど「オリンピックどう?」みたいに言われてたじゃないですか(笑)。当時から「あ、面白いな」とは思ってました。東京であると言うことは大きいですよね。今IOCが方針として「最高の競技レベルを求める」というアジェンダを出してるのがAIBAのプロ容認の根拠なんですよね。だから日連が、IOCやAIBAの方針を無視してシャッタアウトするのは、ルール上おかしいと思います。

 現在オリンピックに参加希望する各競技の統括団体は、正式競技の座を巡って、激しい競争を繰り広げています。ドーピング検査の実施実績、テレビ中継にあわせた様々な工夫(柔道競技のカラー胴着、レスリングのチャレンジ制度・ビデオ判定の導入、陸上競技や水泳競技のマルチカメラによるスペクタクルな映像作り、試合時間の短縮努力)、プロ参加の奨励による競技レベルや注目度の引き上げ、参加国の拡大、女子競技の必須化=ジェンダーフリー化等々、IOCの要求する水準を満たせない競技は正式競技から容赦なく外されていくことになります。このIOC方針の下で、ロンドンとリオ五輪では野球・ソフトが正式競技から除外され、リオ五輪ではレスリングの除外が検討されたことはご存知の通りです(野球ソフトは東京で復活し、レスリングは結局残留)。

 正式競技から外れると言うことは、スポーツ競技としてもマイナー化し、IOCからの巨額の分配金もなくなって統括団体の財政が著しく脆弱化することを意味します。現状IOCに対抗できる発言力をもつ競技団体は、世界最大のNGOと言われ、W杯と言うオリンピックに拮抗するビッグイベントを擁して潤沢な資金力を誇るFIFAくらいでありましょう。ボクシングとて、伝統競技だからと安閑としていられない状況であります。

 IOCが2014年の総会で決議したアクションプラン『アジェンダ2020』には、プロリーグとの関係を構築する、として以下の提言があります(JOCのHPへのリンク→オリンピック・アジェンダ2020)。以下に引用します。

提言8
プロリーグとの関係を構築する
以下を目的として、各国際競技連盟を通じプロリーグやプロ組織に投資し、これら
との関係を構築する。
・最も優れた選手の参加を確実なものにする。
・各プロリーグのさまざまな性質や制約について認識する。
・関連する各国際競技連盟と協力し、臨機応変に最適な連携モデルを採用する。
(引用以上)

 IOCははっきりとプロ選手の参加と、プロ・アマ団体双方の和合を模索することを提言しています。AIBAがプロ競技としてはじめたもののいまひとつ話題性に乏しい、WSB(ワールドシリーズボクシング)やAPB(AIBAプロボクシング)もIOCのこうした提言・方針をうけたものなのでありましょう。プロアマの関係が良くないのは、国内だけでなくAIBAとプロ側のメジャー4団体とて同じであります。ですが、プロ側とて選手育成や『オリンピアン』『メダリスト』という肩書のブランド価値によって、ビジネス上多大な恩恵を受けているわけですから、ボクシングがオリンピック競技から外れれば、少なからぬ悪影響があると思います。不毛な争いはやめて、お互いに益があるような関係構築を模索するべき時期だと思うのですが…。何よりプロ参加の奨励は、IOCとAIBAの方針であり、日連が指針をたがえるのは自己矛盾ではないのか?と個人的には思えます。

中出-どんな風に理論構成をしていくか…。でもIOCがそう言っているなら、それがオリンピックの理念じゃないですか。

HB -今はキックのジムに行ってるような選手でも、パンチの巧い子なら「オリンピックのボクシングに出たい」と言う機運はあるみたいですね。伝統空手も正式競技になって、格闘技間での選手の奪い合いはますます激しくなると思います。

自信はある!挑戦させて欲しい!

HB-ちょっと話が前後しますけど、(プロでの)ライトフライへ上げての二階級目への挑戦は、具体的にかなり模索したんですか?

