FC2ブログ

HARD BLOW !

金銭問題に喝! 石井一太郎会長に聞いた「マッチマイカー処分」

 今月は書くべきネタが結構あるので頑張って記事更新していこうと思います。

 前回記事ではカマセボクサーとの対戦とのために海外遠征をしている選手が増えている、ということについて問題提起させて頂きました。(当該記事へのリンク→カマセもとめて三千里!奇妙な海外遠征は国内ボクシング市場縮小の産物?!

 こんな問題が発生するのは「金がない」「客が入らない」という日本のボクシング業界事情ゆえですが、一方でこうした需要に応えることで金儲けしてるブローカー的な業界人・マッチメイカーが存在します。彼らに言わせれば「需要があるからビジネスとしてやっているだけ」ということなのでしょうが、タコが自分の足を食うてるようなもんで長い目で見れば衰退への道でしかありません。他の観戦スポーツがファン人口の拡充や観戦体験の充実化、新規スポンサーの獲得に躍起になっている一方で、ボクシング界は何万、何十万レベルの出費をケチって業界をどんどん縮小させてるわけです。

 そんな縮小するボクシング業界の現状を象徴していたのが、先ごろ新聞・テレビで大きく報じられた「コンプライアンス問題で青木ジムが休会」という事件でありました。

 元WBOフライ級チャンピオン、木村翔選手が所属する青木ジムが、「コンプライアンス問題」という曖昧な理由で年内で休会(実質的には廃業)になるというのです。一体何が問題視されたのか?と調べてみると、特定の練習生を標的にして「プロテスト受験のため、という名目で月謝の何倍もの指導料をとっていた」とか「観戦に行けない興行のチケットを売りつけて代金を徴収していた」とか「プロテスト合格の謝礼を要求した」なんていうなんとも安っぽいタカリまがいのやり口で、名門と言われてきたジムがこんなセコイことしてるんかと開いた口が塞がりませんでした。ただでさえ練習生希望者が減っているご時世で、プロ希望者がトレーナーに足下見られて金を巻き上げられたとあっては業界全体の信用問題であり、JBCや協会からもう少し詳細な情報公開があってしかるべきだと思います。

 そもそも中国では何億人もが認知しているという大スター木村翔をマネジメントするジムが、なんで練習生相手にセコいタカリまがいの行為をする必要があるのでしょうか?ボクシング界の構造不況をご存じない一般の方から見れば理解できない事件だと思います。

 この青木ジム問題の他にもう一つ、余り報道されていないボクシング界の金銭トラブルがあったのを読者の皆様はご存知でしょうか?JBCのHPの左肩部分にある『JBCからのお知らせ』の欄に2019年9月.2日付けの『マッチメーカー清水博氏に対する処分』(←クリックすると文書に飛びます)という告示が掲載されています。以下に告示に書かれている処分理由を引用いたします。(引用部分は赤文字

理由: 清水博マッチメーカーは、平成 31 年 1 月 18 日、ニューヨークで行われたIBF世界スーパー・バンタム級タイトルマッチに出場した高橋竜平(横浜光)選手のマッチメークを手掛けた際、ファイトマネーや航空券などにおいて横浜光ジムに対し虚偽の報告をし、また国外関係者との交渉を担当するマッチメーカーとの間でも仲介手数料の不払いなどでトラブルを起こした。にもかかわらず事態の収拾に尽力することなくマッチメーカーとして各関係者に対し誠意ある対応をとらなかった。 (引用以上)

 これだけ読んでも何が何やら分かりませんが、実は私はこの問題について発覚直後から某関係者を通じて聞き及んでおりました。今回JBCから当該人物が処分されたことを踏まえて、当ブログは一方当事者となった横浜光ジムの石井一太郎会長に文書を通じで取材し、氏の体験談や見解を元に、ことの経緯を記述しておこうと思います。世界戦はボクサーやジムにとって究極の目標であり、それ故に様々な思惑を持った人物が跳梁・暗躍しています。ファンの皆様にも世界戦交渉の実態を知っていたただく上で、参考になるかと思います。

 (以下の文章で青文字の部分は石井会長から頂いた回答書からの引用です)

 清水博マッチメイカーから、横浜光ジム(以下光ジム)所属の高橋竜平選手に当時IBFスーパーバンタム級チャンピオンだったT・J・ドヘニーに挑戦しないかというオファーがもたらされたのは、昨年末12月上旬のことでした。清水氏はもともと光ジムでマネージャーライセンスを所持しており国内試合でのマッチメイクも担当していた光ジムのスタッフでした。試合日まで期間も短く、ビザが下りるか?というくらい急迫したオファーでしたが、もともと対戦を目指していた相手だったこともあり高橋選手はオファーを受諾し、陣営は翌年1月18日の試合に向けて動き出します。

