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金銭問題に喝! 石井一太郎会長に聞いた「マッチマイカー処分」

 今月は書くべきネタが結構あるので頑張って記事更新していこうと思います。

 前回記事ではカマセボクサーとの対戦とのために海外遠征をしている選手が増えている、ということについて問題提起させて頂きました。(当該記事へのリンク→カマセもとめて三千里!奇妙な海外遠征は国内ボクシング市場縮小の産物?!

 こんな問題が発生するのは「金がない」「客が入らない」という日本のボクシング業界事情ゆえですが、一方でこうした需要に応えることで金儲けしてるブローカー的な業界人・マッチメイカーが存在します。彼らに言わせれば「需要があるからビジネスとしてやっているだけ」ということなのでしょうが、タコが自分の足を食うてるようなもんで長い目で見れば衰退への道でしかありません。他の観戦スポーツがファン人口の拡充や観戦体験の充実化、新規スポンサーの獲得に躍起になっている一方で、ボクシング界は何万、何十万レベルの出費をケチって業界をどんどん縮小させてるわけです。

 そんな縮小するボクシング業界の現状を象徴していたのが、先ごろ新聞・テレビで大きく報じられた「コンプライアンス問題で青木ジムが休会」という事件でありました。

 元WBOフライ級チャンピオン、木村翔選手が所属する青木ジムが、「コンプライアンス問題」という曖昧な理由で年内で休会(実質的には廃業)になるというのです。一体何が問題視されたのか?と調べてみると、特定の練習生を標的にして「プロテスト受験のため、という名目で月謝の何倍もの指導料をとっていた」とか「観戦に行けない興行のチケットを売りつけて代金を徴収していた」とか「プロテスト合格の謝礼を要求した」なんていうなんとも安っぽいタカリまがいのやり口で、名門と言われてきたジムがこんなセコイことしてるんかと開いた口が塞がりませんでした。ただでさえ練習生希望者が減っているご時世で、プロ希望者がトレーナーに足下見られて金を巻き上げられたとあっては業界全体の信用問題であり、JBCや協会からもう少し詳細な情報公開があってしかるべきだと思います。

 そもそも中国では何億人もが認知しているという大スター木村翔をマネジメントするジムが、なんで練習生相手にセコいタカリまがいの行為をする必要があるのでしょうか?ボクシング界の構造不況をご存じない一般の方から見れば理解できない事件だと思います。

 この青木ジム問題の他にもう一つ、余り報道されていないボクシング界の金銭トラブルがあったのを読者の皆様はご存知でしょうか?JBCのHPの左肩部分にある『JBCからのお知らせ』の欄に2019年9月.2日付けの『マッチメーカー清水博氏に対する処分』(←クリックすると文書に飛びます)という告示が掲載されています。以下に告示に書かれている処分理由を引用いたします。(引用部分は赤文字

理由: 清水博マッチメーカーは、平成 31 年 1 月 18 日、ニューヨークで行われたIBF世界スーパー・バンタム級タイトルマッチに出場した高橋竜平(横浜光)選手のマッチメークを手掛けた際、ファイトマネーや航空券などにおいて横浜光ジムに対し虚偽の報告をし、また国外関係者との交渉を担当するマッチメーカーとの間でも仲介手数料の不払いなどでトラブルを起こした。にもかかわらず事態の収拾に尽力することなくマッチメーカーとして各関係者に対し誠意ある対応をとらなかった。 (引用以上)

 これだけ読んでも何が何やら分かりませんが、実は私はこの問題について発覚直後から某関係者を通じて聞き及んでおりました。今回JBCから当該人物が処分されたことを踏まえて、当ブログは一方当事者となった横浜光ジムの石井一太郎会長に文書を通じで取材し、氏の体験談や見解を元に、ことの経緯を記述しておこうと思います。世界戦はボクサーやジムにとって究極の目標であり、それ故に様々な思惑を持った人物が跳梁・暗躍しています。ファンの皆様にも世界戦交渉の実態を知っていたただく上で、参考になるかと思います。

 (以下の文章で青文字の部分は石井会長から頂いた回答書からの引用です)

 清水博マッチメイカーから、横浜光ジム(以下光ジム)所属の高橋竜平選手に当時IBFスーパーバンタム級チャンピオンだったT・J・ドヘニーに挑戦しないかというオファーがもたらされたのは、昨年末12月上旬のことでした。清水氏はもともと光ジムでマネージャーライセンスを所持しており国内試合でのマッチメイクも担当していた光ジムのスタッフでした。試合日まで期間も短く、ビザが下りるか?というくらい急迫したオファーでしたが、もともと対戦を目指していた相手だったこともあり高橋選手はオファーを受諾し、陣営は翌年1月18日の試合に向けて動き出します。