中出-僕はしましたよ。魅力的なカードの話が具体的にあったんですよ。ただオリンピックは、高山にとってはそれ以上にもともとの目標だったということでしょうね。

HB-やっぱり海外でIBF挑戦や統一戦をやったりしたように、誰もやったことが無いことがしたい、というのが大きいんでしょうね。

中出-それプラス、瞼の治療に一年かかるという条件が出てしまったというのも大きいですけどね。

HB-トレーナーの立場から、中出さんは今の状況でオリンピック予選を戦って、高山選手を勝ち上がらせていく自信はありますか?

中出 そんなもんあるよ!

HB ありますか!

中出 そんなもん何年一緒にやってると思ってるのよ!「これはやったる」というのはあるよ。

HB 秘策と言うか…。

中出 秘策とかじゃないよ。

HB 以前電話で「甘く見てるわけじゃないけど、自信はある」とおっしゃってましたが。

中出 やっぱり基礎力ですよ。ジャブ一発、ストレート一発どれだけノーモーションで打てるか。生命線は基礎に忠実であることでしょう。それと 3 分間の中でいかに速い駆け引きが出来るか。

HB 確かにそこに関しては高山選手はプロの中では向いているタイプだと思いますね。

中出 今のプロ選手のなかではNo1くらいにアジャストしやすい選手やと思いますよ。スピードの中で同時に駆け引きが出来ますからね。

HB 今の採点は手数がないと勝てないですしね。予選に出れるとしたら階級は?

中出 ライトフライになるでしょうね。

HB ありがとうございました。今後もなりゆきを見守りたいと思います。

最後に「自信はある」と言う力強い宣言が出ました。やはりこうじゃないと面白くない。あとはJOCや日連がどのようなリアクションをとるか?注目して待ちたいと思います。ただ、インタビュー中でも触れたように、問答無用で門戸を閉ざすようなことはやって欲しくないなあと思います。

そして、東京オリンピックを契機にして二つのボクシング界が和合し、より大きく発展できる契機になって欲しいと願ってやみません。

キックや総合の選手の五輪挑戦は容認されるのかというのも気になる(旧徳山と長谷川が好きです)

『高校卒業→大学入学』からの『世界王者のままプロボクシング引退!』からの『東京オリンピック挑戦宣言!』 中出博啓マネージャー兼トレーナーに聞いた、展開がダイナミックすぎる高山勝成選手の今までとこれから PART1

 相変わらずのフットワークであります。高山勝成選手とその陣営は、またも日本のボクシング界に風穴をあける『東京オリンピックのボクシング競技への挑戦宣言』という仰天プランをぶち上げました。

 JBC発給の国内ライセンスを返納し、南アフリカ・フィリピン・メキシコと世界をまたにかけて、当時日本国内未承認のメジャータイトルを追いかけることあしかけ 4 年。2013 年にメキシコにおいて、日本人ボクサーとしては 21年ぶりの敵地勝利でIBFタイトルを奪取。それは日本国内でのIBF承認までわずか 12 時間という、余りにも劇的なタイミングでありました。

 当時の事情が良く分かる、国内復帰直後のインタビューはこちらの過去記事をご参照ください→高山勝成選手インタビュー&スパーリングレポート  インターバル40秒で12R!

 IBFタイトルを保持したまま、2013 年に仲里ジム所属で国内復帰。2014 年には、海外挑戦の盟友である山口賢一選手の行き過ぎたサジェスチョンを受けて、愛知県の菊華高校に入学し、なんと三十路の高校生に。

 一回りも年が違う学友達と机を並べて勉学に励みながら、メキシコでの敵地統一戦や国内での二団体同時決定戦など本邦初のビッグマッチを次々戦い、IBFやスポーツイラストレイテッドから年間最高試合に選出され、トレーナーの中出氏はエディ・タウンゼント賞まで受賞。この春には、高校を見事三年で卒業し、4 月からは菊華高校と同じ学校法人が経営する名古屋産業大のスポーツビジネスコースへと進学。

 海外での世界タイトル奪取から、高校入学、海外での統一戦、二団体同時決定戦と前代未聞のチャレンジを連発して、常にボクシング界に一石を投じてきた高山選手とチームライトニングKが、次にぶち上げたのが『東京五輪挑戦』であります。