 マッチ・ルームスポーツからの対戦オファーを持ってきた際、清水氏はメールで

「光ジムにはもともとお世話になっているので損得抜きでやります」

という旨を伝えていたそうですが

石井氏は恩着せがましい発言だと感じて清水氏に不信感を持ったそうです。

 その後契約の段になると、清水氏は

「時間がないので契約書には私がサインしておきます」

と言い出し、石井氏の不信感は決定的となります。選手本人に金額も見せずにサインを代筆するなどというのは、確かに完全におかしな話です。

さらに清水氏は

「ファイトマネーは二万ドルでエアチケットは二名分しか出ない」

という対戦条件を伝えてきますが、ファイトマネーの金額の妥当性はともかく、世界戦で陣営のエアチケットが二枚というのは通常あり得ない条件です。清水氏の「サインを代筆する」という発言を聞いて「契約書を見られたくないんだな」と直感していた石井氏は、契約書を見せるように要求し、記載内容を確かめると、そこにはファイトマネーは3万5千ドルで渡航費とホテル代は三人分と書かれていました。清水氏が陣営に伝えていたのは実際の6割程度の金額で、渡航費についての説明も虚偽でした。世間一般のビジネスであれば考えられない話です。

「3万5千ドルって書いてあるけどって電話したら、清水はしどろもどろでした。『この契約書にサインするならうちは3万5千もらう。最初の約束通り2万ドルで試合しろ、というならこの契約書にはサインしない』と言いました」

 アメリカは州によって課税制度が異なり、額面通りのファイトマネーが必ず手取りで貰えるか分からないという事情はあったようですが、それが額面を告知しなくてよいという理由にはなりません。石井氏の要求は至極当然のことです。

 清水氏の不審な行動はこれだけにとどまりませんでした。一行が渡米するとファイトマネーの振込先が清水氏の個人口座になっていることが分かったのです。石井氏は現地で清水氏に振込先を変更するように要求しましたが、清水氏は対応を拒みます。「選手の前でやり取りするわけではないので」試合への影響は特に無かったということですが、世界戦の直前に味方陣営の人間が金銭絡みで集中を乱すような要因を作るというのは部外者から見ても呆れるような話です。
 
 試合後帰国した石井氏はファイトマネーの確定金額や振込先について確認しようとしますが、清水氏は今度は電話にも出なくなり音信不通状態となります。石井氏はJBCに清水氏の行状を報告し、結果的に

「コミッションから清水に連絡が入り、直後清水から僕に連絡が入りました。うちの事務所に来てもらい話をしました。彼は全額振り込むことに同意しました」

という顛末になります。ファイトマネーは額面通り3万5千ドル分が入金されました。清水氏はファイトマネーを2万ドルと告知した理由について

「当初ファイトマネーは3万ドルで、税金がいくらかかるかわからないから横浜光に2万ドルは保証してあげなきゃ」


という自分の『善意』から来たものだと主張したそうです。この一連の清水氏の問題行動に対して、問題発覚から半年以上経ってやっとJBCから清水氏に処分が下されました。金銭的な実害がなかったとはいえ、石井氏は「遅すぎる」と感じています。

今回の経験を踏まえて石井氏は

「(小さなジムが世界戦に挑む際に被害に遭わないためには)契約書を読むことと、相場を知ることが大事だと思います。清水も、僕ではなく海外経験のないジムでしたら今回の搾取はうまくいってたかもしれません。僕はたまたま各国に知り合いがいて、常にいろいろと相談してますから」

と注意喚起しています。最後に石井氏に金銭問題が頻発するボクシング業界の問題点について見解を聞いてみました

「そもそもジム経営(小規模のボクシングジム)の傍ら、長期的に健全に選手を育成し続けるシステムがほぼ無理です。そういった意味でもジム制度は疲弊していると思います」

やはり現場でもクラブ制度の疲弊は実感としてあるようです。昨年には、特殊詐欺グループの首謀者として逮捕された人物がジムのマネージャーになっていた事件もありました。目先の金銭に拘って大きな絵が描けなくなっているという業界の現実を見せつけられるような事件が多いですが、若い選手が夢を持って入ってこれるような世界にするためには新しい制度設計が必要な時期に来ていると感じます。

 最後に取材にご協力頂いた石井会長に深謝いたします。大変ありがとうございました。

 新人王に行けなかった(旧徳山と長谷川が好きです)

熱戦!WBFアジアタイトルマッチ 後藤心大×チェ・ヨンドゥ 観戦記

 ボクシングに貴賎なし!もはやその辺の関西のジムよりよっぽどコンスタントに興行を打ってる、山口賢一会長率いる大阪天神ジムの非JBC興行のレポートです。井上×ドネアの情報はその辺の新聞・テレビ、ネットニュースやファンのブログ、SNSで子細に分かりますが、非JBCのボクシング興行について詳細に読めるのはHARD BLOW!だけ!というわけでもないんですが、今回もレポートしたいと思います。

 今回の興行が行われたのは11月4日。まずは前日の計量とフェイスオフから見学して参りました。今回の興行のメインはWBFアジアのSフェザー級タイトルマッチ後藤心大とチェ・ヨンドゥ選手の試合です。今回の試合はスーパーバイザーが韓国のKBAから来日しており、ウエイトもキッチリとチェックしていました。