 マッチ・ルームスポーツからの対戦オファーを持ってきた際、清水氏はメールで

「光ジムにはもともとお世話になっているので損得抜きでやります」

という旨を伝えていたそうですが

石井氏は恩着せがましい発言だと感じて清水氏に不信感を持ったそうです。

 その後契約の段になると、清水氏は

「時間がないので契約書には私がサインしておきます」

と言い出し、石井氏の不信感は決定的となります。選手本人に金額も見せずにサインを代筆するなどというのは、確かに完全におかしな話です。

さらに清水氏は

「ファイトマネーは二万ドルでエアチケットは二名分しか出ない」

という対戦条件を伝えてきますが、ファイトマネーの金額の妥当性はともかく、世界戦で陣営のエアチケットが二枚というのは通常あり得ない条件です。清水氏の「サインを代筆する」という発言を聞いて「契約書を見られたくないんだな」と直感していた石井氏は、契約書を見せるように要求し、記載内容を確かめると、そこにはファイトマネーは3万5千ドルで渡航費とホテル代は三人分と書かれていました。清水氏が陣営に伝えていたのは実際の6割程度の金額で、渡航費についての説明も虚偽でした。世間一般のビジネスであれば考えられない話です。

「3万5千ドルって書いてあるけどって電話したら、清水はしどろもどろでした。『この契約書にサインするならうちは3万5千もらう。最初の約束通り2万ドルで試合しろ、というならこの契約書にはサインしない』と言いました」

 アメリカは州によって課税制度が異なり、額面通りのファイトマネーが必ず手取りで貰えるか分からないという事情はあったようですが、それが額面を告知しなくてよいという理由にはなりません。石井氏の要求は至極当然のことです。

 清水氏の不審な行動はこれだけにとどまりませんでした。一行が渡米するとファイトマネーの振込先が清水氏の個人口座になっていることが分かったのです。石井氏は現地で清水氏に振込先を変更するように要求しましたが、清水氏は対応を拒みます。「選手の前でやり取りするわけではないので」試合への影響は特に無かったということですが、世界戦の直前に味方陣営の人間が金銭絡みで集中を乱すような要因を作るというのは部外者から見ても呆れるような話です。
 
 試合後帰国した石井氏はファイトマネーの確定金額や振込先について確認しようとしますが、清水氏は今度は電話にも出なくなり音信不通状態となります。石井氏はJBCに清水氏の行状を報告し、結果的に

「コミッションから清水に連絡が入り、直後清水から僕に連絡が入りました。うちの事務所に来てもらい話をしました。彼は全額振り込むことに同意しました」

という顛末になります。ファイトマネーは額面通り3万5千ドル分が入金されました。清水氏はファイトマネーを2万ドルと告知した理由について

「当初ファイトマネーは3万ドルで、税金がいくらかかるかわからないから横浜光に2万ドルは保証してあげなきゃ」


という自分の『善意』から来たものだと主張したそうです。この一連の清水氏の問題行動に対して、問題発覚から半年以上経ってやっとJBCから清水氏に処分が下されました。金銭的な実害がなかったとはいえ、石井氏は「遅すぎる」と感じています。

今回の経験を踏まえて石井氏は

「(小さなジムが世界戦に挑む際に被害に遭わないためには)契約書を読むことと、相場を知ることが大事だと思います。清水も、僕ではなく海外経験のないジムでしたら今回の搾取はうまくいってたかもしれません。僕はたまたま各国に知り合いがいて、常にいろいろと相談してますから」

と注意喚起しています。最後に石井氏に金銭問題が頻発するボクシング業界の問題点について見解を聞いてみました

「そもそもジム経営(小規模のボクシングジム)の傍ら、長期的に健全に選手を育成し続けるシステムがほぼ無理です。そういった意味でもジム制度は疲弊していると思います」

やはり現場でもクラブ制度の疲弊は実感としてあるようです。昨年には、特殊詐欺グループの首謀者として逮捕された人物がジムのマネージャーになっていた事件もありました。目先の金銭に拘って大きな絵が描けなくなっているという業界の現実を見せつけられるような事件が多いですが、若い選手が夢を持って入ってこれるような世界にするためには新しい制度設計が必要な時期に来ていると感じます。