 2016 年のリオ五輪から、IOCの意向を受ける形でのAIBA(国際ボクシング協会)の方針転換により、プロボクシング経験者がオリンピックのボクシング競技に出場できるようになり、いきなりタイのアムナット・ルエンロンや、来月日本で村田諒太選手と対戦予定のフランスのハッサン・ヌジカムといったチャンピオンクラスの選手がオリンピック本番のリングに上がりました。高山選手の挑戦表明は、そうした情勢の変化を受けてのものでありましょう。

 高山選手の国内復帰後、キャリアの節目節目で常に陣営の話を聞いてきた当HARD BLOW!としては、これは話を聞かんわけにはいきません。と言うわけで、チーム高山の中出博啓マネージャー兼トレーナーに色々とお話を伺って参りました。

    中出氏
   高山勝成選手のマネージャー兼トレーナー中出博啓

ロドリゲスjr戦から加納陸戦まで

HARD BLOW!(以下HB)-高山選手は(オリンピックボクシングに)転向ということなんですけど…。

中出博啓氏(以下中出) -引退や!(笑)

HB-プロボクシングを引退して、東京オリンピックを目指すという発表があったわけですけど、ここのところ毎回瞼の問題があって、まともに終わらない試合が続いたじゃないですか。そのことは引退の決断への影響は、大きかったですか?

中出-(2013年に)メキシコでIBFとって、それで翌年高校に入ったでしょ。そのときに彼(高山選手)が言ってたのは「チャンピオンとして高校に入ったから、卒業する時もIBFのタイトルを持ってたい」ということ。それと「出来れば統一戦でWBOのタイトルも獲りたい」と。それが、ここ数年の彼のモチベーションやし、目標やったと思うんですね。で2014年に不運にも、まあ私も病気(脳動脈瘤)しましたけど、彼もメキシコのフランシスコ・ロドリゲスjrとの試合で負けてね。あれもね、かなりしんどい判定やったんですけど、結果的に落としてしまった。でも、アメリカでスポーツイラストレイテッド誌の年間最高試合貰ったり、競った試合ではあったんですよ。でもやっぱり敵地やったな、えらいことになったな、とりかえさなアカンな、と思ってたら、ロドリゲスが相当ウエイトがきつかったみたいで、結果的に両方返上するんやけど、まずIBFをリリースして。

HB-高山選手との試合でも計量で揉めてましたね

中出-あの時一時間かかったんですよ。あれテカテビールの本社でね、一時間テンカラ干しのところで待たされて、アイツあれでリミットなったんちゃうかな?

HB-暑いところで直射日光浴びてたらウエイトが落ちた(笑)


中出-あの時の秤ね、誰が乗っても、俺が乗っても針が 47.6 キロになるようになってて。秤のチェックのために用意してた、水入れた1リットルのペットボトル乗せても針がグーンと47.6になって(笑)。

HB-「おかしいやろ!」と(笑)

中出-ほんならメキシコ側のやつが「いや1リットルの水と言っても、ピッタリ1キロじゃない」とか言い出して。そんな微妙な次元の話ちゃうやろ!というね。

HB-どうやっても 47.6 キロにはならないですよね(笑)

中出-ほんで秤替えさせて、調整してそれで乗ったら(ロドリゲスは)リミット丁度やったんで、多分5、600のオーバーで、こっちが抗議してる間に落ちたんと違うかな?まあ話とんだけど、あの試合が物凄い白熱したいい試合やったんで、WBOのランキングも好意的に評価してもらえて、次の大平戦で運よくWBO統一できて。それで、問題はその次の試合、ファーラン・サックリンJr戦。この試合で両目いったんですよ。高山のボディでファーランが腰折った時に頭がぶつかって。自分も目の前で見てたから分かるんやけど、TBSのカメラが撮ってた映像をスローで見たら、頭がぶつかって血が出ました、という一部始終が写ってるんです。