70461424_2553667241379869_4282794826107191296_n.jpg
73333338_2553667194713207_2914632100613193728_n.jpg
75610764_2553676854712241_9034580573196124160_n.jpg

 個人的に楽しみだったのは60キロ契約のSHINSUKE×小澤大将戦。SHINSUKE選手はキックボクサーとの兼業選手で、6月の天神ジム興行でデビューし勝利しています。タイでの試合やボクシングにも積極的に挑戦する逞しい選手です。一方の小澤選手は元JBCのA級ボクサーで、天神ジム興行ではお馴染みの選手。九州からクレイジーキム会長と一緒に現れた小澤選手は、秤の前で服を脱ぐと39歳とは思えない切れ切れの身体で500グラムアンダーで計量クリア。
75339614_2553667284713198_4307320395037409280_n.jpg
74649829_2552929778120282_45117544817754112_n.jpg
74643665_2552929824786944_2716326558544429056_n.jpg


 小澤選手は撮影用のフェイスオフでSHINSUKE選手に「顔くっつけてやりませんか?」と言われて「いやいや、それは明日試合でするから」といなすも、その後「なんだよアイツ?何に憧れてんだ?」と少し頭に来ていた様子。この経緯が翌日の試合への伏線でありました。

 明けて翌日、会場に向かうと名古屋から『ボクシング選手名鑑』の管理人せきちゃんが登場。わざわざ大阪まで非JBC興行チェックしに来るとは相当なスキモノであります。会場に入ってみるとスタッフは音響や会場のチェックに走り回っており、『破天荒ボクサー』の武田倫和の姿も。

75262088_2552929884786938_8942733522204884992_n.jpg
75001913_2552929928120267_5956495546444152832_n.jpg

 ジャッジの元WBCフライ級王者マルコム・ツニャカオさんもリングロープ調整を手伝っております。この辺の『手作り感』は良さでもありますが、ハッキリ言って不手際の温床でもあり、今回も音響が聞こえなかったり、選手が入場の導線を間違えたり、暗転が暗すぎてリングアナが字が読めなかったりと興行としては宜しくないことも多々ありました。この辺は課題ではあると思います。

 ただ孤軍奮闘、一本独鈷でJBCの向こうを張って行われる独立ボクシング興行は、それ自体が既存の価値観との戦いであり、権威主義のボクシングファンのように冷笑していては決して分からない魅力や輝きがあるのです。

 そして肝心の試合のクオリティは今回も本当に素晴らしかったのです。

 まずはSHINSUKE×小澤大将の60キロ契約4回戦。不敵な笑顔で入場してきた小澤は、リング上でも不穏な空気を発散し、仕掛ける気満々という感じ。

74494674_2552929988120261_5834755218130075648_n.jpg

一方のSHINNSUKEは好青年風のキャラクターで、「アウェイのリングで専業のボクサーを食ってやろう」という自信にあふれています。緊張感の中でゴングがなると、開始数秒で数発ジャブの交換があった後、SHINNSUKEがジャブをかわして不用意にコーナーに下がったところに小澤の右強打が爆発!SHINSUKEは糸が切れた人形のようにバッタリとリングに倒れ伏し、レフェリーは瞬間的に手を振ってストップ。小澤は倒れたSHINNSUKEを見下ろしながら「これがボクシングだよ!ボクシング舐めんなよ!」とリング上で絶叫。スポーツライクなボクシングとは対極の怖いシーンでしたが、こういうヒリヒリした感情むき出しの試合もプロならではとも言えます。

73475168_2552930004786926_1495029647031664640_n.jpg
74468564_2552930091453584_5371047184231825408_n.jpg
74956736_2552930134786913_7221167912499806208_n.jpg


 他流試合だったことでお互いの選手の感情を引き出した面が確実にあったと思います。この辺がJBCの興行では決して見れない要素であります。

 この試合で会場の空気は一気にピリッとしましたが、メインの後藤心大×チェ・ヨンドウのWBFアジアSフェザー級タイトルマッチがこれまた素晴らしい好試合。後藤は天神ジム期待の選手ですが、自分は前回興行は観戦できなかったので、WBFアジアのベルトをとった試合は見ていません。一方のチェの試合は二年前に見ていますが(その試合のレポート→JBCだけがプロボクシングにあらず 5.3観戦記)、その時はうまくサイドステップを使って戦う曲者という感じで「面白い選手だな」という印象でした。果たして二年間でどれくらい変化しているか?