 最後に取材にご協力頂いた石井会長に深謝いたします。大変ありがとうございました。

 新人王に行けなかった(旧徳山と長谷川が好きです)

全ては山口賢一から始まった 映画「破天荒ボクサー」初日レポート

久々の更新であります。コメントの反映も遅くなり申し訳ありません。

破天荒 1_R
破天荒2_R


本日は当ブログでもすっかりお馴染み、日本ボクシング界の革命児にして改革者である山口賢一氏(以下ヤマケンさん)のドキュメンタリー映画「破天荒ボクサー」の公開初日でありました。

ヤマケンさんと当ブログのお付き合いもなんだかんだで4年弱。バイタリティに溢れいつでも新しいことにチャレンジをしている彼は、常に話題を提供してくれます。

山口賢一についての過去記事はこちらから
          ↓
インタビューでは独特の感性でボクシング界を渡ってきた波乱のキャリアと様々な爆笑のエピソードを伺い
イズム全開 山口賢一インタビュー&スパーリングレポートPart1                         
イズム全開 山口賢一インタビュー&スパーリングレポートPart2 
イズム全開 山口賢一インタビュー&スパーリングレポートpart3
イズム全開 山口賢一インタビュー&スパーリングレポートpart4
イズム全開 山口賢一インタビュー&スパーリングレポートpart5 完結編

レジェンドボクサー、ギジェルモ・リゴンドーともまさかの邂逅
レジェンドが来た!ギレルモ・リゴンドー接近遭遇レポートin大阪天神ジム

日本未公認のWBFタイトルマッチの波乱に満ちた顛末
日本ボクシング界の風雲児 山口賢一選手が来週大阪でWBFタイトルマッチ!
『先駆者 山口賢一』 WBFタイトルマッチの意義
本邦初!WBFタイトルマッチリポート 山口賢一VS小林健太郎
WBFタイトルマッチの余波色々 西日本協会は緊急理事会を召集し引き締め&組織防衛!

そして日本ではタブーとされていたプロボクシング自主興行
JBCだけがプロボクシングにあらず 5.3観戦記
JBCだけがボクシングにあらず 11/5 WBFアジアタイトルマッチ

まさに『ヤマケンの動くところ事件あり』であります。

現在はジムオーナー兼マネージャーとして多くの日本人ボクサーを育成しアジアに送り出しながら、プロモーターとして自前の興行もこなし、愛知県の高校でボクシング部のコーチもしつつ映画まで作ってしまったヤマケンさん。

本日公開された武田倫和監督「破天荒ボクサー」( →公式サイト)はそんなヤマケンさんの目まぐるしい日常に密着したドキュメンタリー作品であり、クライマックスは2016年のWBFタイトルマッチになっています。そこにたどり着くまでの紆余曲折や、日本のプロボクシングが抱える問題点、ファンにはなかなか窺い知れないプロボクサーの行動原理などが良く分かる作品となっています。

映画『破天荒ボクサー』予告編動画
       ↓


公開初日の劇場は補助イスと立ち見も出る盛況で、入場できなかった人も出たそうです。

破天荒3_R

上映後は舞台挨拶とトークもあり、東京五輪を目指す高山勝成選手も登場。客席から中出博啓トレーナーもマイクを握ってコメントしました。

破天荒 4_R


映画タイトルには「破天荒」とありますが、自分にとってヤマケンさんは海外に飛び出してメジャー4団体加盟を促進し、閉鎖的なクラブ制度の非合理性を行動で指摘し、プロ選手の五輪参加への道筋をつけた理論と行動のバランスのとれた実践家でもあります。そして義理堅く、細やかで人間味がある人でもあります。山口賢一の魅力が映画を通して伝わることを祈っております。

来週末は岡山に遠征する(旧徳山と長谷川が好きです)

読者投稿  『試合に負けて、勝負に勝つ。 斉藤司選手裁判、千葉地裁判決の真相』

はじめに

 今回は読者からの投稿記事を掲載します。

 本ブログとも関係の深い斉藤司選手。2008年度全日本フェザー級新人王にしてMVPとなり華々しいスタートを切った斉藤選手ですが、2015年末以来二年半以上試合から遠ざかっています。彼が試合が出来なかったのは、所属していた三谷大和ジムとのトラブルが原因でした。斉藤選手は他ジムへの移籍を容認することや、自身があると主張する未払いのファイトマネーを求めて三谷大和ジムを提訴し民事裁判を闘って来ました。