瞼の怪我との戦い

中出-試合後にファーラン側が「最後まで出来たやろ」「TKOやろ」ということでIBFに提訴して、IBFも審議したんですけど、我々が違うアングルからの二つのビデオ映像を送ったら、明確なバッテイングやと分かってもらえて、ファーラン側の提訴は認められなかった。けれど、その審議の間こっちは待機状態になったんですね。怪我してたから、良かった面もあったんですけど、6 月くらいまでファーランと再戦するのか、それとも指名試合を優先するのかが決まらない状態になってしまった。僕らからすれば、再戦でも良かったんですけど、カードとしても新鮮味はないし、試合自体も競ってる内容でも無かったし、何よりはっきりバッテイングやと分かってましたから。
 一方で当時のトップコンテンダーだったアルグメドは二重契約のトラブルがあって、試合契約が出来ない状態が続いてた。だから審議の結果が出るのを待ってる間も、IBFには「指名試合が出来ないのはアルグメドの契約問題が原因なんやから、こっちの落ち度じゃない。こっちは指名試合をする意志はあるんだから、早く指名挑戦者を決めてくれ」と言う要求はしてたんです。こっちとしては早く指名試合をクリアしたかったのに、なかなか決まらなかった。そしたら大橋ジムから、原隆二戦の話が来て、そっちを先にしようということで原戦を決めてきた忘れもせんその日の夜、帰りの新幹線の中でIBFからアルグメドとの対戦命令が出たと知ってね。「いやこっちは原戦決めたから」と言っても、IBFは「原戦の対戦契約があるにしろ、先に指名試合をしろ」と言ってくるしで、それを交渉でアルグメド戦は 12 月にしましょうということでなんとか合意して、それで原戦をやったら(ファーラン戦と)同じ場所にまたバッテイング食らって…。あの時の傷がまたものすごい大きくて。見た?

HB-かなりパックリといってた、と。

中出-血止めするときに綿棒の先端が完全に入ってしまうくらいの深さで、あの試合が 9 月やったからとても12 月に間に合うような怪我やないぞ、と。

HB-原戦の前に電話した時も「なかなか調子が上がってこない」みたいな話はされてたじゃないですか。

中出-結局実戦が出来ないんですよ。スパーが。アルグメド戦はノースパーやし、原戦の前も 30 ラウンドもやってないんと違うかな?だから圧倒的に実戦勘が足りない。アルグメドに関しては、強引に振り回してくる選手やから、離れたら見えるやろと思ってました。だから近づかんようにして、試合はおもろないか分からんけどアウトボックスしようやと決めてた。ところが結論から言うと、アウトボックス出来なかった。アルグメドが、最初から思いっきり出て来たんで。傷は治ってないから、1 ラウンドから血が滲んできて、被弾して出血量が増えて目に血が入ってくるし。もう、ひっつかな仕方が無い、ということでくっついて打ちあって。でもサイズが全く違うし、やっぱり被弾も増えて。まあ、止むを得ない結果やったと思うんですね…。でタイトル失ったけど、これはもう無理やり行ってるような試合やったんで、半年から一年くらい開けてもライトフライに上げるかしかないよな、と思ってたら(田中恒成の保持していた)WBOが返上になって空位になって。でも加納とサビージョの試合の時、高山が会場に行ったら丸元会長が「高山君それ目治ってるの?」と聞いてくるくらい腫れてる状態で、「これは目を狙って来るやろうな」と思うくらい腫れが全く引かなかったんですよね。まあ加納戦はアルグメッド戦よりはスパーは出来たけど、それでも 30 から 40 ラウンドくらい。やれるだけマシやみたいな。で自分個人の構想としては、なんとかここでWBOのベルト取り返して、実際にオファーはあったので、年末にベルト持ったままライトフライにアタックして、で年が明けてから一回くらい防衛戦してチャンピオンのまま卒業というふうに出来へんかな?と思ってたんですけど、加納戦でもやっぱり切ってしまって…。

HB-8 ヶ月開いてたわけですよね。それでも難しかった。

中出-アルグメド戦後の医者の診断では、最低でも 6 ヶ月開けないと難しいという話で、まあ 6 ヶ月後でもボクシングやっても切れないという強度があるというわけでもないよということでね、きついなと。で、案の定切れてしまった。

HB-切れたと言うか古傷がまた開いたということですよね。

中出-そうそう。で 4 ヵ月後の試合のオファーは来たんですけど、出来ないと。

HB-指名試合ですか?

中出-そうじゃなくてライトフライで。

HB-ああそうなんですか。大晦日ですか?