 試合が始まるとすぐに、チェが長い右を立て続けに当ててペースを掌握。距離が合わない後藤は先手をとられて序盤から顔を腫らして行きます。チェはジャブやステップで後藤の距離を外して、インサイドとオーバーハンドを使い分けて大きな右を再三ヒット。チェのボクシングは以前私が感じた変則のイメージはなく、堂々たる王道のスタイル。一方後藤は距離が遠く、中々頭へのパンチが当たらず苦戦気味。それを見たセコンドの山口会長は「ボディを狙え」と指示。後藤は展開を変えようと、強引にくっついて回転が良く強い連打でチェに対抗。一方のチェはあくまでジャブからの右強打で後藤を削っていき、顔へのパンチを浴び続けた後藤は4Rに入ると目が塞がった影響か反応が落ちてくる。するとチェは右を警戒する後藤の裏をかいて、飛び込むような左ボディでダウンを奪取。展開もポイントもチェの優勢は決定的となる。

 天神ジム興行の小さいリングはファイター寄りの後藤に有利なはずだが、チェはガードとフットワークで的確に後藤のパンチを外して隙を見せない。その後チェはジャブに、ダウンをとったボディを織り交ぜながら後藤の耐久力を計るような攻め。後がなくなった後藤は6Rに入ると被弾覚悟で強引に接近し、捨て身の連打。ダメージがあるはずだが連打は止まらず、勢いに飲まれたチェはガードしきれずに下がりながら一瞬棒立ちに。このまま奇跡の逆転KOか?と思わせた矢先、チェが乾坤一擲の右ストレートで後藤をぐらつかせると一気にラッシュ。ロープに詰めさらに大きな右を当ててぐらつかせたところでレフェリーが割って入ってストップ。ダウンはありませんでしたが、タイミングの良いレフェリングでした。

 最後の後藤のラッシュからフィニッシュまでの一連のシーンは、なかなか見られない激しいパンチの交換で、客席もかなり盛り上がりました。私の横で見ていた、兼業選手の応援に来た普段はキックや総合しか見ていないであろう若者グループが「ボクシング面白いなあ」と興奮気味に語り合っていました。

74305688_2552930328120227_4767152757821931520_n.jpg
76778201_2552930428120217_2045515455036129280_n.jpg


 試合後はリングでスーパーバイザーから認定証が渡され、チェがリング下でベルトをもって撮影大会。WBFのことをやれマイナータイトルのなんのとクサす根暗で権威主義のマニアがいますが、あんたらそもそも試合見てないじゃん。ハッキリいって日本タイトルやOPBFタイトルでこれよりつまらん試合沢山あるよ。

74460481_2552930378120222_5826869636699783168_n.jpg


 試合後はラウンドガールも一体になって後片付け。確かに仕切りが拙い面はありますが、こういう参加意識に満ちた一体感がある興行はなかなかございません。素晴らしい余韻を抱いて会場を後にしたのでした。皆さんも悪いこと言わんから一回見た方がいいですよ。

新人王に行けなかった(旧徳山と長谷川が好きです)

 

カマセもとめて三千里!奇妙な海外遠征は国内ボクシング市場縮小の産物?!

 ご無沙汰しております。久々の更新です。

 昨年書いたとおり、試合の感想やボクシングについての日々の雑感はツイッターでやっております。あっちのほうが格段に議論しやすくアクセスも多いのでそちらをご覧下さい。HARD BLOW!のツイッター→https://twitter.com/hardblowblog

 さて、本題です。当ブログは今年の五月にアップした記事で、強豪日本人選手がわざわざタイに遠征して負け越しボクサーと試合をするという変な興行が行われていることについて問題提起させていただきました→(当該記事『こんなところに日本人?!』)。

 昨年来、負け越しタイ人やインドネシア人の招請基準が厳格化したことで(JBCによる当該通達→『告示 外国人ボクサーの招聘の規制について』『告示 タイ国所属ボクサーの招聘について』)国内での無気力試合は目に見えて減りましたが、クラブオーナーやマネージャーにすれば所属選手が再起戦や調整試合で負けるリスクがアップし頭の痛い問題となっていたであろうことは想像に難くありません。その結果「カマセが呼べないならいるところに行けばいいじゃん!」という逆転の発想が生まれ、わざわざ弱い選手と対戦するために手間隙をかけて海外遠征するボクサーが急増しています。五月に記事化した試合以降も、A級ボクサーやアマ実績のあるB級デビューの選手が、実績のない負け越し選手との試合のために次々と海を渡っています。

 去る10月3日には六島ジムの峯佑輔選手と西田凌佑選手がタイで試合をしましたが、どちらの対戦相手も未勝利の選手。特に峯選手の対戦相手は0勝28敗。過去記事で言及した4月の興行では吉野ムサシ選手に勝ち星を供給していた選手で、2017年には千葉開選手や木村翔選手にも勝ち星を献上している日本人ボクサー御用達の選手であります。

戦績3_R

BOXRECに記載されたタイでの試合結果
        ↓
https://boxrec.com/en/event/796001

 峯選手も西田選手もアマ時代に国体優勝経験があるエリートと言ってよい選手です。なぜにデビュー直後にこんな試合をする必要があるのか理解に苦しみます。

 そして肝心のボクシングメディアも招請禁止間違いなしレベルのボクサーとの試合を取り上げて「会長に感謝しています」なんてコメントつきの提灯記事にして賛美してしまう(BOXING NEWS掲載記事→六島ジムの近大出身コンビ タイでTKO勝ち)。誌面でカマセボクサーとの試合を批判してたくせに海外でやったらOKなんかい?というこの虚脱感ときたら…。


 さらに今月19日には、日本から三選手が遠征して負け越し選手と対戦する謎イベントが開催(→https://boxrec.com/en/event/796466)。松浦大地選手が戦った選手は『実力不足』を理由に招請禁止リストに掲載されている選手です。
戦績2_R

招請禁止_R
↑ゴンピチット・トーサンデット選手の招請禁止理由は『実力不足(日本での6戦全てKO負け)』…

招請禁止リストへのリンク→https://www.jbc.or.jp/web/invitation/invitation.pdf

 一月にアメリカでハイメ・ムンギア選手と世界戦を戦って好試合を演じた井上岳志選手も登場していますが、世界戦までやった選手がこういう試合をやって何らかの意義があるのでありましょうか?