 その裁判の判決が、先週千葉地方裁判所で下され、判決で斉藤選手の請求は全て棄却され敗訴となりました。多大な労力と長い時間をかけた裁判闘争は一見すると苦い結末を迎えたように見えます。ですが『原告の請求を全面棄却する』という主文から続く判決文の本文には、日本のボクシング界の商習慣の根幹を揺るがすような重大な法解釈が記されていました。

 今回の読者投稿は、斉藤司選手の裁判によって露になったボクシング選手の契約に対する重大な問題提起を含んでいます。難解な法律用語が多いですがどうか最後まで読んでみて下さい。


試合に負けて、勝負に勝つ。 斉藤司選手裁判、千葉地裁判決の真相
 Ⅰ.訴訟概要
 主文、原告の請求を全面棄却する。その言葉を法廷で聞けば、誰もが負けを確信するであろう。
 原告、プロボクサー斉藤司選手が前所属ジムである三谷大和氏を訴えた訴訟の地裁判決が7月11日千葉地裁でおこなわれました。
 原告斉藤司氏の請求は 3 点、でした。
 1.ファイトマネーを未払い賃金として278万500円の請求
 2.優越的地位を濫用して、チケットを売りつけ売れ残りの赤字を請求した事に関する精神的苦痛として、100万円の請求
 3.被告は原告に対し、一般財団法人日本ボクシングコミッションが指定する移籍届に署名捺印せよ

 これに対し千葉地裁、小濱浩庸裁判長は判決主文で原告斉藤司選手側の請求を全面棄却しまし
た。しかし判決文の内容を紐解けば、敗訴とはとうてい言えないくらい被告側に、そして業界に厳し
い内容であることが浮かび上がります。その中でも今回は特に、3の移籍に関する判決文を中心に
判決内容を解析してみます。
 Ⅱ.プロボクサーとマネージャ―の契約の法的性質
 原告斉藤司選手側(寺島英輔弁護士)は、ファイトマネーの未払いを、プロボクサーは労働基準法上の労働者と規定し、本件契約は労働契約に当たると主張します。そして仮にこれに当たらない場合は、本件契約は有償準委任契約であると主張します。一方被告三谷大和氏側(石田拡時弁護士)は、プロボクサーは試合に出場する対価としてプロモーターからファイトマネーを得るので
あって、労働基本法上の労働者にはあたらないし、賃金請求権を有していないと主張します。また有償準委任契約にも当たらず、無名契約であると主張します。その理由として「他のプロスポーツに比べて移籍する例が少ないこと、本件契約では期間の定めがあり、契約期間中の解除が予定されていない」ので「無理由解除を認める有償準委任契約とは性格が異なる」と主張します。石田拡時弁護士は早稲田大学出身の元プロボクサーであり、業界の事情は熟知しています。
 
 これに対し判決文ではまず斉藤選手が1年のブランクを空けた等の事実を指摘し、「原告は試合に出ることやトレーニングを
おこなうことについて諾否の自由を有していたということができる」と認め、「原告が労働法上の労働者に当たるということはできず、本件契約が労働契約であるということはできない」と原告の主張を退けます。
 
 そして判決文では

「被告は JBC ルール 33 条 2 項の義務を負い、同義務の履行は被告との間の信頼関係を基礎とするものであるから、本件契約は有償準委任契約の性質を有するものと評価することができる」

とし、本件契約を有償準委任契約であると定義し、さらに踏み込んで、

 「本件契約が、原告と被告との間の信頼関係を基礎として成立しているとの本件契約の有償準委任契約としての性質を左右するものではないから、被告の主張する非典型契約(被告側は無名契約と記載)を採用することはできない」(P.14)と被告三谷大和氏側の主張も退けています。ここで鍵となるのが、2度文面に掲載されている、「原告と被告との間の信頼関係を基礎として成立しているとの本件契約の有償準委任契約」という文言です。

 つまり、プロボクサーとマネージャ―の契約は信頼関係を基礎としている、というのが千葉地裁の判断です。
 
Ⅲ.被告三谷大和氏の、 JBC 移籍届への署名捺印棄却の真相

 さて肝心の原告斉藤司選手の被告三谷大和氏への JBC 移籍届の署名捺印に対する請求棄却に関してですが、原告斉藤選手側は本訴訟において、

「移籍届を JBC に対して提出しなければ原告が被告以外のマネージャーとマネージメント契約を締結することができないという優越的な地位を濫用して」(P.17)