中出-そう。いい条件だったんですけどね、でも目の状態で出来ないとなって、その頃から僕もチラチラと、もうかなり不安が大きいし、高山自身も悩んでたようやし。

HB-毎回万全な状態で試合は出来ないということで悩んでたわけですね。

中出-それで一月から二月くらいに「引退」と言う言葉がちらほら出だして。まあ僕自身はね、万全な状態やったらまだ続けられるやろと思ってて。

HB-中出さんとしたら「もう一度万全な状態を作って続けたらええがな」と思ってたんですか?

中出-そう、目も手術してちゃんと治して。WBOは負傷を認めて暫定王者立ててくれてるし。でも本人が、ちゃんと治るのか確信が持てなかったと思うんですよ。実際今も腫れてますしね。

HB-幾ら医学が進歩してると言っても、出来ないことは出来ないですからね。

中出-信頼できる先生に相談してみて分かったのは、今までの治療で使った溶ける糸というのが均一に溶けるわけじゃないんで溶けてない部分が残ってたりして悪くなってるのもあるみたいなんですよね。だから一回瞼を開いて、そういうのもきれいにして、それと目の周りの骨が肥厚現象という、まあ一言で言うと分厚くなってるみたいなので、それを削ったほうがいいだろうと言われて。

HB-体が怪我した部分をリカバリーしようとした結果起きてることなんですよね。

中出-まあ一言で言うと骨がとがってるということなんですよ。

HB-中が尖ってるから、外から衝撃が来たら切れやすい。だから平らにする手術をするということですね。

中出-ただそのためには、手術のために二週間入院して一年間はボクシングの試合は出来ないと言われて。これは、年齢考えると非常に厳しい。もう一回、ミニマムでもライトフライでもタイトルを取り戻すと言うのは大変やな、と分かって、そのときもう高山はオリンピックのこと考えてたと思います。実は高校進学が決まった当時に、高校卒業して大学に入ったときにオリンピック挑戦を表明したいという話をしてたこともあるんですよ。僕はそういう予定についてはフレキシブルに考えとったんですけど、今年に入って引退と言う言葉がちらほら出た時に「まさかオリンピックか?」とは思ってたんですよ。俺としては、やつの口から直接それを聞くまでは、とは思ってたんですけど。まあ実際に、リオにアムナットとかが出て、でもう野球やサッカーではプロアマの垣根は無くなってるのは知ってましたし。

HB-IOCがもう方針としてアマチュイズムという観念は放棄してますからね。

中出-実質的にすでに最高の舞台でのプロのスポーツイベントということになってるんですよ。ブログにも書きましたけど→(中出博啓氏のブログ4月7日の記事『プロ アマ雑感・・』 )、高度成長期のサッカーで言えば古河電工とか、野球では言えば社会人野球の三協精機とかの時代も知ってますけど、今はもうまったくそういう時代ではないじゃないですか。

HB-そうですね。

中出-個人競技の選手も企業に所属するのでなく、肖像権を自分で管理したり企業にスポンサーになってもらって金銭を得て競技に専念できる環境を作るというプロ化がドンドン進んでるじゃないですか。

HB-トップ選手はそれが主流ですよね。

中出-まあ出来るかできへんか分からんけど、オリンピック…。まあ行けなかったらしゃあない。だからローマン・ゴンザレス戦負けた後の「WBOとかIBFとかプロの未知のタイトルに向かってやってみようか」という時と一緒なんですよ。俺はだから高山には何回も聞いたんですよ「あと一年はやってもいいんじゃないの?大体、試合して金稼がんでいいの?」って。

HB-まあそうですね。

中出-そしたら「僕はいいボクシング人生送ってきたけど、そっちじゃない」と。「誰もやったことないことをやってみたい。プロでは 4 団体獲ったんで、今度はプロからオリンピック行ってメダル狙いたい」って言ってるんで、そういう意味では高山は昔からぶれてへんなと思って、じゃそれを表明するしかないなと。

瞼の怪我が影を落とした高山選手のキャリアですが、果たしてオリンピックへの挑戦という大願は成就するのか?次回PART2へ続きます。

日曜は京都でなく刈谷に行く(旧徳山と長谷川が好きです)