 何も当方は、「毎試合毎試合ハイリスクの試合をしろ!」と言ってるわけではございません。ただこんな試合をしても、マネージャーやブローカー的業界人の方の利益になるだけで「カネと手間を使って勝ち星を買ってるようにしか見えまへんで」ということを言っているのです。

 レコードや報道で表に出てるのは選手の名前であり、マネージャーの指示で海外行ってるだけなのに「こいつは勝ち星カネで買ってる奴やな」と選手が誤解されるだけです。

 そして何よりも言いたいことは「プロボクシングは観戦スポーツなんじゃないの?」という根本的な疑問です。こういう遠征が頻発してるということは、現状の日本ボクシング界には「海外のほとんど観客がいない状態で負け越し選手を倒してレコードを作ったほうが、日本国内で会場を押さえてチケット売って興行するより気楽で安上がりだからこっちでいい」と思ってるプロモーターが結構いるということです。


よくファンや関係者が「プロボクシングは一敗が重い」なんていいますが、結局そういう風潮が間違った勝利至上主義に行き着いてこういう奇妙な遠征の温床になっていると感じられてなりません。

書くべきネタがあるので11月はあと何本か記事を上げようかと思っている(旧徳山と長谷川が好きです)





 



 


 

『努力の天才』高山勝成選手の冒険が終わるとき 全日本選手権東海地区予選レポート


 残念無念!

 2013年以来当ブログでおいかけて来た高山勝成選手が、去る8月31日に岐阜県で行われたボクシング全日本選手権東海予選で敗退し、目指していた東京五輪への出場は夢と終わりました。この東海予選にはライトフライ級で全日本四連覇し昨年フライ級で三位の実績を持つ自衛隊の坪井智也選手もエントリーしていたことから、プロアマトップ同士の異次元対戦が実現するか?と期待されましたが、高山選手は初日の抽選で宇津輝選手と対戦することになり、坪井選手とグローブを交える前に敗退しました。

 まずは試合当日の振り返りから…。

 高山選手は軽量級で試合順が早いと言うことで、当方も競技開始一時間前に会場の岐阜工業高校に到着し(笠松競馬場に寄り道したので裏口から…)、学生さんに道を聞いてアップスペースにたどり着くと高山選手はフィジカルトレーナーのケビン山崎氏とアップ中。鉄棒のような大きな機材を持ち込んでストレッチをする高山選手の周りは報道陣やプロ時代からの応援団が取り巻いています。

岐阜1_R

岐阜2_R


 一方高山選手以外の選手たちはアップスペースの反対側に陣取ってお互いにミットを持ったり、シャドーをしたり、話したりしながらリラックスした様子で競技開始を待っています。広大なアップスペース二分する両陣営の様子を見る限りは、高山選手とアマ出身選手との交わりはまさに異文化の衝突という趣でありますが、それもこれも第一歩。高山選手が扉をこじ開けたことで発生している現実であります。

岐阜3_R

 高山選手をサポートする山口賢一氏やトレーナーの中出博啓氏にもご挨拶して少しお話を伺いましたが、調子はとても良いとのこと。7月の愛知県予選でも動きはプロ時代と遜色なく、色んな意味でそのブレなさに驚かせてもらいましたが、経験豊富なチームらしく「やることはやった」という落ち着きが感じられます。

 高山選手の試合は二試合目で、会場の半分は高山応援団で埋め尽くされており大きな声援が飛びます。

 3ラウンドダッシュのアマスタイルへのスタイルチェンジは果たして更に進化しているのか?対戦相手の宇津選手はサウスポーの現役大学生。高山選手との年齢差は実に16歳。親子でもおかしくない対決であります。

 ゴングが鳴ると高山選手は前戦のサークリングするスタイルではなく、サウスポーに正面で対峙してプレッシャーをかけてジャブからボディを狙いますが、宇津選手は速いステップとハンドスピードを生かして高山選手の打ち終わりに左を合わせて攻勢。高山選手は宇津選手のスピードについていけず苦しい立ち上がりとなります。

 2Rは序盤に宇津選手が立て続けに見栄えのいい左を当てて、高山選手の頭を跳ね上げて明確にリード。高山選手はスピードと距離勘の良さに手を焼いてなかなか頭に届くパンチが打てず、ボディを打ちに行けば頭の低さを注意される苦しい展開。しかし諦めずにかけ続けたプレッシャーが徐々に効いて、2Rの後半からしつこいボディうちが奏功。宇津選手のフットワークが目に見えて鈍くなる。