とジムが選手に対して保持する優越的な地位を濫用することが公序良俗に反していることを盛んに主張します。ジムの権限が選手より圧倒的に強いことは、これまでのボクシング業界では当然のことであるのは読者の皆様も当然の常識としてご存知かと思います。判決文ではこの優越的地位に関して判断を下しています。少し長いですが以下判決文を引用します。

「優越的な地位を有しているかを検討する。確かに、前提事実のとおり、本件契約書には、原告が本件契約満了などを除き、他のマネージャーと第二契約に署名しないことに同意するとの記載があり、JBC ルールは、ボクサーが、契約した 1 人のマネージャー以外の他のマネージャーといかなる契約もしてはならないと規定していることからすると、原告がプロボクサーとして活動を続けるために被告と本件契約を継続する必要性が一定程度認められる。しかし後記 4 説示のとおり、原告は民法 651 条に基づき本件契約を解除することができ、前提事実のとおり、JBC ルールは、ボクサーが契約した 1 人のマネージャー以外の他の
マネージャーといかなる契約をしてもならないと規定しているものの、旧ジムのマネージャーとのマネージメント契約が解消された後にも同規定が適用されるとの規定は存在せず、本件契約書 2 項では、他のマネージャーと契約をしないことの例外として、本件契約満了を挙げており、本件契約書及び JBC ルールには、旧ジムのとの間でマネージメント契約を解除した後に新しいボクシングジムとの間でマネージメント契約の締結をすることを制限する規定があるとは認められない。そうすると、プロボクシング界に、プロボクサーが他のボクシングジムに移籍する際、JBC に対し、旧ジムのマネージャーが新しいボクシングジムへ移籍を承諾するという内容の移籍届を提出し、移籍するプロボクサー又は移籍先のジムが旧マネージャーに対し移籍金を支払うという慣習があったとしても、原告と被告との間において、被告が移籍届に署名捺印し移籍金を受領しない限り原告が他のボクシングジムへ移籍することができないとの合意をしたと認めることができなければ、原告が新しいボクシングジムのマネージャーとマネジメント契約を締結することは可能というべきである。しかるに、原告と被告が、上記合意をしたとの事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告が原告に対し被告の署名捺印を得た移籍届を JBC に対し提出しなければ原告が被告以外のマネージャーとマネージャ―とマネジメント契約を締結することができないという優越的地位を有しているとはいえない」(P.17)

ポイントを整理します。

 (1)契約の有効性、契約解除の可否に関して。

  現在のボクシング界では、選手とマネージャ―の契約は3年契約自動更新とされています。移籍には JBC への前所属ジムの署名押印が入った移籍届の提出が必要ですが、 「原告は民法 651 条に基づき本件契約を解除することができ、」 原告斉藤選手は三谷大和氏との契約を解除することができる、と明記しています。また別の部分で、「原告と被告の信頼関係を基礎として成立する有償準委任契約に当たる。民法 651 条は、委任における信頼関係の重要性を基礎として、委任は当事者がいつでもその解除をすることができると定めているから、本件解除は同上に基づく解除として有効というべきである」と記してあります。
 民法第651条には

1.委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2.当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
 
とあります。要するに斉藤選手と三谷大和氏のマネジメント契約は、解除されており現在は存在しない。ということです。

 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。とは双方の合意は必要なく、片側の意思で解除できるのであれば、それが何を意味するのかは明確だと考えられます。もちろん合理的な理由が必要となるでしょうが。

 (2)移籍届署名捺印の請求棄却に関して

 肝心の移籍届署名捺印に関しては、 「そうすると、プロボクシング界に、プロボクサーが他のボクシングジムに移籍する際、JBC に対し、旧ジムのマネージャーが新しいボクシングジムへ移籍を承諾するという内容
の移籍届を提出し、移籍するプロボクサー又は移籍先のジムが旧マネージャーに対し移籍金を支払うという慣習があったとしても、原告と被告との間において、被告が移籍届に署名捺印し移籍金を受領しない限り原告が他のボクシングジムへ移籍することができないとの合意をしたと認めることができなければ、原告が新しいボクシングジムのマネージャーとマネジメント契約を締結することは可能というべきである。しかるに、原告と被告が、上記合意をしたとの事実を認めるに足りる証拠はない。」(P,17) 要約すれば、斉藤選手と三谷大和氏の間で、「移籍届に署名捺印し移籍金を払わないと移籍してはならない」という合意がないのだから、斉藤選手は新しいマネージャーと契約できる、ということです。