 3Rも高山選手は愚直に前進し、ボディに左右のパンチをふるって前進。宇津選手はみるみる失速し、手数も足も鈍くなります。しかしフィジカルとスタミナとメンタルの強さで底なしの『高山地獄』に飲み込むには3Rはいかにも短すぎたか。序盤許したリードは致命的で、宇津選手を仕留めきれず試合は終了。

 判定はジャッジ三者とも1と2Rを宇津選手、3Rを高山選手にふって2-1で宇津選手の勝利。試合後高山選手の応援団がかなり不服さをアピールしていましたが(ああいうのは選手のイメージが下がるので良くない)、判定は妥当であったと思います。

岐阜4_R

岐阜5_R

 試合後の取材で潔く敗北を認めたという高山選手。3Rの試合形式の難しさを率直に認めたのはきっと本心であったと思います。実際プロ時代はあのままラウンドを重ねて相手を飲み込んでいくのが高山選手の恒例のスタイルで、スパーでも序盤は元気な相手にやられても、プレッシャーと手数で気持ちを折っていくのがいつものことでした。日本ボクシング連盟やAIBAの不合理な方針によって競技参加が遅くなり、ぶっつけ本番で全日本選手権のワンチャンスにかける形になりましたが、もう少し準備期間があり3Rの試合に順応できていればまだまだやれたのに、と思わずにいられませんでした。

 高山選手がプロアマの間にあった重い扉をこじ開け、全日本選手権予選のリングに上がって未経験のルールで二勝を上げたことは、ほんの数年前には想像も出来なかったような非現実的な『事件』でありました。高山選手と彼のチームは、ずっとそうやって一見荒唐無稽なことに挑んで、前人未踏のキャリアを切り開いて来ました。ミニマム級の小さなボクサーが、「やりたい」と言う一念で突き進んだことで実際に何度も歴史を変えてきたのです。

 思えば高山選手のキャリアは挑戦の繰り返しでした。キャリア当初からジム移籍を繰り返して世界のベルト追いかけ、その後JBCのライセンスを返上して海外を転戦して当時未公認だったIBFのベルトを敵地メキシコで戴冠し、国内復帰後はまたも敵地で統一戦に挑んで敗れたもののIBFとスポーツイラストレイテッドの年間最高試合に選ばれ、同一階級での4団体制覇を実現し、なぜか高校に入学して学生ボクサーになり、そのまま大学に進学したと思ったら東京オリンピック出場をぶちあげて本当にアマのリングに上がってしまった。

 クラブ制度の日本のプロボクシングではタブーとされてきたことを繰り返してきたキャリアは、時にワガママでエキセントリックだと映ることもあったでしょう。彼が閉鎖的なムラ社会で波風を立てながらもキャリアを全うできたのは、実際に行動を起こしたとき常に『結果』を出してきたからです。そういう点で彼は紛れもないプロでした。コンデイショニングや練習態度、試合に臨む姿勢は常にマジメ一徹でムラがなく、苦しい試合でも決して諦めない強靭なメンタルをもっていました。だからこそ周囲の人も彼に賭けることが出来た。公私に渡って彼を支えて来た山口賢一氏は高山選手を評して「努力の天才」と言いましたが本当にその通りだと思います。

 私が思う高山勝成の人物像は『好き勝手にやるために、徹底的にマジメに生きた人』というものです。彼のマジメで決して手を抜かない人間性があったからこそ、世界を転戦して最終的にオリンピックを目指すというところまで物心両面でそれが出来る環境を維持できたのだと思うのです。

IMGP0281.jpg

IMGP0278.jpg


 高山選手が近畿大学に出稽古に行ったときのこと、自分の練習を終えたあと初心者の新入生にジャブの撃ち方から教えている姿を見て「自分の練習に来てるのに、なんでそんなことするんですか?」と尋ねたことがあります。そのとき高山選手は「自分も海外でジムにいたときひとりぼっちだったから、ああやって一人で鏡に向かってる子の気持ちがなんか分かるんですよ。だから『良かったらなんか一緒にやろうよ』っていうそれだけなんですよ」と答えてくれました。彼はいつも偉ぶらない人でしたが、一方で試合前の追い込みになると、普段の優しくて穏やかな姿とは全く違う鬼気迫るような集中力を見せ、その豹変振りに何度も驚かされました。

 名もない少年だった高山選手の才能を見出し、20年以上に渡ってチャレンジを支えて来た中出博啓氏は、日本のボクシング界では極めて異端的なフリーランスと言っていいトレーナーでした。会社経営をしながら南アフリカやメキシコを転戦してきた中出氏のスタンスは日本のボクシング界のムラ社会文化とは断絶しており、軋轢もありましたが結果的にその独特の立ち位置故に高山選手の自由なチャレンジを支えることが出来たと思います。その時々の対戦相手に対する中出氏の分析や試合展開予想はいつも驚くほど的確で、その会話の中で私はボクシングの見方を何度も学ばせて頂きました。