 ゆえに、「原告が本件解除後に他のボクシングジムのマネージャーとマネージメント契約を締結することは可能である。」
「原告が主張する移籍届に署名捺印する義務を負うものではないというべきである」「したがって、原告の被告に対する移籍届への署名捺印は理由がない」
 と、原告斉藤選手側の請求は棄却されます。要するに、移籍届への署名捺印は必要がない、ということです。

 (3)判決の業界への判断
 ここをもう一歩踏み込んで解釈すると、判決文の業界に対する姿勢が見えます。

 「被告が原告に対し被告の署名捺印を得た移籍届を JBC に対し提出しなければ原告が被告以外のマネージャーとマネージャ―とマネジメント契約を締結することができないという優越的地位を有しているとはいえない」
 JBC への移籍届の提出ですが、マネジメント契約が存在しないのであるから提出の必要がない。ということです。現在 JBC は原則移籍届の提出を移籍の条件にライセンスを発行していますが、この移籍届への署名押印自体がナンセンスだということです。また契約がすでに存在しない選手に関しては、当然移籍金の発生もするはずがありません。JBC が移籍届がないことを理由に移籍を拒否することになれば、今度は JBC が法的責任を問われる可能性があるのではないでしょうか。
 
 また「 移籍するプロボクサー又は移籍先のジムが旧マネージャーに対し移籍金を支払うという慣習があったとしても」と移籍金等の旧来の慣習も否定しています。JBC と協会はこの斉藤選手の地裁判決を受け止め、判決に基づいたシステムの改定を早急に検討すべきだと考えます。

 (4)優越的な地位に関する判断
 原告が主張するジムの選手に対する優越的地位の濫用ですが、引用部分は重なりますが、
 「被告が原告に対し被告の署名捺印を得た移籍届を JBC に対し提出しなければ原告が被告以外のマネージャーとマネジメント契約を締結することができないという優越的地位を有しているとはいえない」とあります。判決文の判断は、 「優越的な地位を有していない」つまり選手とジム、マネージャ―は対等の関係である、ということです。

 判決文では、立場が弱い選手が立場の強いジム、マネージャーに搾取されているとの原告の主張を退けています。ボクサーが弱い立場である、ということも否定されています。業界の常識が司法の場で強く否定されたのではないでしょうか。

Ⅳ.斉藤司選手は、何故敗訴したのか

 斉藤司選手は何故敗訴したのか、に関して検証すべきでしょう。判決文の内容は選手の権利を強く保障しているにもかかわらず、斉藤司選手はなぜ敗訴したのでしょうか。

 そこには訴訟の論理があります。

 原告斉藤司選手の請求内容は、「被告は JBC の移籍届に署名捺印せよ」というものでした。判決は契約の存続を認めない内容でしたから、「原告が主張する移籍届に署名捺印する義務を負うものではないというべきである。」「したがって、原告の被告に対する移籍届への署名捺印は理由がない」と請求が棄却されました。

 仮に、請求内容が[三谷大和ジムとの契約無効を確認する]としていればどのようになっていたでしょうか。判決文を読めばどうなるかは明らかでしょう。斉藤司選手は敗訴したことによって訴訟費用の全額を負担しなければなりません。いくら内容が良いとは言え、訴訟に敗訴したというのは明確な事実です。個人的には原告側の訴訟戦術に疑念を抱かざるをえません。

 Ⅴ.判決の意義

 訴訟の判決は、斉藤司選手の敗訴に終わりましたが、判決内容を精査すると、三谷大和ジムならず、ジム関係者、協会、JBC ら業界にとって非常に厳しい結果だということに気づかされます。ここも裁判の論理なのですが、三谷大和氏全面勝訴ですので、被告三谷大和側は高裁に控訴することができない、と聞いております。つまり斉藤選手側が控訴しない限りは判決が確定します。判決の内容は相当踏み込んで画期的ではないでしょうか。斉藤選手と三谷大和氏のマネージャー契約が JBC フォーマットの契約書を使用していることも興味深いです。本判決の影響が、移籍問題で悩む多くの選手の一助になれば幸いです。

 また日本特有のジム制度の今後にも影響を与える判決であったと理解します。
 
                                                           (文責:U)
 ※読者の皆様へ、本文中の内容、解釈はあくまで個人的見解ですので、これを引用して発生したいかなる事態にも執筆者は責任は負いません。