 当方が関わったのは高山選手のキャリアの晩年ではありますが、現場での生の体験を通じて大変有意義な勉強をさせて頂き、より深くボクシングを学ぶことが出来ました。今一度感謝させて頂きたいと思います。山根明氏の問題を追及して来たのも、高山選手のオリンピック出場の一助になればと言う思いでやっていたことは間違いありません。オリンピック挑戦のリングに立つ高山選手が見れたことは何よりの喜びでした。

 高山勝成と彼のチームが長い旅を通じて成し遂げたことは、今後日本のボクシング界に多大な影響を与えて、改めて評価される日がきっとくると思います。

 本当にお疲れ様でした。

 坪井選手の対戦が見たかった(旧徳山と長谷川が好きです)

澤谷廣典インタビュー 「問題は未だに収束していない」  

澤谷_R

 日本ボクシング連盟(以下日連)から山根明氏が排除されて間もなく一年が経とうとしています。マイナースポーツの統括団体の内紛に過ぎないと思われた問題は、山根明氏のキャラクターが世間の注目を集めたことで民放のワイドショーや週刊誌まで巻き込んだ大騒動となりました。『奈良判定』が流行語になるなどボクシングにとってはかなり不名誉なスキャンダルでしたが、オリンピックに向けてギリギリで自浄作用が働いたと考えれば、結果的に良かったとも言えます。それまでは山根会長体制で東京五輪を迎えることはほぼ既定路線と思われていました。今考えれば恐ろしい話であります。

 ほんの一年前まで日連のウェブサイトは、歯の浮くような美辞麗句で山根氏の功績を称える文書や、かしこまって居並ぶ選手や関係者の『山根詣で』の写真であふれかえっていました。判定への介入や独断的な組織運営、不透明なグローブの独占販売も野放しで、新聞やスポーツ紙もボクシング専門誌も提灯記事ばかりでした。

 現在山根支配の悪弊が正常化され、佐藤幸治選手や高山勝成選手といった元プロに競技参加が解放されたことを見ても、組織の刷新による成果は着実に上がっていると思います。

 この組織改革の嚆矢となったのは、一昨年の週刊文春誌上での元近大ボクシング部総監督だった澤谷廣典氏による内部告発でした。澤谷氏の開けたいわば『蟻の一穴』をあしがかりとして、僭越ながら当HARD BLOW!もいち早く澤谷氏の声を取り上げるとともに、判定操作やグローブ販売の問題をお伝えし、改革の一助となったと自負しております。ですが、あの頃はまさかあんな大騒動になるとは夢にも思っていませんでした。

 当ブログの過去の澤谷氏インタビューはこちらから 
             ↓
日本ボクシング連盟激震の内幕 澤谷廣典氏インタビュー
日本ボクシング連盟激震の内幕 澤谷廣典氏インタビューPART2
相撲、レスリングだけじゃない!『日本ボクシング連盟問題』再び 澤谷廣典インタビュー

 思い返せば昨年来、レスリングや器械体操といったスポーツ団体でも内紛が噴出してきました。自国開催五輪が近いということで、選手選考や組織内の主導権争いを巡って様々な思惑が渦巻いた結果、暗闘が起きていたことは想像に難くありません。ですが、それを踏まえた上で私は、山根氏の排除はボクシングにとって良いことであったと思います。

 あの嵐のような報道の洪水から一年が経ち、ボクシング界を追われた山根氏は『なんかわからんけど面白いおじさん』としてテレビに出演したり、自伝を出版したりユーチューバーになったりと逞しく世渡りしています。一方山根氏の側近という立場から内部告発者に転じて、山根体制崩壊に尽力した澤谷氏は今現在の日連と山根氏をどう見ているのでしょうか?久しぶりに会ってお話を聞いてきました。

 澤谷氏の発言はすべて赤文字です

澤谷「最近(日連の)中におるもんと話す機会もあるんですけど内田会長になって風通しも多少良うなったし、名城のアマ資格の件もおかしな処分受けとったもんの件も片付いたし、まあある一定の結果は出てると思います」

 長らくアマ資格申請が棚上げになっていた元WBAスーパーフライ級チャンピオンの名城信男氏のアマ資格が認められ、4月1日から近大ボクシング部の監督に正式就任しました。高山選手や佐藤選手の競技参加と並んでプロアマの関係改善の象徴と言えるでしょう。

澤谷「ただ『山根を支えとった人間がそのまま残っとるやないか』という不満の声も未だに上がっとるのが事実なんですわ。それは海外遠征のノウハウなんかもっとる人間もおるから、切ってしまうと組織が上手くいかんから仕方ないという事情はあるみたいです。ただ私が言いたいのは、山根氏はね何も過去の暴力団との交際が原因で追放されたわけやないやろ、ということなんです」

 山根氏は著作や報道のインタビューなどで日連を追われたのは過去の暴力団との交友が原因だという風に語っていますが、「それは違うだろ」というのが澤谷氏の言い分です。
 
澤谷「本当の理由は『奈良判定』『芦屋判定』とか、JOCの助成金の問題であり、グローブの独占販売の問題でありそういうことで辞任させられたのに、『たまたま降ってわいたようにはるか昔にヤクザとちょろっとかかわったことを暴かれて、悪いことしてないけど詰め腹を切らされた』ちゅう風に事実を置き換えとるわけです。それは違うやろと言いたいんです」

 『奈良判定』については明確な音声証拠があり、助成金についても当事者が不正を証言していたことは読者の皆さまも良くご記憶だと思います。



助成金不正を報じる記事へのリンク
         ↓
リオ出場の成松、連盟会長から助成金分配指示され「おかしいと思ったが…」(サンケイスポーツ)

澤谷「今まで『奈良判定』『芦屋判定』で負けにされて、泣かされて来た子らが一杯います。そのことに対して未だに何の謝罪もないわけですわ。ほんでもっと言えばね、なんぼ山根氏が強権的や言うてもレフェリーやジャッジが協力せんかったら『奈良判定』なんか起きてないわけです。確かにその時は山根が怖い、処分が怖いいうのはあったでしょ。みんな仕方なしとはいえ片棒かついどるわけなんですわ。これらはみんなどこどこの学校のセンセイなわけです。それやったら山根がおらんようなったから新しいスタートや言うのもええけど、まず『山根が怖かったとはいえ、教育者として不正の片棒を担いでしまったことは申し訳なかった』という謝罪の言葉があってしかるべきと違いますか?」

 山根氏という分かりやすい悪の象徴を退治したことで、外部からは問題が収束したように見えるかもしれませんが、日連内部にはまだ様々なしこりが残っているようです。

澤谷「山根の号令のもと暗躍したレフェリー、ジャッジがおるのに、『あの時は仕方なしでイカサマジャッジをしました。一人の教育者・大人として子供を裏切るようなことしてすみませんでした』という言葉が誰からもないわけです。そやけど新しい組織として出発するに当たって、やっぱり文面なりで今まで裏切ってきた子供たちと親にまず謝罪するべきと違いますか?」

 カルト宗教や独裁国家と同様、トップ支えていた人間にも責任があるのではないか?という当然の疑問ですが、これはボクシング記者とておなじであります。プロ興行の会場で澤谷氏とお会いすると、かつては山根氏を賛美する提灯記事を書いていた記者が平気な顔で澤谷氏と談笑していたりして、この人の信念はどうなってるのかな?と感じることがあります。

澤谷「山根氏もね、そら本出したりテレビ出たりそれはしたらよろしい。本人の自由ですわ。ただ自分のやったことを認めんと、『たまたま過去を暴かれたから辞めた』いうのは違うでしょ。そこは男らしくやったことはやったこととして非を認めて、謝罪してそっから好きなことやったらええやないですか。そして周りの人間もね、強要されて騙し騙しで良心の呵責に苦しみながらかも知らんけど、イカサマしたやつが未だにおるのは事実なんやから、そこは一回ちゃんとして欲しいということですわ」

 昨年山根氏とぶつかり合ったことで、澤谷氏もまた前歴を暴かれたりする向こう傷を負いました。そのことについてはここでは詳細には触れませんが、私も澤谷氏の告発を取り上げたことで友人・知人から「山根氏は確かに間違ってるか知らんけど、あの澤谷って人もなんか思惑があってやってるんじゃないの?」「あの人もすべてが正しいわけじゃないでしょ?」と言われたことが何度もありました。

 ただ一つ言えるのは澤谷氏の告発と行動がなければ間違いなく山根体制が今も存続していたということです。一昨年初めて澤谷氏にインタビューしたときに「爆弾巻いて山根会長に抱きついてあの世に一緒に行ったるぞ!というくらいの気持ちじゃないととても戦えない」と物騒な表現で覚悟を口にされていましたが、その言葉に偽りはありませんでした。結局行動をしないと、陰でグチャグチャ不平を言ってるだけでは何も変わらないということです。

 澤谷氏が指摘した判定で不正をしたジャッジやレフェリーだけでなく、山根氏と癒着して美味しい思いをしていた大手のプロジムも、山根氏の言い分を垂れ流していた御用記者も掌返しをして平気な顔をしています。彼らの筋目は一体どこにあるのでしょうか?

 澤谷氏はアマの世界からは身を引きましたが、近大出身のプロ選手が試合をする日にはリングサイドのチケットを買って東京や大阪の会場に足しげく通っています。時には「○○に頼まれてトランクスやシューズやて新調させられましたわ。エライ出費ですわ」と苦笑いしていることもありますが、その顔はどこか嬉しそうでもあります。「こっちからアレしたるコレしたる言うのはないけど、自分が大学に勧誘した子らから『お願いします』と来られたら無碍にできませんやろ」という澤谷氏を見ていると、若い人と関わって人生を変えてしまうことの重みを感じます。『奈良判定』という単語は流行として消費されてしまいましたが、その影響はまだ色濃く残っており、沢山の若者の人生に影を落としています。

 澤谷氏が言うように、きっちりとした総括が必要とされていると思います。

  酔っぱらって道で転んだ(旧徳山と長谷川が好きです)